魔法の入口
朝食を終え、今は倉庫内の古い荷物を漁っている。この世界には冒険者ギルドに依頼することで、荷物をギルド間で移動してもらえる仕組みがある。かつて旅をしていた頃も、次に向かう街のギルドへ荷物だけを移動させることで、身軽に旅を続けていた。
費用もさほどかからないので便利なのだが、そのせいで気がつけば荷物はかなりの量になってしまっている。増えたなと思うたびに処分しながら旅をしていたのだが、それでもけっこうな量になってしまっていた。
「これは時間を作って不要なものを処分しないといけないかもねぇ」
倉庫を漁る時は毎回こう思うのだが、結局先送りにし続け、また数年後に同じことを思うのだ。自分のことは自分がよく分かっている。
目当ての道具を見つけ出し、工房の外に出る。そこにはすでに朝から準備しておいた様々な道具が置かれている。実は今日は少年に魔法を教えることになっているのだ。
幼い頃の自分の記憶と現在の知識の中から揃えた物だが、まぁ足りなければその時考えればいいだろう。
「おはようございます、親方!」
道具を準備し終え、椅子に腰掛けて休憩していると、いつもより楽しそうな少年がやってくる。ここに通い始めた頃からずっと魔法への憧れを話していたので、今日が本当に楽しみだったのだろう。
「魔法教えてくれるんですよね?まず何からするんですか?」
「まずは適性があるかどうかを調べるところからだよ。期待させてしまったみたいだけれど、魔力を流すことができないと魔法は使えないからね」
少年を椅子に座らせ、向かい合うように私も椅子に腰を下ろし、少年の両手を取る。
「順番にやっていくね。まずは魔力の流れを確認できるかどうか。私が少しだけ君に魔力を送り込むから、何か感じ取れたら教えて」
少年が真剣な表情で頷くのを確認すると、手のひらから少しずつ少年に魔力を流し始める。魔力を感じること自体は難しいことではないので、少年もすぐに何かを感じ取ったようで目を大きく見開く。
「なんだかピリピリします。これが魔力ですか?」
「魔力の流れは感じ取れるみたいだね。今、君の体の中に流れているそのピリピリを、自分で流せるかどうかが大切なんだ。まずは私の流している魔力の流れに集中して、その流れを追いかけるように意識してみて」
少年は目を閉じ、自分の中の魔力の流れに集中し始めた。人間は誰しも少なからず体内に魔力を持っている。意識的にそれを動かせる人間は十人に一人程度だそうなので、潜在的に魔法が扱える人間はそれほど少なくはない。
しばらくすると、少年の体に流していた魔力の流れが加速し始めるのを感じる。どうやらこの子は、十人のうちの一人に入っていたようだ。
私は少しずつ自分の流す魔力量を絞り、少年が自力で魔力を動かす流れに任せ始める。
「自分の中に、さっきのピリピリが流れているのはまだ分かる?」
「はい。さっきより少し遅いですけど、ピリピリしてます」
「おめでとう。魔法の適性はありそうだよ」
私はすでに魔力を流していない。どうやら自分で魔力を動かすところまでは成功したようだ。少年は目を開けると、嬉しそうに顔をほころばせる。
正直、私もかなり安堵した。この子が魔法に憧れているのは知っていたので、もし適性がなかったらどうしようか、ずっと悩んでいたのだ。今まで魔法を教えなかったのも、それが不安だったという部分が大きい。
「僕は魔法使いになれるんですか?」
「まだ入口に立っただけだけれどね。練習すれば必ず使えるようになるし、魔導具ならもう使えると思うよ」
そう言って、私は二つの魔導具を少年に見せる。先ほど倉庫で探していた、水と風の簡単な魔導具だ。
「こっちのカップは水を出す魔導具で、筒の形をしているのは風を起こす魔導具だよ。外側に綺麗な石が埋め込まれているでしょ。これが魔石」
まずはカップを少年に持たせる。魔導具とは、魔力を流すだけで特定の魔法を発動させることができる補助具のようなものだ。魔力は流せるが魔法の仕組みを理解できず、魔法の発現に至れない者や、意識せず簡単に魔法を行使したい場面で使われる。
「さっきまで体の中で流していた魔力の流れを、そのカップの魔石に向かって流すように意識してみて」
「水が出てきました!」
魔力を流すコツはすでに掴んだようで、カップの中に少量の水が現れる。少年は初めて自分で起こした魔法現象に、目を輝かせて喜んでいる。
「でも親方はもっとたくさん水を出せますよね?これだけしか出ないんですか?」
