新しい弟子
教会の前へ到着すると老騎士と別れ、孤児院へ向かう。孤児院の前庭に子供たちの姿はなく、シスターが一人で孤児院前のテーブルでお茶を飲んでいた。私たちに気付くと、少し気まずそうにこちらへ手を振る。
「今日は他のシスターが子供たちのお散歩に付き合っているので、私は今休憩中なんです」
「誰もサボってるのかなんて聞いてないでしょ」
彼女は数年前に聖職者見習いになったシスターだ。私がこの街へ来た頃は少年と同じ孤児院の少女だったが、今では立派に務めを果たしている。ちなみに少年と私を繋ぐきっかけになったのも彼女だ。
工房へ出入りしたいという少年の願いを神父やシスター長へ話し、説得してくれた。いわゆる少年の保護者のような存在でもある。つまり、少年の希望を叶えるうえで避けては通れない人だ。
「自分で話せる?」
そう声をかけると、少年は真剣な表情で頷き、シスターに向き合った。
それから一生懸命に話をする。私へ願い出た弟子入りの話や、街のみんなから聞いた話。ところどころ言葉こそ詰まるものの、精一杯真剣にシスターへ訴えかける。
シスター自身も始めは驚いた様子だったが、こうなることを予見していたのかもしれない。意外なほど冷静に少年の話へ耳を傾けている。
「話は分かりました。あなたが毎日楽しそうにエルフさんのお話をしていたので、いつかそういう決断をする日も来るのではと、シスター長や神父様とも既に話はしてあります」
驚くことに、既に根回しは済んでいたようだ。もしかしたら少年の進路について覚悟を決めていなかったのは、私だけだったのかもしれない。
「ただ、弟子入りは早くとも十二歳になるのを待つものだと思っていたので、少々迷ってもいます。あなたが言うように、十歳になると家業を継ぐため親元で仕事を始めることは珍しくありません。ですが、あなたの家はこの孤児院です。ここの子供たちも基本的には十二歳まで様々なことを学び、それから街での住み込みの仕事を探します」
決まりというわけではないものの、これまでの慣習に倣うと、やはり十歳での弟子入りには孤児院としても不安が残るようだ。
「そう言えば、シスターが聖職者として正式な修行を始めたのもその頃だったねぇ」
「はい。孤児院では十二歳までに読み書きや計算など、普通の平民の子供より高度な教育を施します。身寄りのない子供が仕事を探すうえでも、生きていくうえでも大切なことですから。その後は個人の希望に合わせて街の仕事を探したり、聖職者の道を目指したりするのです。私は昔からお世話になっていた教会の力になりたくてこの道を選びましたが、孤児院で学んだことはとても大切なことだったと今でもそう思っています」
シスターは少年に向き直り、優しく手を取る。
「目標が見つかり、今すぐにでもその道へ進みたいと思う気持ちは私にも理解できます。それでも、あなたにはもう少しだけ孤児院で学ぶ時間を作って欲しいのです」
少年にもシスターの言葉は理解できているようだった。以前に文字は読めるが書くのは苦手で、計算もまだ難しいと話していたのを思い出す。
「そこで私から提案です」
シスターはぴっと指を立て、少年の瞳を見つめる。
「今後も孤児院から通い、お勉強を今以上に頑張る。そう約束できるなら、週に五日工房で働くことを認めましょう。当然、お勉強の時間が減る分は夕食の後や、みんながお勉強をお休みする日に時間を作らなければなりません。私も出来る限りお手伝いしますが、頑張るのはあなた自身です。どうですか?」
その提案に、少年は大きく頷いてシスターの目をしっかり見据える。
「できます!たくさんお勉強して、ちゃんと働きます!頑張ります!」
その返事に満足した様子で、シスターは優しく少年の頬を撫でる。
「では今ちょうど奥でシスター長が休憩を取っていらっしゃいます。きちんと自分の言葉で伝えてきて下さい」
少年は頷くと足早に孤児院の中へ入っていった。
「一人で行かせて大丈夫なの?」
「以前から話はしてあります。あの子には言っていませんでしたが、この提案もシスター長と話し合った結果なんですよ。もし早くから働きたいと言われた時に、少しでも彼の力になるにはどうすればいいか、私なりに考えていましたから」
初めて会った頃はまだ幼かった少女も、いつの間にか立派なシスターになっていたようだ。私がこの街で過ごした十数年の長さを実感させてもらえたようで、少し嬉しく思い、そっとシスターの頭を撫でる。
「なんですか急に?」
「なんだか嬉しくてね。立派になったなって」
「子供扱いはもうやめてください」
頬を膨らませて怒っているようだが、目元はなんだか嬉しそうに見える。
「私としては別に住み込みでも良かったんだけど、通いでいいの?」
「あの歳の男の子を独り身の女性が家に住まわせるのは外聞もよくありませんから。十二歳になるまでに、街のみんなにきちんと認知してもらってからでもいいと思いますよ?」
「私は気にしないんだけどねぇ」
「少しは気にしてください!」
今度は目元までしっかり怒っているようだ。どうにも私はこの辺りの常識が欠けているようだから、少年を通じて私自身も成長しなければいけないのかもしれない。
孤児院での話を終え、少年と二人で工房への道を黙って歩く。工房へ着いて扉を開け、私が中へ入ると、少年は扉の前で立ち止まり私を見つめた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけど何?」
「僕を弟子にしてください」
「いいよ」
さらりと答えすぎてしまったかもしれない。少年は少し驚いた表情で私を見ている。
「今朝は悩んでましたよね?」
「色んな話を聞いて、私も覚悟が決まった感じかな。君が望む限り、ここでの仕事を教え込む。これからは手伝いじゃなくて弟子として、できることから覚えていってもらう。それでいい?」
「はい!」
今日一番の笑顔が少年の顔に広がる。昨日までと同じ笑顔のはずなのに、どこか少しだけ頼もしく見えた。
この街に来て十数年が経つ。旅ばかりしていた私が、こんな風に誰かの将来を真剣に考える日が来るなんて、昔は想像もしなかった。これから先も、きっと私の日常は少しずつ変わっていく。
今日という日も、いつか振り返れば何気ない一日の出来事になっているのかもしれない。それでも、そんな何気ない日々の積み重ねが、人との繋がりを育て、私自身も少しずつ変えていくのだろう。
そんなことを思いながら、私は静かに工房の扉を閉めた。




