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エルフの鍛冶屋 ―辺境の街で紡ぐ小さな物語―  作者: ぱられ


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初めての湖畔市

 お昼時には少し早い時間だが、炉の火を落として片付けを始める。少年を見ると、心なしかいつもより楽しそうに、使っていた道具をしまっているように見える。


「湖畔市、楽しみですね!」


 今日はこれから二人で、街の北東にある湖で開かれる湖畔市へ出かけることになっている。数日前に湖の話をしていた時に話題に出したのだが、少年が思いのほか興味を示したので、お昼を食べに行くついでに行ってみようという話になった。


 湖は街の外に位置しているため、少年はまだ行ったことがないらしい。私自身は湖を何度か訪れたことがあるが、湖畔市にはそれほど興味がなかったので、実は今回が初めての参加になる。


 湖畔市は、この街周辺の集落や村から人が集まる、小さなお祭りのような催しだ。この街の管轄地域に住んでいれば出店許可も必要ないため、それなりに盛り上がると聞いている。


 本格的な収穫を前に最後の英気を養う意味合いが強い、地元の人たちのための祭りで、行商人や観光目的の者はそれほど多くないらしい。


 話を聞いた限りでは目新しいものもなさそうだし、何より住人の祭りと聞くと、まだ余所者だと思われていそうな私が参加するのは、少し気が引けてしまっていた。


 しかし、この街に住み始めてもうけっこうな年月が経ち、知り合いも増えた。少年に湖を見せるという建前で、そろそろ参加してみるのもいいかもしれない。


「ねぇ親方、服は着替えないんですか?前に雑貨屋さんで買ってましたよね?」


「今回はこれでいいかな。街のみんなも、この姿の方が見慣れていそうだしね」


 以前、シスターや薬屋と一緒に買った服があるのだが、せっかくならあの子たちと一緒に出かける時に、お揃いで着ていきたい。


 それに少し考えすぎかもしれないが、普段見慣れない服装だと、私だと気づいてもらえず、不審に思われる可能性もある。


 ちなみにメイド服は、意匠を確認するために何度か引っ張り出してはいるが、買った日に着て以来、一度も袖を通していない。見るたびに、やはり普段着にするようなものには思えなくなる。


 少年と一緒に工房を出て、湖へ繋がる街道がある東門へ向かって歩き始める。街中の大通りには、いつもより人が少ないようだ。


 やはりみな、せっかくなら湖畔市で昼食を取ろうと考えるのだろうか。今まで湖畔市の日に街の様子を意識して見たことがなかったので、少し新鮮だ。


 東門へ向かって街を進むと、次第に建物が減り、左右に広大な麦畑が広がり始める。すでに収穫期を迎えた黄金色の麦の穂が頭を垂れ、風に揺れている。辺り一面に、乾いた麦の甘く香ばしい匂いが満ちていた。


「秋の麦畑は綺麗だねぇ」


「僕もこの季節の麦畑は好きです」


「この辺りにはよく来るの?」


「孤児院のお散歩でよく来るんです。門の外には行けませんでしたけど」


 どうやら孤児院では、街中から門までの道が散歩のコースになっているようだ。私の家は北門の近くにあるため、この辺りまで来るのは特に用事がある時くらいで、少し新鮮に感じる。


 もしかしたら孤児院の散歩には、街の地理を覚えさせる目的もあるのかもしれない。だとすれば、少年の方がこの街に詳しいのではないだろうか。


 東門に近づくにつれて、次第に行き交う人が増え始める。やはり湖畔市へ向かう人はけっこう多いようだ。ほとんどは手ぶらか、ちょっとした荷物を抱えた者だが、中には背負子を背負った者や、荷車を引く者も見える。


「大きな荷物を抱えてる人もいるんですね。湖畔市は色んなお買い物ができるんですか?」


「私も行ったことはないから、聞いた話でしかないけれど、近隣の農村から夏の終わりに採れた作物や、加工肉を安く売りに来る農家もけっこういるそうだよ」


「安く売っても大丈夫なんですか?」


「この時期になると、夏野菜は味が落ちて、実も小さくなってくるんだよ。加工肉も長く置けば状態が悪くなってくるし、秋の収穫や食肉加工が始まる前に、古い在庫は処分したいんじゃないかな」


 私は街道を歩く人たちへ目を向けながら、言葉を続ける。


「どうせなら一気に消費して、できるだけ多くの人に振る舞い、喜んでもらいたい。そんなところから始まった催しなのかもしれないね」


 東門を抜けて街道を歩いていると、荷車を横につけて商売をしている者が、ぽつぽつと増え始める。売られている商品を眺めながら歩いているが、聞いていたよりも状態の良い物が多いようだ。


「値段は確かに安いですけど、お野菜はそれほど小さいものでもなさそうですね」


「やっぱり聞いた話だけでは分からないものだね。きっかけは夏の終わりの在庫処分だったのかもしれないけれど、今では街の人との交流の場として大切にされている。そんな雰囲気を感じるね」


 こういうことは、旅をしていた頃にも何度も経験した。噂で聞いた内容と、実際に目にするものが違っていることはけっこうある。


 初めの頃は残念に感じることも多かったが、それを繰り返すうちに、自分の目で確かめることの大切さも学んだ。


 ちらりと少年の方を見ると、興味深そうに商売をする人たちを眺めている。色々なことに興味を持つこの少年も、自分の目で見て、経験する楽しさを少しずつ感じてくれていると嬉しい。


