大商隊と自由市
午前の仕事を終え、午後は急ぎの用事もないので、少年と昼食を食べに街まで来ていた。
行きつけのパン屋の前に置かれた木箱へ並んで腰を下ろし、燻製肉を挟んだ白パンを頬張る。燻製肉だけで注文したはずなのだが、齧ってみると、中には薄く削ったチーズも挟まっていた。
視線を上げて接客中のパン屋のおばさんを見ると、目が合い、片目を閉じて微笑まれる。どうやら今日もおまけをしてくれたようだ。少年もそれに気付いたらしく、嬉しそうにおばさんへ頭を下げている。
白パンを食べながら、街を行き交う人の流れを眺める。収穫の始まるこの時期は人の出入りが増え、普段から街が賑わうのだが、今日は特に往来が多いように感じる。
「ねぇ親方、今日は人が多くないですか?」
「私もそう思ってたところだよ。何かあったのかな」
「あんたたち、知らないのかい。昨日から大きな商隊が来ててね、今日は自由市で店を出してるんだよ」
私たちの疑問に答えてくれたのは、パン屋のおばさんだった。
周辺に農村の多いこの辺りには、収穫の時期に合わせて大きな商隊がやってくる。空荷で来る商人はまずいないので、各地で様々な商品を仕入れてきた商人たちによって、街中の店や市場の品揃えが一気に豊かになる時期でもある。
「もうそんな時期なんだねぇ。おばさんは、もう行ったの?」
「午前中にちょっとだけ見てきたよ。珍しいものも多かったから、エルフちゃんなら楽しめるんじゃないかい?」
私が変わった素材や商品を好んで集めているという話は、街の雑貨屋や素材屋から噂が広がっているようで、どうやらおばさんの耳にも入っているらしい。
私としては、正体の分からない物こそ手元へ置く価値があると思うのだが、この辺りの感覚は人によって違うようだ。
「ねぇ親方、自由市ってなんですか?」
「街の広場に露店や屋台が出ているでしょ?あの辺りは、自由市って呼ばれることもあるんだよ。出店許可をもらえば、自分のお店を持っていなくても自由に商品を売れるから自由市」
自由市は、そのまま市場と呼ばれることもある。露店や屋台を出せる広場のことで、私自身、この街へ来たばかりでドワーフの鍛冶工房を間借りしていた頃は、自由市で商品を売っていた。
普段は近隣の農村や集落から商品が持ち込まれたり、街を訪れた行商人が露店を開いたりする場所だ。
「午後は特に予定もないし、ちょっと遊びに行ってみようか」
昼食を食べ終えると、パン屋のおばさんへ別れを告げ、少年と一緒に自由市へ向かうことにした。
大きな商隊が到着しているというのは本当のようで、街を歩いていると、普段は見かけない服装や装備の者と何度もすれ違う。よく見ると、兵士の巡回も増えているようだ。
広場へ着くと、自由市は多くの人で賑わっていた。普段から店を出している露店や屋台に加え、見慣れない商品を扱う店が広場を埋め尽くしている。
少年も、いつもとは違う広場の賑わいに興奮しているようだ。
「大きな商隊が来る時期の広場には、来たことなかったの?」
「孤児院のお散歩でも、この時期はあまり広場の方を通りませんでしたし、近づかないように言われてました」
確かに、これほど人の多い場所へ大勢の子供を連れて近づくのは危険だろう。
少年にとっては初めての賑やかな自由市なのだから、存分に楽しんでほしい。だが、トラブルに巻き込まれないよう、私も気を付けてあげなければならないだろう。
「はぐれるといけないから、手を繋いで行こうか」
差し出した手を少年が素直に握り返してくれたので、そのまま手を繋いで自由市の中を見て回る。
今はまだ、こうして手を繋いだり、頭を撫でたりすることも自然に受け入れてくれる。けれど、いつまでこうしていられるのだろう。
少年を弟子として受け入れ、一緒に過ごしながら成長する姿を間近で見るようになってからは、こんなふうに考えることが増えた気がする。
親しい友人も作らずに旅をしていた頃の自分からは、考えられない心境の変化だ。それでも不思議と、私はそんな感情を心地よく感じているようだ。
「ねぇ親方、あれはなんでしょうか?」
少年が指差す先には、革や牙、角など、動物の素材を並べた露店があった。品揃えを見る限り、ここから南隣の領地から来た商人だろうか。いくつか海の素材も並んでいるように見える。
「大きな動物の素材が目立つけれど、海のものもけっこう多いね」
「海のものですか?」
少年はこの街から出たことがない。孤児院で暮らしていれば、他の地域から運ばれてきた素材を目にする機会も少ないだろう。
少年と一緒に露店の前へしゃがみ込み、店主に断りを入れて商品を見せてもらう。
「これは貝だね。ここにあるのは中身のない殻だけれど、海にはこういった固い殻で体を覆った生き物がいるんだよ」
「本で読んだことがあります。海の近くでは、食用に採られるんですよね?」
「とっても美味しいんだけれど、日持ちがしないから、現地でしか食べられないのが残念だよ」
私は露店に並べられた大ぶりな巻貝を一つ手に取る。貝の種類には詳しくないが、これも食用に採られたものの殻だろうか。
ざらざらとした表面には複雑な模様が浮かび上がっていて、それだけでもとても綺麗だ。
「見て。この内側の部分、綺麗でしょ?真珠層って呼ばれていて、磨いてボタンや装飾品に使われたりするんだよ」
「真珠って、宝石よりも高価っていう、あの真珠ですか?」
真珠は、装飾品に使われる素材の中でも規格外の高級品だ。見つかる確率の低さもそうだが、ほとんど加工せずとも美しいという神秘性によるところが大きいように思う。
加工の難しい宝石よりも、重宝されているような印象さえある。
「真珠を作るのと同じ層だけれど、貝殻そのものが真珠と同じ価値になるわけではないよ。でも、真珠層を磨いた装飾品も十分に高級品だね」
「でも、ここにある貝はそれほど高価ではないですよ?」
「加工が難しいんだよ。貝殻は薄いからね。割らないように真珠層を残して磨くのは、かなり難しいから」
そう言いながら、私は並べられた貝殻の中から、内側の真珠層が綺麗なものを選び始める。
磨くだけでもそれなりの価格で売れるので、旅をしていた頃は、貝殻を加工して旅の資金を稼いだこともあった。
これから冬籠りの季節になれば時間もできる。少年と一緒に暖炉の前へ座り、貝殻を磨くのも楽しそうだ。
少年にも内側が綺麗なものを選んでもらい、大ぶりな貝殻をいくつか買って露店を後にする。
少年も小さな巻貝を一つ購入し、嬉しそうに眺めながら歩いている。森に囲まれた街で育った者にとって、海から運ばれてきた貝殻は、それだけでも十分に目新しく映るのだろう。
その後も、気になる露店を見つけるたびに立ち止まり、お喋りをしながら買い物を楽しんだ。
男の人は、こういった目的のない買い物を嫌うものだと、どこかで聞いたことがある。だが少年は、終始楽しそうに露店の商品を眺めていた。どうやら自由市を楽しんでくれているようだ。
そういえば以前、薬屋が遊びに行くなら自分も誘えと言っていたのを思い出す。
さすがに、昼食の時に急に決まった買い物へ誘わなかったくらいで怒りはしないだろうか。商隊はまだ来たばかりだし、近いうちに薬屋も誘って、また自由市へ来るのもいいかもしれないね。




