仕事を知る人たち
納品物自体は軽いし買い出しの予定もないので、荷車は引かず二人で並んで街までの道のりを歩く。以前は農家が利用していた私の家は街から少し距離がある。しばらくすると民家がぽつぽつと増え始め、賑やかな商店街へ出る。その商店街の片隅が目的の納品先だ。
瓶に猫の耳と尻尾が描かれた看板を掲げる小さな薬屋。両手が塞がっている私の代わりに少年が扉を開けると、チリンとベルが鳴る。すると店の奥のカウンターに頬をつけて突っ伏していた店主がガバッと顔を上げる。紅緋色の短い髪の上で、猫耳がピコピコと動いた。
「鍛冶屋じゃん!おはよー!」
さっきまで寝こけていたとは思えない元気な声だ。
「少年もおはよう!今日もお手伝い?」
「おはようございます」
どうやら『手伝い』という単語が少年の中で引っかかったようだ。いつもより少し元気のない返事に、薬屋も不思議そうな顔をしている。
「なにかあった?お姉さんに話してみな?あ、納品ありがと。そこに置いといて」
私がカウンターへ木箱を置く頃には、店内の長椅子へ二人並んで腰掛けている。
相変わらず、よく喋りよく動く子だ。
「孤児院で何かあったの?それともシスターちゃんに怒られたとか?」
「実は親方の工房で働きたいと思ってるんです」
「働けばいいじゃん。ねぇ?」
そう言うと、薬屋は私へ目を向ける。何か問題でもあるのかと言いたげな表情だ。
「まだ十歳になったばかりなんだよ。私の一存で将来を決めてしまうのが少し怖くてね」
正直な気持ちを話すと、薬屋は「そんなことか」と言わんばかりに、にゃははと笑った。
「長命なエルフのくせに考えすぎ。まだ十歳だからこそ、やってみなきゃ分かんない!それはきっとどんな仕事でも一緒でしょ?ごちゃごちゃ考えたって、なるようにしかならないんだからさ」
なんでもまず実践してみるという考え方は、錬金術師の側面も持つこの薬屋らしい考え方かもしれない。確かに難しく考えてみても、結果だけ見れば単純なことだった、なんてことは世の中にたくさんある。
「薬師のお姉さんは、どうして薬屋さんになったんですか?」
「私はポーションを自分で作ってみたいって思って勉強し始めたのがきっかけだったかな。最初は錬金術の勉強をいっぱいしてさ、ポーションも作れるようになったところで、薬師の資格がないとポーションは売れないって知って。そこからまた薬師の勉強を始めて、気付いたら薬屋になってた」
どうやらこの子は昔から、思い立ったら行動せずにはいられなかったようだ。そして壁にぶつかっても真っ直ぐ進み続けた結果が、今の薬屋なのだろう。
「だから君も、やりたいことがあるなら全力で挑んでみるといい!大丈夫。このエルフ、変なやつだけど頼めばけっこう何でも引き受けてくれるからさ」
「何でもは言い過ぎ」
朝から少し緊張していた少年の表情が明るくなり、薬屋と顔を見合わせて笑い合っている。やはり最初にここへ来たのは正解だった。面倒な実験器具の発注ばかりする困ったお得意さんではある。それでも、この薬屋の底抜けに明るく前向きな性格は好ましい。それからも薬屋のお喋りは止まらず、少年は興味深そうにその話へ耳を傾けていた。
薬屋を出て工房へ戻ろうとも思ったが、そのまま商店街の裏通りを進み工房街へ入る。
「納品は終わりましたけど、まだどこか行くんですか?」
「せっかくここまで来たからね。他の鍛冶屋の話も聞いてみたいでしょ?」
それだけで少年も察したようで、嬉しそうに隣を歩き始める。工房街の端へ近づくと、一際大きな工房兼武器屋が見えてきた。大きな工房の裏手へ回り、職人たちと挨拶を交わしながら離れの工房の扉を軽くノックする。
「入れ」
返事があったということは、仕事中ではなさそうだ。扉を開けると、煤竹色の長い髭を三つ編みにしたドワーフが椅子へ腰掛け、道具の手入れをしていた。
「なんじゃ、エルフか」
彼はこの街で一番大きな鍛冶工房を営むドワーフだ。私がこの街へ来て最初に訪ねた工房でもあり、自分の工房を持つまで場所を間借りしていた縁もあって、今でも仕事上の付き合いは続いている。ドワーフに顎で椅子を勧められ、少年と二人で腰掛ける。
「ちょっと話を聞きたくてね。この子が私の工房で正式に働きたいらしいんだよ」
「坊主がか?」
ドワーフは少年の体をじっくりと品定めするように見つめる。その様子に少年も少し緊張しているようだ。
「ワシのとこでは無理じゃな」
あっさり否定され、少年が悲しげな表情になると、慌ててドワーフが咳払いをする。言葉は少なくぶっきらぼうに見えるが、根は優しい職人なのだ。
「ここでは主に大きな武器を扱う。じゃから弟子もそれなりの体格になる歳まで受け付けとらん」
ドワーフはフンと鼻を鳴らし、道具の手入れを再開する。
「じゃが、エルフのとこではできる仕事は多い。こいつの工房は包丁だの鍋だの、小さいものを主に扱う。いきなり鉄を叩けとは言わん。ヤスリがけだの柄付けだのは、坊主も覚えりゃすぐできる」
それを聞いた少年の表情がぱっと明るくなり、私を見上げる。
「じゃあ僕は親方の工房で働いていいんですか?」
「あくまで簡単な仕事なら、じゃな。当然、弟子入りするならいずれ鉄も叩く必要はある。飯を食って体をデカくするのも坊主の仕事じゃ」