 そんなことを考えながら、湖までの街道をのんびりと歩いていった。


 湖畔の広場へ着くと、周囲を囲むように多くの屋台が立ち並び、かなりの賑わいを見せていた。広場の中央にはテーブルや椅子も用意されていて、ちょっとした宴会のようになっている。


「すごくたくさんの人が来ていますね!」


「私たちも何か買って食べようか」


 屋台では加工肉や魚の串焼きのほか、酒も振る舞われているようで、どの屋台の前も楽しげな笑い声に溢れている。


 こういう賑やかな輪の中に入るのは少し苦手だが、その楽しげな空気をそばで感じるのは嫌いではない。時折、見知った顔と挨拶を交わしながら屋台を見て回る。


 心配していた物珍しそうな視線もまったく感じない。自分もこの楽しげな空気の中にいられることが、なんだか嬉しく感じられた。


 屋台で塩漬け肉のスープと燻製腸詰めの串焼きを買い、湖のそばの岩場に腰を下ろす。残念ながらテーブル席は埋まっていたし、酒を飲んで盛り上がる人たちの中に少年を座らせるのは、少し気が引けたというのもある。


「お肉の料理も本当に安かったですね。でも、とても美味しいです」


「近隣の農村では、そろそろ冬に備えて家畜を加工し始める時期だからね。新しい加工肉を仕込む前に、古い在庫を処分しているんだろうけれど、熟成が進んでいて、むしろ美味しいくらいかもしれないね」


 湖を眺めながら食事をしていると、少し離れた場所から、水遊びをする若者たちの笑い声が聞こえてくる。身なりからすると、近隣の農村の子たちだろうか。


 日差しがだいぶ弱くなってきたとはいえ、今日は少し暑い。薄着で水をかけ合う姿は、見ているだけでも涼しそうだ。


「本当にみんな薄着で水遊びしていますね」


「あれは農村の子たちかな。仕事中もあのくらい薄着になることは多いだろうから、あまり抵抗はないんだろうね」


 以前、少年と肌の露出について話したことはあったが、こうやって実際に目にするのは初めてなのだろう。


 教会では、むやみに肌を露出させることを良しとはしていない。その教えを知っている少年には、街の人たちが薄着で水浴びや水遊びをする姿を想像できなかったようだが、実際にその目で見れば納得せざるを得ないだろう。


「でも、やっぱり理解はできても、僕には少し恥ずかしいです」


「それでいいと思うよ。水浴びは無理でも、暑い時期に無理に肌を隠して、倒れるようなことさえなければね」


 鍛冶屋は、ただでさえ暑さと戦う仕事でもある。必要に応じて薄着になってもいいと理解していれば、そのうち自然と服装も鍛冶屋らしいものになっていくだろう。


 少年の顔を見ると、困惑よりも納得したような表情を浮かべているので、心配はなさそうだ。


「あれは何をしているんですか?」


 少年の興味はすでに水遊びから離れていたようで、湖に浮かぶ複数の小舟へ視線を向けている。


 山から流れ込む清流が溜まってできたこの湖は水質もよく、多くの魚が獲れることでも有名な場所だ。今日は漁のためではなく、湖畔市を訪れた人たちに釣りを楽しんでもらうため、漁師が船を出しているのだろう。船の上から釣りを楽しむ姿が、あちこちで見受けられる。


「この湖はいろんな魚が獲れるからね。湖畔市に合わせて、釣りを楽しんでもらうために漁師が船を出してくれているのかな」


「湖にはどんな魚がいるんですか?」


「魚にはそれほど詳しくないけれど、パーチとかトラウトあたりが有名だったかな。パーチはフリットにしたものが、街の屋台でもよく売られているよ。トラウトは、さっき屋台で串焼きになっているのを見たね」


 少年が振り返り、屋台の方へ目を向ける。ちょうど先ほど魚の串焼きが売られていた辺りだ。屋台の前やテーブル席でも、串に刺さったトラウトの塩焼きを頬張る人がちらほら見える。


「トラウトはどんなお魚ですか?」


「川と湖で少し見た目や大きさは違うけれど、脂の乗った白身魚で、塩焼きにするととっても美味しいよ」


 少年の興味は、完全にトラウトの串焼きへ向いてしまったようで、先ほどからずっと屋台の方へちらちらと目を向けている。


 すでにスープと腸詰めは食べ終えてしまったし、器を返しに行くついでに、お使いを頼むのもいいかもしれない。目当ての屋台はここからでも確認できるので、大丈夫だろう。


「私も話していたらお魚が食べたくなってきたし、器を返しに行くついでに、お使いを頼んでもいいかな?」


 器を差し出す私を見上げ、少年が嬉しそうに返事をしたので、お金を渡してお使いを頼むことにした。


 孤児院にいた頃は、自分でお金を使う機会がほとんどなかったそうなので、最近はこうやってお使いを頼み、買い物をする経験をさせることにしている。


 お給金は渡しているが、自分のために何かを買っている様子はほとんどない。以前そのことを聞いてみると、どうやら自分のためにお金を使うという発想自体が、あまりなかったそうだ。


 無駄遣いをしろとは言わないが、せっかく働いて得たお金だ。有意義なお金の使い方にも、少しずつ慣れていってくれると嬉しい。


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