「それは少し水が出たことで、喜んで魔力の流れを止めちゃったからかな。それに、魔導具は魔力さえあれば使えるけれど、魔法の仕組みを理解していたほうが上手に使えるものだからね」
そう言うと、少年からカップを受け取り、今度は筒の形をした魔導具を持たせる。同じように魔力を流すよう伝えると、筒の両側から勢いよく風が吹き出し始めた。
「今度はけっこうな量の風が出ました!涼しくて気持ちいいですね」
「風は水より仕組みが簡単だからね。その仕組みの部分を理解できれば、魔導具なしでも魔法が使えるようになるよ」
私は手のひらを少年に向けると、筒から出ているよりも強い風を起こして見せる。突然の強い風に、少年が驚いて髪を押さえる仕草をするので、少し笑ってしまった。
少しむすっとした表情で見上げてくる少年の頭を撫でながら、話を続ける。
「魔力の扱い方は問題ないみたいだし、今度は魔法の仕組みについてお勉強しようか。魔法っていうのは、魔力を使って自然現象を再現する技術のことなのだけれど、その現象がどうやって起きるのか分からないと、当然魔法は使えないわけだね」
そう言いながら、私は近くに置かれた木の板を手に取り、少年に質問する。
「君は風がどうやって起こるか分かる?」
「息を吹きかけたり、今親方が持っているような板で扇ぐと起きます」
私は微笑み、木の板で少年を扇いで風を起こす。以前から色々なことに興味を持つ子だったので、こういうことは自分でも考えたことがあるのかもしれない。
「君の言う通り、風は空気が動くことで起きる。実際にはもっと難しい仕組みらしいけれどね。空気が動けば風が起きるって分かっているだけでも風は起こせるから、風の魔法は色々ある魔法の中でも簡単な方だって言われているんだよ」
「難しい仕組みもあるんですか?」
「空気の温度や重さで流れが変わるんだけど、それを理解できるとさらに強い風を起こすこともできるよ。それこそ嵐や竜巻みたいな大きな風や、鋭い刃みたいな風も作れるようになる。私も旅の途中で何度か使ったことはあるけれど、街で暮らしている分にはほとんど使いどころがないし、今の君には分からなくても大丈夫かな」
話しながら、私は焚き火の準備を始める。薪に魔法で火をつけ、その上に小さな鍋を下げ、その中を魔法で出した少量の水で満たす。薪に風を送り火力を上げると、鍋の中で水が音を立てて沸騰し始めた。
「次は水の説明をするね。水の温度が上がると沸騰するのは分かる?」
「お料理の時にスープがぐつぐつするあれですよね?」
「じゃあ、そのぐつぐつをずっと維持しているとどうなる?」
首を傾げて考え始める少年を手招きし、鍋の前に立たせると、中を見せる。先ほど少量だけ入れた水が湯気を立たせながらしゅわしゅわと沸騰し、やがて水は消えてしまった。
「ぐつぐつすると水はなくなるんですか?水はどこに行ったんですか?」
「さっきまで湯気が上がっていたでしょ?実は水って、温度が上がると湯気になって、空気の中に溶けて見えなくなってしまうんだよ」
「じゃあ、空気の中に水があるんですか?」
「そういうこと。つまり水の魔法っていうのは、空気の中に含まれている水を集めることなんだ。この辺りは大きな川や湖があるからね。仕組みさえ分かれば、水の魔法が使いやすい土地でもあるよ」
一通り説明を終えたので、魔法で新しく水を出して薪の火を消し、鍋を片付ける。道具を一か所にまとめていると、少年は消えた薪の前にしゃがみ込み、まだ煙を上げている薪を見つめていた。
「ねぇ親方、火の魔法は練習しないんですか?」
「火は危ないからね。それに簡単な火種程度なら火起こしの道具でも作れるし、実はあまり使う機会って少ないんだよ。どうしても必要になりそうだったら、その時に改めて教えるね」
最初は基本的な火、風、水の魔法を教えようかとも思ったが、好奇心旺盛な少年の場合、どこかで練習をすることがあるかもしれない。風や水なら失敗しても問題ないが、火の魔法に失敗すると大けがに繋がる危険性もある。
なので今回は火の魔法は教えないことにしたのだが、今の説明で納得したようで、少年は素直に頷いてくれていた。ここまでかなり長々と説明をしてしまったので退屈するかと思っていたのだが、そんな様子は少年からは一切感じられない。
難しい話も多くなるので、実戦は別の日にまわすことも考えていたが、せっかくの熱意を冷ますよりはこのまま続けたほうがいいだろう。
期待に満ちた目で見上げてくる少年の頭を優しく撫でると、用意していた椅子の場所まで移動させる。この子の夢への第一歩をできる限りサポートしなければと、私も改めて自分に言い聞かせていた。




