農村での出張修理
農村に到着すると、村の中にある大きな建物の前で馬車が止まった。シスターが村長だという老人と話をしている間に、私は積み込んできた道具や資材を荷台から降ろす。荷降ろしは冒険者たちにも手伝ってもらったので、すぐに片付いた。
「ねぇ親方、この大きな建物が村長さんのお家なんですかね?」
「ここは村の冬の館じゃないかな?」
「冬の館ですか?」
「村の人たちが冬を過ごす建物のことだよ。冬の時期は薪が貴重だからね。みんなで一つの建物に集まって過ごすことで、薪を節約するんだ。冬の寒さが厳しい地域でよく見られる文化だね」
私自身も知識としては知っていたが、実物を見るのは初めてだ。冬の館は普段、集会所などとして使われ、雪が深くなると、みんなで暖炉を囲んでお喋りをしたり、手仕事をしたりするらしい。今回はここが、シスターの癒しを行う場所として開放されるのだろう。
「それでは私は建物の中で癒しを行いますので、お仕事の方はよろしくお願いしますね」
そう言うと、シスターは冬の館の中へ入っていった。
しばらくすると、腕や足に包帯を巻いた村人たちが冬の館を出入りし始めた。それと同時に、修理を依頼された農具も次々と持ち込まれる。
収穫時期ということもあり、鎌やナイフといった刃物の研ぎの依頼が多い。今回は炉がないため、大きく欠けたものや曲がったものは、持ち帰りの修理として預かることにした。
少年には木札に依頼内容を記録させ、私は鎌の研ぎを優先して作業を進める。ナイフは少年も研げるようになってきているので、あとで任せればいいだろう。
「倉庫の丁番がガタつくんだが、見てもらえんだろうか」
「井戸の滑車がうまく動かなくて」
作業を進めていると、農具以外の依頼も舞い込み始める。どうやら街へ持ち込める道具よりも、動かせない設備の不調の方が問題になっているようで、村人たちからもそちらを優先してほしいと頼まれた。
「ちょっと村の中の設備を修理してくるね。手が空いたら、ナイフの研ぎだけ進めておいてくれる?」
「分かりました。戻ったら確認と仕上げだけお願いします」
軽く少年の頭を撫でて立ち上がると、道具を抱え、村人に案内されるまま村のあちこちを修理して回る。
初めは見慣れないエルフだからなのか、女の鍛冶屋だからなのか、少々警戒されていたようだ。だが、仕事をしながら言葉を交わすうちに、村人たちの表情も次第に柔らかいものへ変わっていった。
「村には鍛冶屋がいないから助かるよ。少し休憩したらどうだい?」
声をかけてきたのは、村に着いた時に紹介された村長の奥さんだった。礼を言って木のカップを受け取り、木陰に腰を下ろす。
カップに口をつけると、香ばしい麦の香りが鼻を抜ける。今年採れた麦を煎ったものだろうか。普段口にするものよりも、香りが豊かに感じられる。
一息ついていると、遠巻きに子供たちがこちらを窺っているのが目に入る。見慣れない者が村の中にいるのが気になるのだろう。度胸試しでもするように互いの背中を押し合いながら、こちらへ近づこうとしている姿は、見ていて微笑ましい。
「お姉ちゃん、どこから来たの?村の人じゃないよね?」
隣を見ると、いつの間にか一人の少女が私のそばに腰を下ろしていた。腕に抱えた小さな籠には、木の実や山菜、花などが入っている。近くの森で採集でもしていたのだろうか。
「近くの街から来たんだよ」
「何しに来たの?」
「私は鍛冶屋なんだ。今日は農具や井戸の修理に来たんだよ」
「井戸を直したのお姉ちゃんなの?さっきお母さんが喜んでたよ」
満面の笑みで語りかけてくる人懐っこい少女の頭を、つい撫でてしまう。最近は、こうやって子供の頭を撫でるのが癖になっている気がする。これも少年の影響だろうか。以前は子供が苦手な方だったんだけどね。
「もう行かなくちゃ!これあげるね。あと、これも!井戸を直してくれてありがとう!」
そう言って少女は籠から栗を三つ取り出して差し出すと、私の髪に小さな花を差し、笑顔で去っていった。
先ほどからこちらを窺っていた子供たちと合流し、「何話してたの?」などと言葉を交わしながら走っていく。その背中を眺めていると、以前何かの本で読んだ一節を思い出した。
『国の豊かさと平和さを確かめるには、まずその地域の農村で子供が遊んでいるかを見よ』
確か、どこかの学者が記した言葉だったと思う。
今年は豊作だと聞いている。収穫の時期は人手がいくらあっても足りないはずだが、それでも子供たちはこうして遊んでいる。おそらくこの村では普段から、この時期にも子供を遊ばせておけるくらいには余裕があるのだろう。
もちろん、子供が遊んでいるというだけで、その地域が豊かかどうかを決めつけることはできない。それでも、子供たちが笑顔で走り回れる村は素敵だと、素直にそう思えた。
修理作業を終え、帰りはシスターと少年と三人で、馬車の後ろを並んで歩く。荷台が大量の野菜や果物を入れた木箱で埋まっているため、帰りは歩くことになると、来る前から聞いていた。
本来であれば教会の癒しを受けた際、気持ち程度のお布施としてお金を渡すのだが、農村では癒しの対価として収穫物を納めることが多いらしい。
「たくさんお野菜や果物をもらいましたね」
「これは教会での炊き出しや、孤児院のみんなのご飯になるんですよ」
普段から自分が口にしている食事が、こうやって巡ってきていることを、少年は初めて実感しているのかもしれない。驚いたような顔で、目の前を進む馬車の荷台を眺めている。
さすがに、毎回これほどの量を受け取っているわけではないだろう。普段は少量だけ納め、収穫時期になると、それまでのお布施の分もまとめて多く渡す風習なのかもしれない。
農村としては、収穫物に余裕がある時期にお布施を納めることができる。教会にとっても、これから冬籠りの時期を迎える前に食料が増えるのはありがたいことだろう。
教会と農村の間にある、持ちつ持たれつの優しい繋がりが見えたようで、なんだか温かい気持ちになった。
「そういえば、私ももらっていたんだった」
私はポケットから栗を三つ取り出すと、シスターと少年の手に一つずつ握らせる。先ほど少女からもらったものだ。今年は森の実りも豊かなのだろう。去年見たものより、一回り大きいように感じる。
「これ、どうしたんですか?」
「井戸の報酬」
もちろん修理の報酬として、別にお金も受け取っている。だが、これも私にとっては立派な報酬だ。
「その髪飾りも報酬ですか?」
「素敵でしょ?」
シスターに言われて、髪に差された花へそっと手を触れる。そういえば、差してもらったままだったことを思い出し、少し照れくさくなって笑うと、シスターも嬉しそうにその花を眺めていた。
並んで歩きながら、手の中に残った一つの栗を夕日にかざしてみる。
少女から受け取った大きな栗は、村との間に生まれた初めての繋がりを形にしたように、艶やかに輝いていた。




