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エルフの鍛冶屋 ―辺境の街で紡ぐ小さな物語―  作者: ぱられ


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鍛冶屋の暑さ・後編

 最後の焼入れを終えると、やっと手で額の汗を拭う。炉の炭に灰をかぶせて窓の前に立ち、鎧戸を押し開けると、乾いた空気が一気に工房内へ吹き込んでくる。


 窓際に置かれた空のカップを手に取り、魔法で水を満たすと一気に飲み干す。喉を滑り落ちていく冷たい感覚が心地いい。


「お疲れ様でした、親方」


「ありがと」


 少年が持ってきてくれた手ぬぐいで汗を拭う。気がつけば肌着もズボンも、すっかり汗で重たくなっている。焼入れ作業はどうしても集中してしまうので周りが見えなくなるのだが、今日は特別暑かったので、作業中も体を伝う汗が気になって大変だった。


「親方、お昼は僕が買ってくるので少し休んでいてください」


「それは助かるけれど、いいの?君も一緒に見ていたから暑かったでしょ?」


「僕は炉から少し離れていたので、親方ほどじゃないですよ」


 少し申し訳ないが、正直かなりありがたいので、少年にお金を渡してお使いを頼むことにした。


 少年を見送ると自宅側へ移動し、洗い場で服を脱ぎ捨てて洗濯桶へ投げ込む。朝と同じように手を頭上にかざし、魔法で出した水をかぶる。煤と一緒に体の熱を洗い流すと、やっと一息つけたような気がした。


 水浴びを終えて着替え、長椅子で休んでいると、お昼を買った少年が戻ってきたので並んで食事を取る。


 パンと何かもう一品は好きなものを買っておいでと伝えたのだが、どうやら屋台で川魚のフリットを買ったようだ。この時期は肉の流通が減る代わりに、川や湖で捕れた魚がよく出回る。この辺りは水質も綺麗なので、臭みもなく、淡白だが肉厚で美味しい魚は人気の食材だ。


「街の様子はどうだった?」


「いつものお昼時と比べると人は少なかったですね。兵士さんもなんだか辛そうな顔をしてましたし、石畳の上はこの辺りよりもっと暑かったですよ」


「あぁ、街を巡回する兵士は大変だよねぇ。革鎧は金属よりはましだろうけれど、それでも暑いだろうから」


 少年の買ってきてくれた白パンを半分に割り、魚のフリットを挟んでかぶりつく。塩を振っただけのシンプルな味だが、食欲の湧かないこんな日にはそれがありがたく感じる。


 少年の方を見ると、私と同じように白パンにかぶりついているが、いつものような食欲はなさそうで、普段よりゆっくりと食べている。


「そういえば親方、煤汚れもないし、なんだかさっぱりしてませんか?」


「あぁ、ごめん。君が買い物に行っている間にちょっと水浴びをね。よかったらこの後、君も水浴びする?魔法で水を出してあげるよ」


 お使いをお願いしたし、外も暑かったようなので提案したのだが、少年は首を横に振る。髪は汗でしっとりと湿っているし、食欲もそれほどなさそうなので、いい提案だと思ったのだが。


 ちなみに、少年に水浴びを勧めるのを口実に、もう一度自分も水浴びをしたいと思ったわけではない。断じてそんなことはない。


「今でも孤児院では子供たちみんなで水浴びしますけど、大人になったら人前で肌をさらしてはいけないと教わったんです」


「あぁ、そういえば教会関係者とかお貴族様はそういう感覚らしいね。特に女性は肌をさらすのははしたないとかなんとか」


「そういえば親方はけっこう肌をさらしてますよね?いいんですか?」


 言われて自分の服装を確認する。先ほど水浴びを終えたので、朝と同じように今も黒い肌着しか着ていないし、着替えてもこれに作業用のズボンを履く程度だ。


 もしかして少年の感覚からすれば、私ははしたなく見えていたのだろうか。


「平民や職人の中に、その感覚を持っている人ってほとんどいないからね。こんな暑い日に全身を覆って仕事してたら倒れちゃうでしょ?私だけじゃなくて、農家の奥さんたちも肌着で仕事する人は多いし、特にこんな日は川や湖で薄着になって水浴びしてる人も多いと思うよ」


