迷子お嬢様
工房の開け放った窓から入り込んだ乾いた涼しげな風が、扉へと抜けていく。炉に火を入れていない工房は普段よりかなり快適で、朝からのんびりとした気持ちで作業に没頭できている。
今日は少年が休みで、急ぎの依頼もないので、朝からなんとなく銀線細工を作っている。たまにこうして装飾品作りに没頭してしまうので、もしかしたら趣味に近いものなのかもしれない。
作業台に広げた紙には、小さな花のスケッチが描かれている。ついこの間の出張修理で村の女の子にもらった花が、そのまま枯れてしまうのがなんだかもったいなくて、スケッチに残しておいたものだ。
それを眺めているうちに、昔、旅の途中で見たある髪飾りのことを思い出し、作業台に向かっている。
太めの銀線で作った花びらの中に、限界まで細く仕上げた銀線で複雑な模様を作り、はめ込んでいく。この意匠は、以前買ったメイド衣装にあしらわれていたレースを参考にしたものだ。
だが、いざ作ってみると少し豪華すぎて、せっかくの可愛らしい花の形が目立たなくなっているように感じる。やはり、こういうものは実際に作ってみないと分からない。次に作る時は、もう少し控えめな意匠に変えなくちゃいけないね。
少し派手かなと思いつつ、せっかくここまで作ったのだからと、ひとまずそのまま組み上げていく。太めの銀線で作った大枠の中に、細かな模様を組んだ細い銀線をはめ込み、接合部分へ銀ろうの粒を置いて、酸化防止の薬剤を塗り込む。
魔法で細い火を出して接合部分を炙ると、銀ろうが溶けて銀線同士が繋がっていく。それを数度繰り返し、出来上がった花の飾りを、同じく銀で作った少し太めの棒の先端へ接合すれば、髪飾りの完成だ。
洗浄剤を塗って洗い流し、丁寧に磨いていく。
この髪飾りは髪を挟み込むものではなく、編み込んだ髪へ差して楽しむ装飾品だった。その土地では金属製ではなく木製が主流だったが、銀線細工で作っても綺麗なのではないかと思い、いつか試してみたかったのだ。
出来上がりを眺めてみる。悪くない。
完成したばかりの髪飾りを持って、工房の外へ出る。光にかざすと、細やかに組んだ銀線がそれぞれ光を反射し、きらきらと輝いた。
意匠は派手になってしまったが、思った通り、これなら小さな飾りでも存在感が出る。次はもう少し控えめな意匠で作り、光の反射具合を比べてみようか。うまくいけば、新しい商品になるかもしれない。
髪飾りを眺めながら、ふと工房前の道へ目を向けると、見慣れない少女が一人で歩いていた。
街の子供が着るものとは明らかに違う、高価そうな服。綺麗に編み込まれた金色の髪。間違いなく貴族の子だ。
なぜか、心細そうな顔をした貴族の少女が、たった一人で歩いている。
「迷子かな?」
私が声をかけるまで、近くに人がいることにも気付いていなかったのだろう。
地面を見ながら歩いていた少女は、立ち止まって私の方を見ると、驚いたように目を見開いた。しばらく私をじっと見つめているので、不思議に思って少し笑いかけると、少女の両目にみるみる涙が溜まっていく。
少女へ近づき、しゃがんで目線を合わせる。少女は口をぐっとつぐみながら、涙をぽろぽろとこぼしていた。
貴族は幼い頃から、感情を表に出さないようある程度教育されるらしい。だが、こんな小さな女の子が泣くのを必死に堪えている姿は、少し痛々しく見えてしまう。
いつもの癖で頭を撫でようと手を伸ばしかけたが、途中で止める。今慰めたら、必死に気丈に振る舞おうとしている小さな貴族令嬢の意地まで、くじいてしまうかもしれない。
とはいえ、このままにもしておけない。どうしたものか。
「見て、綺麗でしょ」
私はひとまず気を逸らそうと、手に持っていた髪飾りを少女へ見せる。太陽の光を反射して煌めく銀線細工の花が、少女の瞳に映った。
くしゃりと歪みかけていた少女の表情が、ゆっくりと緩んでいく。どうやら気を逸らすことには成功したようだ。
「これはなんですの?」
「髪飾りだよ。私が作ったの」
少女の手のひらへ銀線細工の髪飾りを乗せると、興味深そうに眺め始める。
腰から手ぬぐいを引き抜き、嬉しそうに髪飾りを光へかざす少女の目元をそっと拭うと、少女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。もう大丈夫そうだ。
「もしよかったら、お茶でも飲まない?」
「いえ、初対面の方にご迷惑をおかけするわけには……」
「私も一人で退屈だったの。少し付き合ってよ」
私は立ち上がると、少女の手を引いて工房へ戻る。
すぐに保護者を探した方がいいかとも思ったが、うちの立地では街へ向かうべきか、北門へ向かうべきかも分からない。もしこの辺りではぐれたのなら、探している者がこの工房を訪ねてくるかもしれない。
