小さな友達
しばらくお喋りをしていると、少女のお腹から『くぅ』と可愛らしい音が聞こえ、顔が耳まで真っ赤に染まっていく。どうやら、もうお昼時のようだ。お腹を空かせたまま連れ回すより、先に何か食べさせた方がいいだろう。
「お腹すいたよね。何か食べようか」
少女の手を引き、工房から部屋へ入る。暖炉には、朝にも食べた昨夜の残りのスープがかかっているが、さすがに量が心もとない。
さて、貴族の女の子が満足できるような食べ物があっただろうか。残念ながら、戸棚には黒パンとチーズと腸詰めくらいしかない。
「何か苦手なものはある?」
「食べるのは大好きですから、好き嫌いはありませんわ」
偉いねぇと頭を撫でながら、料理の準備を始める。
料理用のかまどに火を入れ、フライパンを温める。黒パンと腸詰めを薄く切り、まずは腸詰めをフライパンで炒めた。脂が出てきたところへ黒パンを入れ、脂を吸わせながら表面をこんがりと焼く。そこへ炒めた腸詰めを乗せ、チーズを削りかければ完成だ。
長椅子に並んで腰掛け、先に私が食べて見せる。
サクサクとした黒パンの食感と、チーズの絡んだ腸詰めの風味が口に広がった。簡単だが味はいいので、個人的には気に入っている食べ方だ。少女の口にも合うだろうか。
「これはなんというお料理ですの?とっても美味しいですわ」
「料理なんて大層なものではないよ。旅をしていた頃によく作ってたんだ」
手づかみで食べることに抵抗があるかもしれないと気にしていたが、特に戸惑っている様子はない。もしかしたら、街の屋台などで食べ歩くこともあるのかもしれない。
表情を見る限り、素直に美味しいと思ってくれているようで、少し安心した。
「お姉様は旅をなさっていたんですの?」
「そうだよ」
「わたくし、旅のお話が聞きたいですわ!」
それからはしばらく、旅の話をしながら食事を続けた。
私の話を楽しそうに聞く姿を見ていると、少年がこの工房へ手伝いに来始めた頃を思い出して、なんだか微笑ましくなる。
私自身、好奇心の赴くままに旅を続けたことがあるので、子供の好奇心は尊重してあげたい気持ちがある。だが、この子に関しては一人で出歩くのを控えてほしいという思いもあり、なかなか難しいところだ。
「お姉様は旅をしながら、鍛冶をお勉強なされたんですのね」
「今でも勉強中だけどね。失敗するたびに、試行錯誤の繰り返しだよ。だからあなたも、今回道に迷うという失敗をしたのなら、次からは迷わないように、まず地図を読む勉強をしてみるといいかもしれないね」
少女は少し不満そうな顔をしたが、きちんと頷いてくれた。
勉強と聞くと苦手意識が出てしまうのは、子供も大人も変わらない。そこにうまく目標を添えてあげられればいいのだけれど、そこは私が踏み込むところでもないだろう。
食事を終えた後も、お茶を飲みながらのんびりとお喋りをしていたのだが、ふと、この子が迷子だったことを思い出す。
「そういえば、そろそろ帰らないとまずいんじゃない?」
「そうでしたわ!わたくし、迷子になっていたのでした」
「ついお喋りに夢中になっちゃったね」
どうやら少女も、自分の置かれた状況をすっかり忘れてしまっていたようだ。お互いに顔を見合わせ、笑い合う。
工房へ保護者が探しに来る様子もなさそうなので、こちらから街まで連れていくのがいいだろう。領主の館まで向かうつもりだが、すでに捜索が始まっていれば、その前に兵士から話を聞けるかもしれない。
工房を出て、少女の手を引きながら街までの道を歩く。最初に見かけた時は、不安そうに地面を見つめて歩いていたが、今は足取りも軽やかだ。時折、私を見上げて微笑む様子が可愛らしい。
建物が増えてくる辺りまで来ると、数人の見慣れない騎士が目に入った。
この街の兵士は、兵士長の老騎士を除いて、皆揃いの革鎧を身につけている。見間違いではないだろう。この街へ騎士が来る理由を考えて、真っ先に思いつくのは領主の護衛くらいのものだが……。
隣で手を繋ぐ少女へ目を向けると、少し気まずそうに騎士たちを見ている。
どこかの貴族の子供だろうとは思っていたが、どうやら私は、領主のお嬢さんを預かっていたようだ。
「お嬢様!ご無事でしたか!」
騎士たちもこちらに気付いたようで、慌てた様子で駆け寄ってくる。仕事として探していたというより、本気で心配して捜し回っていたような雰囲気だ。安堵の表情を浮かべている者もいる。
「知ってる人たち?」
「はい。我が家の護衛の方たちですわ」
私は少女の前へしゃがみ込み、頭を撫でる。保護者が見つかったのであれば、私の役目はここまでだ。
貴族が嫌いというわけではないが、疑われるのも感謝されるのも面倒なので、ここで別れた方がいいだろう。
「これからは一人で出歩いちゃ駄目だよ?あなたが危ない目に遭ったら、私も悲しいからね」
「お姉様は、ここで戻られるんですの?お礼もしたいですし、ぜひお屋敷までご一緒していただきたかったのですが」
「お貴族様のお屋敷にこんな格好で行くのは気が引けるからね。それに私は、あなたとのお喋りを楽しんだだけだもの。お礼をされるようなことではないよ」
少女は名残惜しそうな表情をしているが、彼女が領主のお嬢様なら、またいつか街を訪れた際に顔を合わせることもあるだろう。
