初めての贈り物
その後、ディアンドル風の衣装を色違いで三着選び、結局お揃いで買うことになった。薬屋は赤、シスターは青、私は緑。若い娘たちと同じ格好で歩くというのはなんだか照れくさいが、見た目だけならそう歳も変わらないし、問題ないだろう。
「なぁ、エルフの嬢ちゃん。服を選んでるなら、ちょっとお勧めの品があるんだが見ていってくれないか?」
支払いを済ませようとカウンターへ近づくと、雑貨屋が布の包みをひとつカウンターに乗せる。包みを開くと、白と黒の衣装が丁寧に畳まれていた。私でも見たことがない意匠の服だ。
「こいつは春に商船で持ち込まれた服でね。元はどこぞのお貴族様が、自分のところの使用人に誂えたものだそうだよ。色々あって一着だけうちの商会に回ってきたんだが、扱いに困っててね」
「使用人向けなら、お貴族様に売るんじゃないの?」
「たった一着あってもしょうがないんだよ。結局はお抱えの服飾工房に意匠案だけ作らせて、この服自体はどこかで売れないかってことで、今は色んな支店をたらい回しになってる状態でね」
「なぁ、広げてみてもいいか?」
薬屋の言葉に雑貨屋が頷くと、包みから服を持ち上げて広げて見せる。色は白と黒なので派手ではないが、生地自体は上質で、レースもたっぷり使われている。服に詳しくない私でも、かなり高価なものに見えた。
「これが使用人の服なの?なんだかすごく豪華に見えるけれど」
「その国では使用人に高価な服を着せることで、家の格式を高く見せる風習があるそうでね。確か、その国の女性使用人の呼び方から取って、メイド服とか呼ばれてたな」
「使用人の服とは思えないくらい可愛いな!」
「素敵ですね。エルフさんに似合いそうです」
「よかったら嬢ちゃん、着てみないか?裏の部屋を使っていいからよ」
三人が何かを期待するように私を見つめてくる。こんなヒラヒラした服を着ている自分はどうにも想像できないが、試着しないとこの視線から逃れることはできそうにもない。
シスターか薬屋に着せてもいいんじゃないかと提案しようと思ったのだが、けっこう高身長の者に合わせて誂えたもののようで却下されてしまう。仕方なく裏の部屋を借りて試着することになった。
メイド服に着替えて店内に戻ると、二人の華やいだ声が店内に響く。着る前はこんな服で仕事ができるのかと不思議だったが、いざ袖を通すとスカートはそれほどボリュームもないし、袖も細身で動きやすい。これなら確かに、給仕程度なら問題なくこなせるだろう。
「鍛冶屋はやっぱり美人だな!こういう服もっと着ればいいのに」
「どこかの国のお姫様みたいですね。とっても似合っています」
「いやいや、お姫様じゃなくて使用人でしょ」
見慣れない意匠の服に女性陣は興奮気味だが、さすがに似合っているというのは大袈裟すぎな気がする。それに色合いこそ地味だが、これだけレースをあしらった服を普段から着るのは、少しどころではなく浮いてしまいそうだ。
「なぁ、エルフの嬢ちゃん。よかったらそれ、買ってくれないか?今日は色々買ってもらったし、普段から儲けさせてもらってるから安くしとくよ」
「いや、こんな服を普段から着て歩くなんてさすがに無理だよ」
「着るのは難しいかもだが、レースや刺繍の意匠は参考になるんじゃないかい?嬢ちゃん、細工も得意だったろ」
そう言われて、改めて服を見る。派手ではないが所々に刺繍も施されていて、レースも繊細に編まれた綺麗な物だ。貴族が見栄のために誂えただけあって、細部までかなり丁寧に作られている。
確かに着るのは躊躇するが、意匠の参考としては、正直手元に置いておきたい気持ちがないわけではない。
「で、いくら?」
「これでどうだい?」
雑貨屋が木札に数字を書き込んで見せてくる。私は黙ってペンを受け取り、そこに新たな数字を書き込む。雑貨屋が唸るように考え込み、さらに数字を書き込む。私がまた、さらりと数字を修正する。
数度それを繰り返したところで、ついに雑貨屋が折れたようにため息をついた。
「わかった、それでいいよ。まったく、嬢ちゃんは商売の才能もあるんじゃねぇのかい?」
「これでもおじさんより長生きしてるからね」
私の言葉に雑貨屋は目を丸くすると、大きな笑い声を上げる。少し値切りすぎたかなとも思ったが、雑貨屋はどうやら満足してくれたようだ。
