お揃いの服
大量の商品を積んだ荷車を引きながら、街への道を歩く。以前はこれだけまとめて運ぶのも大変だったが、少年が後ろから押してくれているだけでずいぶんと引きやすい。毎年夏の時期にこれほどの量をまとめて納品することはないのだが、少年に教えているうちに色々と作りすぎてしまった。
「最近は暑さもだいぶ和らいできたけれど、こうやって荷車を引くとやっぱり暑いねぇ」
「前にこの荷車を引いた時にも思いましたけど、この荷車、軽いですよね? 孤児院の荷車はもっと重たかったんですけど」
「実はこの荷車には、ちょっとした仕組みが組み込んであるんだよ。作ったはいいけど、あまりにも面倒だったからもう作るつもりはないけどね」
この荷車の車軸には、ローラーベアリングと呼ばれる機構を金属で作ったものが仕込まれている。旅の途中で見た大きな風車の仕組みを参考にしてみたのだが、大きさが少しでもずれると車輪は逆に重たくなるし、作るのに時間はかかるしで、とても量産する気にはなれなかった。
仕組み自体は昔からある、丸太の上に石を乗せて運ぶ技術の応用だそうなので、そのうちどこかの鍛冶工房あたりが馬車に搭載したりするかもしれない。
慣れた道を進み、いつもの雑貨屋へ到着する。裏手の倉庫には店主の姿はなく、若い番頭が作業していた。荷車を引いた私たちに気がついて近づいてくるので、私は一歩下がって少年の背中を押す。
実は今日は、少年に納品のやり取りをさせるつもりで、工房で何度か練習もしてきた。
「納品です。目録はこれです。確認お願いします」
少年は緊張した様子で木札を番頭に渡し、検品を見守っている。たったこれだけのことなのだが、工房では何度も同じ言葉をつぶやきながら練習していた。その様子をふと思い出して、つい笑ってしまう。これで少量であれば、納品を任せることもできるだろう。
「よお、エルフの嬢ちゃん。納品かい?」
振り向くと、いつの間にか雑貨屋の店主がこちらに向かってきているところだった。いつも通りの愛想の良い店主に、私も笑顔で手を振り返す。
「弟子に教えてたら、ちょっと作りすぎちゃってね。迷惑じゃない?」
「ちょうどいいタイミングだったよ。実は昨日本店から荷物が届いたばかりでね、空の荷馬車に積み込む商品を選んでいたところだったんだ」
「本店ってことは王都から?なにか面白いものでも入荷してるの?」
「春に他国の商船団から色々と買い付けたみたいでね。こっちにもいくつか珍しいものが入ってきたよ。よかったら見ていくかい?」
「じゃあ納品が終わったら、お店にお邪魔してみようかな」
そんな話をしていると、納品を終えた少年が木札を大事そうに両手で持ち、嬉しそうに駆け寄ってくる。どうやら無事に納品は終えたらしい。先ほど店主から聞いた話をすると、少年も興味を引かれたようで目を輝かせている。お給金も既に何度か渡しているが、まだ使った様子はないので、ちょうどいい機会かもしれない。
せっかくなので裏からではなく、正面へまわって店内に入る。店内は綺麗に整えられていて、少し変わった香りも漂っていた。これは香辛料だろうか。気になるほどではないが、珍しい匂いだ。
「色んなものがあるんですね」
「ここは王都に本店がある商会の支店でね。あっちではもっと色々扱ってるそうだよ。この店は日用品がメインみたいだけどね」
調理器具や装飾品。蝋燭台やランプなどの日用品に加え、香辛料や布や革製品、宝石のような綺麗な石など、様々なものが並んでいる。普段見慣れない意匠のものも多いので、このあたりは他国からの輸入品だろうか。中には、この街では売れそうにない少し高価なものも混じっている。
「ねぇ親方、包丁がありますよ。親方のも並んでます」
少年が指さす棚を見ると、複数の包丁とナイフが並んでいる。この街でよく見かける刻印の入った物の中に、見慣れない刻印もいくつかある。刃はどれも普通の鉄製だが、作られた地域によって柄の木材に違いが出ているのは面白い。
「こっちは鋏ですね。あ、装飾品もあります。綺麗な石ですね」
見慣れない商品に興味が尽きないようで、少年はあれこれと見つけては楽しそうに眺めている。私も商品を見渡していると、小さな腰に下げる革製のカバンが並んでいるのを見つけた。
そういえば、少年に道具を持ち運べるカバンを準備してあげなくてはと考えていたことを思い出す。
「ちょっとこっちにおいで。いい機会だから、道具を持ち運ぶカバンを選ぼうか」
「親方はカバンを持ってましたよね?」
「私のじゃなくて君のね。自分用の道具が増えてきたでしょ?」
少年は棚に並んだ革のカバンと、私が腰から下げたカバンを見比べて目を輝かせる。どうやら口には出さないものの、気にはなっていたようだ。