 少年は驚いたように目を丸くしている。彼の中での常識はまだ孤児院や教会が基準だが、この辺りは少しずつ慣れさせていかないと今後苦労するかもしれない。


 だが、私の一存でその常識を塗り替えていいものか少し悩んでしまう。この辺りはシスターとも話した方がいいだろうか。


「まぁ、私もむやみに肌をさらすのがいいこととは思わないけどね。無理して倒れるくらいなら、そうしてもいいんじゃないかなって程度のものだよ」


「そう言われると確かにそうですね。僕もさっきまで汗だくの親方を見ていたので、今は無理に服を着てくださいとはちょっと言いづらかったですし」


「私から見ると君も十分暑そうに見えるから、同じように無理してほしくないって思ってるんだよ。水浴びについては、一度シスターにも相談しておこうか」


 少年は黙って考え込み、それから小さく頷いた。まだシスターの言葉の方が、彼の中では大きいのかもしれない。


「君もけっこう頑固だよねぇ。じゃあ今度、水か風の生活魔法でも練習してみる?さすがに暑い日が続くと心配だし」


「魔法を教えてくれるんですか!?」


「使えるかどうかはわからないからね。無理なら別の暑さ対策を考えよう」


 少し過保護かもしれないが、幼い子供を夏の鍛冶場で預かるのはやはり心配が多い。魔法が使えて困ることはないし、適性があれば簡単な生活魔法程度なら使えるようになるだろう。


 しかし彼にとっては、エルフのお姉さんとの水浴びより魔法の方が嬉しいのか。紳士的な感覚だと褒めるべきなのだろうが、少しだけ肩透かしを食らったような、なんとも判断に困る反応にため息をついてしまった。


 昼食を終えて工房に移動すると、焼入れを終えた包丁は触れられる程度に冷めていた。作業台に水桶を用意し、渡し板の上に砥石を乗せる。砥石の扱いも少年には初めてのことなので、説明しながら作業を見せることにした。


「この砥石は水で湿らせながら使うから、たまに水をすくって、こうやって砥石にかけてあげて。でも、研いで出た鉄粉も研磨剤代わりになるから、かけすぎないよう少しずつね」


 お手本代わりに一本手に取り、砥石の上で滑らせ始める。角度は一定に、刃の全体を均一に研ぐように。見本の意味もあるので、普段よりゆっくり丁寧に研いでいく。


「角度を固定して、できるだけ力も一定に。刃の全体を均一に研ぐように、身体全体を使って滑らせて」


「けっこう難しいですね。ゆっくりじゃないと角度を保つのが難しいです」


「この研ぎ方は、この辺りの鍛冶屋でやる人はほとんどいないからね。これができるようになったら、他の鍛冶屋に自慢できるかもしれないよ?」


「他の鍛冶屋はこうやって研がないんですか?」


「基本的には、足で踏んでくるくる回る丸い砥石で一気に研いじゃうことが多いね」


「親方はそれを使わないんですか?」


「こっちの方が綺麗に仕上がるし、よく切れるんだよ」


 この水研ぎは、旅の途中で訪れた国の鍛冶屋に教わったものだ。その国では刀剣類を刀身まで美しく仕上げることで、美術品にまで昇華させていた。当時は私も、武器とは戦うための道具だと思い込んでいたので、その美しい刀剣類には感銘を受けたのを覚えている。


「ただの包丁だけれど、どうせ使うならよく切れて綺麗な方が料理人には喜ばれるかなって思ってね。この辺りでは珍しい仕上げ方ってのもあって、けっこう高く売れるんだよ」


「他の工房に真似はされないんですか?」


「高価と言っても何十倍も高値で売れるわけではないからね。こうやって時間をかけて研いでる間に、回転砥石なら数本仕上がっちゃうし、わざわざ真似するほどの技術じゃないって思われてるんじゃないかな」


 そんな話をしながら少年の手元をたびたび確認しつつ、まずは一本仕上げて少年に持たせる。仕上がった刃先が周囲を映し出すほど綺麗に研がれているのを見て、少年も感動したようだ。


 それからは少年の持つ角度を細かく指摘しながら、一緒に研いでみる。ヤスリの時にも思ったが、この手の作業は得意なようで飲み込みも早い。とはいえ、さすがに仕上げまで任せられる出来ではないので、途中まで研がせて仕上げは代わることにする。


 少年が途中まで研いだ包丁を仕上げながら横目で確認していると、砥石に水をかけるわけでもなく、たびたび水桶に手を突っ込んでいるのが目に入る。


 先ほどは水浴びを拒否していたが、暑さには抗えないのだろう。その様子がおかしくて、つい口角が上がってしまう。


 シスターに相談したら、少年を連れて湖水浴にでも出かけてみようか。そんなことを考えながら、私も桶の水に手を差し入れた。


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