商人とこういうやり取りをするのは久々だが、けっこう楽しく買い物ができた。宣伝がてら、たまには着てやるのも悪くないかもしれないな。
買い物も終わり、店を後にする。少年もいつの間にか何か購入していたようで、大切そうに小さな麻袋を抱えて店から出てきた。シスターと薬屋が一緒に昼食を取ろうと提案してきたので、四人で食堂へ向けて歩き始める。
「それにしても、そのメイド服?だっけ。目立つね。みんな鍛冶屋のこと見てないか?」
「そう?エルフが珍しいだけじゃないかな?」
実は例の服を着たまま雑貨屋を出てきた。また部屋を借りて着替えるのも面倒だったのでそうしたのだが、確かに先ほどから視線は感じていた。まぁ普段からこの程度の視線はあるので気にしていなかったのだが、言われてみれば多いような気もしなくはない。
「エルフさんは、もう少しご自身の見た目を認識したほうがいいと思います。こんなに美しい方はそうそういらっしゃいませんよ」
「そうだぞ。普段は煤けた作業服だから目立たないだけで、とんでもない美人なんだから」
なんだか今日はよく褒められる日だ。個人的にはシスターの清楚で整った顔立ちや、薬屋の快活で健康的な見た目の方が魅力的に見えるのだが、この辺りは好みも大きいし、比べるようなことでもないだろう。
ここであなた達の方が、なんて話し始めると永遠に終わらない褒め合いが始まりそうなので、感謝だけ伝えて足を進めることにした。
食堂に到着し、揃ってテーブルに着く。まだ昼時には少し早い時間なので、人はそれほど多くはない。
食堂のメニューは、腸詰めと野菜の入ったスープに白パンだった。この時期は肉料理があまり出回らないので、腸詰めは人気のメニューだ。少し塩気は強いが、さっぱりとしたスープの味わいによく合うので、暑い日でも美味しく頂ける。
しばらく食事をしていて、ふと少年が膝の上に乗せている麻袋が気になった。先ほどの雑貨屋で何か買っていたようだが、気になる日用品でもあったのだろうか。あまり物欲のある子ではないので、どんなものに興味を引かれたのか少しだけ気になる。
「その麻袋は何か買ったの?いいものが見つかった?」
そう声をかけると、少年は麻袋に視線を向け、それから少しだけ恥ずかしそうに笑うと、中から小さな装飾品を取り出す。革紐の先に小さな木の板が下げられていて、そこには可愛らしい花の模様が彫り込まれている。
少年は席を立つと、その装飾品をシスター、薬屋、私の目の前にそれぞれ置く。そしてまた席に戻ると、何事もなかったようにスープを口にし始めた。
この辺りでは見慣れない木材なので、交易品だろうか。濃い色合いのそれは丁寧に磨かれていて、艶々としている。
私たちがそれを手に取って目を見合わせていると、少年は少し照れながら口を開いた。
「初めて頂いたお給金で、何を買うか迷っていたんです。最初はカバンを買うつもりだったんですけど、親方が買ってくれたので。それなら僕も、お世話になった人に何か贈りたいなって。前に女の人にはお花を贈るものだって聞いたので、それで……」
おそらく少年の言う花を贈るというのは、好意を示す行動のことだろう。だが彼の場合は、純粋に良くしてくれている女性への贈り物として選んだようだ。
不器用ながらも自分なりに考えて、この花の模様が彫り込まれた飾りを選んでくれた。小さな紳士のその行動が、どうしようもなく嬉しく、温かな気持ちにさせてくれる。
「ありがとう。大切にするね」
「ありがとな、少年!」
「ありがとうございます」
女性陣に感謝を伝えられ、少年はまた恥ずかしそうにスープを口に運び始める。
揃いの服に、揃いの装飾品。今日だけで大切なものがたくさん増えてしまった。こうやってこの子達と過ごしていくと、これからも大切なものがどんどん増えていくのだろうか。
貰ったばかりの木の装飾品を首から下げてみる。隣を見ると、同じようにそれを首から下げたシスターと薬屋と目が合った。
二人とも同じような気持ちなのだろう。なんだか優しい表情をしている。
この少年もいつか成長して、本当の意味で意中の女性に花を贈ることもあるだろう。
いつか現れるであろうその子には悪いが、今は彼の初めての贈り物の相手に選ばれたことを嬉しく思いつつ、私もスープを口に運んだ。