こういった腰から下げるタイプのものは職人や冒険者に需要が高いので、色々な店に並んでいるのを見かけることが多い。この店は比較的女性向けの物が多いので、まだ体の小さい少年にはサイズ的にも丁度いいだろう。
しばらく色々と手に取り、実際に腰に巻いて見つつ、手頃なものを見つけたので商品をカウンターにいた店主へ預ける。結局は私が使っているものと似たような物になってしまったが、少年が嬉しそうなので、まぁ良しとしよう。
選んだ商品を購入して帰ろうかと思っていると、店の入口から女性たちの楽しげな会話が聞こえてくる。聞き慣れた声だなと思っていると、声の主はシスターと薬屋だった。仲がいいというのは聞いていたが、こうやって街中で並んでいるのを見るのは初めてかもしれない。
「あれ?鍛冶屋じゃん!少年もやっほー」
「こんなところで会うなんて珍しいね。二人は買い物?」
「今日は孤児院と教会のお仕事のお休みを頂いたので、薬師さんと街歩きをしていたんです」
薬屋はいつもの格好だが、シスターは修道服ではなく、夏らしい青を基調としたワンピースを着ている。とても似合っているが、少し年季が入っているように見えなくもない。
「鍛冶屋も気づいた?シスターちゃんって修道服ばかり着ているから普段着が少ないんだ。それで色んな店を見て回っていたら、ここに王都からの荷馬車が昨日到着したって聞いてね」
「私は着られればなんでもいいと言ったんですけど」
「ダメだよ!せっかく可愛いんだから、たまにはおめかししなくちゃ!」
店内を見渡すと、確かに衣類もいくつか置いてあるようだ。この辺りでは見慣れない意匠の服は、若い女性の興味を引くものも多いだろう。ちらっと店主の方を見ると、嬉しそうにその会話を聞いているので、狙い通りなのかもしれない。
「そういえば私も、普段着る服がないなって思ってたんだよね。せっかくだし一緒に選んでもらおうかな」
「いいじゃん、一緒に選ぼうよ!せっかくならお揃いにする?」
そう言うと、薬屋は楽しそうにシスターの手を引き、服の並んだ棚へ移動する。渋々といった雰囲気だが、手を引かれるシスターもなんだか楽しそうだ。こうやって見ると、ちゃんと年相応の女の子に見えてなんだか微笑ましい。
ふと気になって少年を探すと、装飾品の並んだ場所を楽しそうに眺めている。
「ちょっと服を選ぶんだけど大丈夫?退屈しない?」
「まだ色々見ていてもいいんですか?僕は楽しいので大丈夫ですよ」
どうやら少年は少年で興味を引くものが多いようで、まだ色々見ていたいようだ。勝手に商品を触って迷惑をかけるような子ではないので問題ないだろう。
少年の元を離れて、女の子たちの楽しげな会話の輪に交じる。と言っても、私は服装に関しては無頓着な方なので、頷いているだけなのだが。
「これなんか見慣れない意匠だけど可愛いな!」
「これは確か、東の隣国の民族衣装じゃなかったかな」
「落ち着いた色合いですけど、可愛らしいですね」
以前訪れた国の農家の娘たちが着ていた、ディアンドルという衣装によく似ている。涼しげに胸元の開いたブラウスに、ボディスとふんわりとしたスカートを合わせた、特徴的で可愛らしい服だった。それぞれ別々に置いてあるので、好きに組み合わせて買うのも楽しそうだ。
「少し胸元が開きすぎではないでしょうか」
「こっちのブラウスは普通だよ?」
「そうだ、シスター。ちょうど聞きたいことがあったんだよ」
私は以前少年と話していた、肌を晒すことへの感覚の違いについて少し話をする。教会関係者が肌を晒すのを良しとしていないのは知っているが、職人の場合そうも言っていられない。孤児院を出て働くようになった子供たちがどうしているのか、聞いておきたかったのだ。
一通り説明すると、シスターはなんでもないように口を開いた。
「確かに聖職者は、肌を晒すことを良しとはしていません。ですが、それを他の職業の方に強要するような教えも説いていませんから、そのあたりは働き先の基準に合わせて頂いていますよ」
「じゃあその方向でいいんだね。この間、一緒に家で水浴びしようとしたら断られちゃってね」
「それは話が別です。あの子もそろそろ年頃なんですから、その辺りはきちんと気をつけてあげてくださいね」
笑顔で忠告されるが、目は笑っていない。どうやら肌を晒すことと、一緒に水浴びをすることは話が違うようだ。
湖や川での水遊びと何が違うのだろうか。薄い肌着があるのとないのくらいしか違わないと思うのだが、このあたりの感覚はどうにも難しい。
私とシスターが揃ってため息を付いている姿を、薬屋が楽しそうに笑いながら見つめていた。