肯定的な意見に、少年は嬉しそうに頷いている。自分にできることがあると他人に認めてもらえるのは嬉しい。私にもその経験はあるので、気持ちはよく分かる。
「ドワーフさんはどうして鍛冶屋をしているんですか?」
薬屋へ聞いたのと同じ質問を少年が口にする。
「ワシは故郷で鍛冶屋の息子として生まれた。親父も祖父も兄弟も、みな当たり前のように鍛冶をしとったからな。何の疑問も持たず、気付けば鍛冶をしとった」
「でも今はこの街で鍛冶をしてるんですね」
「自分の腕を確かめてみたかったんじゃ」
ドワーフが作業の手を止め、少し遠くを見るような表情になる。
「実家の工房はデカくてな。何もせんでも勝手に仕事が舞い込んできよる。じゃが、それはワシが認められとるわけではない。あくまで実家の工房が長年培った実績と信頼じゃ。それが悪いとは言わん。じゃがワシは、自分の腕だけでどの程度認められるのか確かめたくなった」
「それで故郷を離れて、こんな街で鍛冶屋を始めたわけか。人に歴史ありだねぇ」
ドワーフがこの街へ来た理由は今まで聞いたことがなかったが、なるほど、この男らしい真っ直ぐな理由だ。彼の職人としての実直さは、素直に好ましいと思う。
「すごくかっこいいです!」
少年は目を輝かせながらドワーフへ身を乗り出す。その様子に少し恥ずかしそうに顔を背ける大木のようなドワーフが、少しだけ可愛らしく見えた。
ドワーフの工房を後にして、街を二人で歩く。少年の表情を見る限り、覚悟は決まっているようだ。私も色々と話を聞き、このまま受け入れても問題なさそうだという気持ちになりつつある。しばらく歩いていると、脇道から紳士風の老騎士が現れ、目が合う。
「おや、エルフ殿ではないですか」
「おじさまはお仕事中?」
「少し教会へ行く用事がありましてな。巡回しつつ移動中といったところです」
彼はこの街の兵士長であり、騎士を引退してはいるものの騎士爵を持った老騎士だ。この街へ来て最初に世話になってからというもの、私を気にかけ、よく話し相手になってくれている。
「ちょうどよかった。孤児院に向かうつもりだったし、少し聞いてほしい話もあるんだよね」
「ではご同行しましょう。こうやって歩くのは懐かしいですな」
初めてこの街へ来て、いきなり迷子になり、彼に道案内されたことをふと思い出す。思えば職務上、警戒されていたのだろうが、とても親切で物腰の柔らかいこの老騎士を、私は最初からけっこう気に入っていた。
「それで話というのは何ですかな?」
私はそれまでの話を説明する。少年の弟子入り志望、薬屋の後押し、そしてドワーフの提案。その話を静かに聞き終えると、老騎士は少しだけ真剣な表情になって少年を見つめた。
「その若さで目標を持って行動できることは素晴らしいことかと思います。ですが、学ぶことと働くことは同じようで少し違うのです」
いつになく真剣な老騎士の表情に、少年も背筋を伸ばし、真剣に言葉を待っている。
「私自身、体を動かすのが好きで剣を学びました。好きなことでしたし、技を磨くことは辛くとも楽しいものでした」
老騎士がそっと腰のロングソードへ手を添える。何度か手入れを頼まれたこともある、なかなかの業物だ。
「やがて兵士になり実績を重ね、騎士の爵位を賜るまでになり、王都で騎士として働くことになりました。平民の出の私が騎士になるなど、これ以上ない誉れです。当時の私は喜んで王都へ向かいましたが、立場が大きくなるにつれ責任も大きくなっていきました」
「責任ですか?」
老騎士は遠くの空へ目を向ける。何か思い返しているのかもしれない。
「騎士である私には国を守る責任がありますし、周りも当然のようにそれを期待します。どんなに困難で過酷な仕事であっても断ることはできませんし、失敗も許されません。仕事を果たせなければ、それは私個人ではなく国への信頼を損なうことにも繋がります。日々鍛錬を重ね学ぶことは変わりませんが、そこに責任が伴う。それが仕事だと私は思っています」
老騎士の言葉は厳しいようだが、現実でもある。鍛冶屋も、ただ道具を作ればいいというわけではない。購入する者からすれば、包丁は食材を切れるもの。鍋は熱を伝え調理できるもの。それが当たり前だと思って購入する。
それが数度の使用で破損し、あるいは最初から使い物にならない粗悪品であれば、その評価は鍛冶屋個人だけではなく、商品を扱う商人や素材を卸した鉄材商にまで及ぶかもしれない。
「お仕事をするのは大変なことなんですね」
少年が少し不安そうな表情で考え込み始める。それを見て老騎士は優しく少年の頭を撫でた。
「この話を聞いてしっかり考えられるあなたなら、きっと大丈夫ですよ。試すような厳しい言い方になってしまい、申し訳ありません」
先ほどまでとは違い、老騎士は普段の優しい表情に戻っていた。
「技術も責任も仕事を通して学ぶものです。いきなり覚悟を持って挑めということでは決してありません。私自身、この覚悟について気付いたのは随分と大人になってからでしたからな」
「私なんて未だにそんな覚悟があるか分かったものではないよ。もちろん頭では理解してるけどね」
大人二人の言葉に、少年は胸をなで下ろす。大切な話ではあるが、少し怖がらせすぎたようにも思えて老騎士をじっとりと見つめると、申し訳なさそうに頭をかいていた。