まずは落ち着かせ、事情を聞きながらお茶を飲むくらいなら大丈夫だろう。
工房に入ると、少女を窓際の木箱に座らせ、朝淹れたお茶を温め直す。今日は炉に火を入れていないので、お茶の入ったポットを持ち上げ、魔法で温めた。その間も、少女は工房の中を興味深そうに眺めている。
お茶の入った木のカップを少女に持たせ、私はその前の床に腰を下ろす。カップに口をつけると、甘酸っぱい爽やかな香りが鼻を抜けた。
少し前に薬屋からもらった、秋の素材で作られたお茶だ。薬草のほかに乾燥させたベリーや果物も入っていて、子供でも好きそうな味がする。たまたまだが、今日淹れたお茶がこれでよかった。
「このお部屋はなんなんですの?見慣れないものがたくさんありますわね」
「ここは鍛冶工房だよ。私は鍛冶屋だからね」
「鍛冶工房とは、武器を作る場所だと思っておりましたわ」
「武器だけじゃなくて、金属で色々な物を作るんだよ。この髪飾りもそう」
私は銀線細工の髪飾りを、少女の編み込まれた髪へ差し込む。金色の髪に、銀の小さな花がとてもよく似合っていた。
髪飾りの意匠が少し派手かとも思ったが、服が華やかなので、このくらいでちょうどいい。平民向けを基準に考えていたが、貴族向けであれば、このくらい華やかな意匠でもいいのかもしれない。
「あの……もしかして、あなた様はエルフなんですの?」
「そうだよ。エルフに会うのは初めて?」
「種族についてお勉強はしておりますが、実際にお会いしたのは初めてですわ」
少女は私の耳を見ながら、目を輝かせている。
この国には多くの種族が暮らしているものの、エルフはそもそもの人口が少ない。知識として知っていても、実際に会ったことがないというのは、それほど珍しいことではない。
ただ、初対面からこれほど好意に満ちた目を向けられるのは、少し珍しい。
「本当にお耳が長いんですのね。それに、お話で聞いていた以上にお美しいですわ!」
「ありがとう。あなたもとっても可愛いよ」
そっと少女の頭を撫でると、くすぐったそうな笑顔を見せてくれた。どうやら、だいぶ調子が戻ってきたようだ。
初めて見た時は、不安そうな表情と服装のせいか少し大人びて見えた。だが、こうしてころころと変わる表情を見ていると、年相応の子供なのだと分かる。
「あの、もしよろしければ、お姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか!」
「お姉様?まぁ、呼び方なんてなんでもいいけれど、なんだかむず痒いねぇ」
少女は随分と嬉しそうだが、柄でもない呼び方に少々恥ずかしさを感じないわけではない。
私がお姉様ねぇ。薬屋辺りが聞いたら、大笑いしそうだ。
「ところで、そろそろ聞いてもいいかな?どうしてこんなところを一人で歩いていたの?」
「実は、お父様のお仕事についてきたのですが、こっそり抜け出してきたんですの」
「それ、大丈夫なの?きっと心配しているよ?」
「だって、退屈だったんですもの。お父様についていけば、知らない街を見て回れると思っていましたのに、お父様ったら、ずっとお部屋でほかの方とお話ばかりしていて」
てっきり、どこかで保護者とはぐれたのだと思っていたが、まさか自分から抜け出してきたとは。
この街で貴族が話し合いをするというのであれば、領主の館を訪れている客か何かだろう。この辺りではぐれたわけではないなら、お茶を飲み終えた後で、街まで連れていった方がよさそうだ。
「それで、街は見られたの?」
「ええ!見たことのないお店がたくさんあって、楽しかったですわ!」
「それにしても、よくこんな場所までたどり着けたね。街には兵士もいるから、見慣れない子供が一人でいたら声をかけると思うのだけれど」
「何度か声はかけられましたわ。でも、『すぐそこで人を待たせています』と言えば、だいたいなんとかなるんですの。その後は、できるだけ人の少ない場所を選んで歩いていたら、いつの間にか建物が少なくなってしまって……」
「それで、帰り道が分からなくなっちゃったと」
少女は恥ずかしそうに目を伏せ、頷いた。
見た目は大人しそうだが、それとは裏腹に、けっこうやんちゃなお嬢様のようだ。それに、兵士をかわすやり方が随分とこなれている。もしかしたら、普段からこうして家を抜け出して遊んでいるのかもしれない。
「知らない街で遊ぶと、迷子になりがちだよねぇ。私もよく迷うから、よく分かるよ」
「お姉様も迷子になりますの?」
「私は道を覚えるのが苦手なの。なんなら、この街でもたまに迷子になるよ」
冗談に聞こえたようで、少女は楽しそうに笑っている。だが、実際に知らない道を歩くだけで、今でも簡単に迷子になる。
あまり話すと、この後、街まで連れていく時に不安にさせてしまうかもしれないので、これ以上は黙っていた方がよさそうだ。