こういう時は、別れを惜しむほどに別れがたくなるものだ。できるだけ自然に少女へ別れを告げると、私はその背中をそっと押して、その場を後にした。
工房に戻り、作業台の道具を片付ける。放置していた銀線の束をまとめている途中で気が付いたが、出来上がった髪飾りは少女の頭に差したままだった。
まぁ、試作品だったし、商品にする予定もなかった。気付いた大人が返すなり保管するなりしてくれるだろう。
片付けを終え、作業台に広げた紙へ新しい意匠案を描いていると、工房の外で馬車が止まる音が聞こえた。車輪の不調か何かだろうかと思っていると、工房の扉が叩かれる。
扉を開けると、そこに立っていたのは高価そうな服を身にまとった男性だった。見覚えはないが、間違いなく貴族だろう。
なんだか今日は貴族によく会う日だなと思っていると、男性の足元から先ほどの少女が顔を覗かせた。
「突然お伺いしてしまって申し訳ない。うちの娘が大変お世話になったそうなので、一言お礼を申し上げねばと思い、寄らせていただきました。この度は本当にありがとうございました」
「それはご丁寧にどうも。でも、気にしないで。私もこの子とお喋りできて楽しかったからさ」
私の言葉に、男性も少女も嬉しそうに顔をほころばせる。二人の様子を見る限り、少女はそれほど厳しく叱られたわけではなさそうだ。だが、わざわざお礼に来る辺り、随分と心配していたことは伝わってくる。
「わたくし、お姉様の髪飾りをお借りしたまま出てきてしまったんですの。お返ししたいとお父様に相談したら、お礼を言いたいとおっしゃるので、今回はお父様と一緒にここまで来ましたわ」
早速、私との約束を守り、一人で出歩くことはしなかったようだ。
私は少女から髪飾りを受け取ると、そのまま少女の髪へ差し直し、優しく頭を撫でる。
「ちゃんと約束を守ってくれてありがとう。よかったら、この髪飾りは今日の思い出にもらってくれないかな?」
「駄目ですわ、お姉様!こんなに綺麗なものをいただくわけにはまいりません」
「そうです。せめて、お代を支払わせてください。私もそれなりに目利きはできる方ですが、ここまで複雑で美しい銀線細工は、そうお目にかかれるものではありませんよ」
二人の目を見る限り、お世辞で言っているわけではなさそうだ。
自分の細工技術にはそれなりに自信がある。だが、こうして面と向かって褒められると少し照れくさい。それでも、認めてもらえたことは素直に嬉しかった。
「褒めてくれてありがとう。でも、その髪飾りは半分趣味で作った試作品だから、商品として売るわけにはいかないよ。それに、友達への贈り物にお金をもらうのは、ちょっと寂しいかな?」
私が少女に微笑みかけると、少女も満面の笑みを返してくれる。
一緒にお喋りをして、食事をして、贈り物をする。私にとって、年齢の差などあってないようなものだ。もう十分、友達と呼んでいいだけの関わりを持てたはずだ。
少女も同じように思ってくれていることが伝わり、なんだか嬉しくなる。
「聞いていた通り、素敵な方のようですね。息子が、あなたは信頼できる鍛冶屋だと話していたのですが、納得できました」
「息子さん?私のことを知っていたの?」
「この街で執政官をしております。何度か個人的な依頼をしたことがあると聞いております」
以前、執政官から装飾品の依頼を受け、納品したことがあった。その時のことだろう。
意中の女性へ贈り物をしたいと、恥ずかしそうに語っていた青年の姿を思い出す。
「あの子の父親ってことは、やっぱりあなたが辺境伯様なんだね」
「そういえば、まだ自己紹介もしていませんでしたね。この地の領主を務めている辺境伯ですが、今は友人の父親という認識で構いませんよ」
この辺りの領主を務める辺境伯は優秀な人物で、街の執政官がその息子だという話も知っていた。どうやら優秀なだけでなく、人格的にも好ましい人のようだ。
「とはいえ、娘がお世話になったお礼はさせていただきたいので、何かお力になれることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
「それなら、何か仕事を依頼してくれると嬉しいかな?領主様から仕事を受けたことがあるってだけで、鍛冶屋としては箔が付くからね」
辺境伯からのお礼となると、さすがに気が引ける。かといって、借りを作らせたままにしておくのも落ち着かないので、この辺りが現実的な落としどころだろう。
その後は、工房で扱っている商品の話をしたり、私も少女を少し引き止めすぎてしまったことを謝ったりした。それから二人を見送るため、工房の外へ出る。
「お姉様、今日は本当にありがとうございました。髪飾り、大切にしますわ」
「私こそ楽しかったよ。また遊ぼうね」
馬車が動き出してからも、少女は笑顔で窓から手を振り続けている。その姿を見送ってから、私は工房へ戻った。
今日は一日のんびりと過ごす予定だったのだが、素敵な友人が増える楽しい一日になった。
領主の娘ということは、普段は領都で暮らしているのだろう。会う機会はそう多くないかもしれないが、きっとまた会える。
馬車の窓から身を乗り出し、いつまでも手を振っていた少女の笑顔は、そんな期待を感じさせるものだった。




