湖畔市の迷惑客
屋台へお使いへ向かう少年を見送り、ひとりで湖を眺める。屋台の辺りは人も多いので、戻ってくるまでしばらくかかるだろう。
この湖を初めて訪れたのは、この街に来て間もない頃だっただろうか。あの頃は、なんとなくこの辺りの地理に興味があっただけなので、こうやって湖畔でのんびり過ごすことはなかった。改めて見ると水も綺麗で森も近く、なかなかいい場所だ。
「お姉さん、ひとり?」
急に声をかけられて振り返ると、冒険者風の男が三人、こちらへ歩いてきていた。この街では見慣れない装備なので、どこか別の街から依頼か何かで来ているのだろうか。だいぶ酒を飲んでいるようで、足元が少しおぼつかない。
「こんな街でエルフに会えるなんて嬉しいなぁ。よかったら一緒に飲もうよ」
さて、困った。
いや、この程度のことは旅をしていた間に何度もあったし、冒険者とはいえ、酔っ払い程度なら特に脅威には感じない。問題なのは、どう穏便に追い払うかだ。下手に騒ぎを起こして湖畔市を台無しにするのは、私の望むところではない。
「ごめんね。せっかくのお誘いだけれど、連れを待っているんだ」
「そんな固いこと言わないでよ。なんならお連れさんも一緒で構わないよ。その人も君と同じエルフなの?きっと美人なんだろうなぁ」
気がつけば、男三人は私を取り囲んでいた。近くに寄られると、かなり酒の匂いが強い。楽しい雰囲気に乗せられて、少し羽目を外しすぎたのかもしれない。
首元に下げられたプレートはシルバーなので、それなりに経験を積んだ冒険者のようだ。もしかしたら、普段はもう少ししっかりしているのだろうか。
「お兄さんたち、少し飲みすぎちゃったのかな?向こうで果実水も売っていたから、行ってみるといいよ」
「じゃあ、その屋台まで案内してくれよ」
男の一人に腕を掴まれる。
これは、いよいよまずいかもしれない。仕方がないので、軽く腕でも捻り上げて追い払おうかと男の腕へ手を伸ばしかけたところで、横から伸びてきた白い手袋の手が、私の腕を掴んでいた男の手首を捻り上げた。
「お酒を飲んでいるとはいえ、女性の腕を無理に掴むのは、さすがに見過ごせませんなぁ」
現れたのは老騎士だった。いつもの装いからすると、巡回中だったのだろうか。表情は普段と変わらず穏やかなものだが、声には鋭さがあり、静かな緊張を感じさせる。
「なんだよ、おっさん!邪魔すんなよ!」
「私はこの街の兵士ですから、騒ぎを見逃すわけにはいかないのですよ。冒険者の方とお見受けしますが、ギルドへ報告した方がよろしいですかな。そういえば、先ほどギルドの職員があちらに……」
老騎士の言葉に、男たちは一気に酔いが覚めたのか、そそくさとその場を後にしていった。
その背中を目で追っていると、少し離れた場所で、薬屋に手を引かれた少年がこちらの様子を窺っているのが見える。屋台の前で出会ったのだろうか。不安そうな少年の表情とは対照的に、薬屋はなんだか不機嫌そうに見える。
「お怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫だよ、ありがとう。酔っ払いの相手は大変だねぇ」
「兵による巡回は行っているのですが、屋台の周辺に人員を集中させていたため、発見が遅れてしまい申し訳ありません。ちょうどあちらで薬師殿と少年に会いましてな。あなたと一緒に来ていると聞いて湖畔へ目を向けたところ、絡まれているご様子でしたので、二人には離れた場所で待つよう伝え、私だけ参りました」
「ご心配をおかけしました」
「いえ、こちらこそ危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした。どうぞこの後も湖畔市をお楽しみください」
老騎士が丁寧に礼をすると、薬屋と少年がこちらへ駆け寄ってくる。少年が老騎士へ頭を下げると、老騎士は優しく微笑み、その頭をそっと撫でた。それから私たちへもう一度軽く頭を下げ、巡回へ戻っていった。
「親方、大丈夫でしたか?」
「大丈夫、なんともないよ。心配かけてごめんね。お魚ありがと」
少年の頭を撫で、トラウトの串焼きを受け取る。一口食べて見せると、やっと安心したように少年の顔に笑顔が戻った。
そういえば、珍しく薬屋が大人しい。顔を向けると、男たちはもう去ったというのに、まだ不機嫌そうな顔をしている。
「薬屋も心配かけてごめんね」
「それも心配だったけど、アタシが怒ってるのはそこじゃないの!」
「怒ってるの?」
「湖畔市に来るなら誘えよ!あと、あの時買ったお揃いの服も着てよ!」
腕を組んで頬を膨らませている薬屋は、あの時お揃いで買った服を着ていた。
怒っているのだろうが、理由が可愛らしくて、つい吹き出してしまう。それにつられるように空気が和らいでいく。こういう時、この子の存在は本当にありがたい。
「次はちゃんと誘うね。それと服は、せっかくなら三人で出かける時に着た方がいいかなと思って、今日は控えたんだよ」
「それならいいや!シスターちゃんには仕事で行けないって言われてさ。アタシもひとりで来てたから、ちょっと退屈してたんだ」
言われて気がついたが、私には誰かを自分から誘って、どこかへ出かけるという発想自体がなかったようだ。
薬屋はよく私を誘ったり、急に工房へやってきてお喋りをしたりしてくれる。私自身、それを嬉しく感じていたし、街へ出たついでに薬屋の店へ顔を出すこともあった。
この街へ来るまで、友人と呼べるような関係になれた人は少なかった。こういった付き合い方にはどうにも不慣れで、戸惑うこともある。それでも友人とは、こういうやり取りを繰り返しながら、少しずつ関係を深めていくものなのかもしれない。
「それじゃあ、秋の収穫祭は一緒に行こうか。シスターの都合がつけばいいのだけれど」
「シスターちゃんは、収穫祭の期間中にどこかでお休みをもらえそうだって言ってたな。じゃあ収穫祭はみんなで遊ぼう!約束な!」
それからは三人で、改めて湖畔市を楽しんだ。立ち並ぶ屋台を眺め、湖畔で採れる薬草や山菜の話をしながら、のんびりと過ごす。
途中、酔いの覚めたあの冒険者たちが謝りに来たり、見回りの範囲を広げた兵士たちと挨拶を交わしたりもした。
ちょっとしたトラブルはあったが、来年もまた訪れたいと思える、素敵な時間になったように思う。
もちろん来年は、薬屋とシスターを誘うのを忘れないようにしなければいけないね。




