水玉草の群生地
料理が出来上がり、丸太のテーブルで昼食をいただく。薬屋の作ったスープは山菜やキノコがたっぷり入っていて食べごたえもあり、複数のハーブで味付けされているのか香りもとてもいい。
「薬屋の作った料理は初めて食べるけど美味しいねぇ。この香りはハーブか何か?」
「ハーブもだけど、実は薬草も使ってるんだ。体にもいいし味も悪くないだろ?それにしてもやっぱりヤマシギは美味しいなぁ」
薬屋は薄く切った黒パンに肝のペーストを塗り、その上に焼いた肉を乗せて頬張っている。私も同じようにしてパンと焼いた肉を口に運ぶ。ヤマシギは上手く焼けたようで柔らかく、香ばしい。肝のペーストも薬屋の提案通りハーブやベリーを加えたことで、濃厚な風味に爽やかさが加わり、極上の味に仕上がっている。
「この鳥の肝で作ったペースト本当に美味しいですね!スープもお肉も今まで食べたどんな料理より美味しいです!」
「にゃはは。大袈裟だなぁ。でも自分で採ったものを使ってみんなで料理して、こうやって外で食べるのは美味しいよな!そう言えばあのヤマウズラはどうするんだ?」
「さすがに今ここで全部は食べられないでしょ。あれは夕飯にでもしようかな。ところで昼からはどうするの?午前と同じ場所で採取する?」
そう尋ねると、薬屋は得意げに胸を張り、少しだけいたずらっぽく笑う。なにやら考えていることがあるようだ。
「実は春に森を歩いた時に、すごく珍しい薬草の群生地を見つけたんだ。少し森の奥まで歩くけど、アタシと鍛冶屋がいればまぁ大丈夫だろ」
「そんなに珍しいならギルド側で採取されちゃってるんじゃないの?」
「ふっふっふ。ここだけの話だけど、ギルドには報告してない。かなり薬効の高い素材だからな。夏になったらたくさん採取して実験に使おうと思って秘密にしてたんだ」
報告して採取依頼を出せば、わざわざ自分で取りに来なくてもよくなるのだろうが、他の薬師や商人にも需要が高そうな素材なので多くは回ってこなくなるのだろう。私としてはどんなに珍しくてもいちいち自分で取りに来るのは面倒なので報告したほうが楽なような気もするが、まぁこういうところは薬屋らしい。
昼食を終え、片付けを済ませると森の奥へ向かって歩き出す。ここから先は野生の獣の縄張りになるそうなので、杖を構えた薬屋が先頭、弓をつがえた私が後方、少年を真ん中に挟む並びで森を進む。道の途中で午前に見かけた山菜やキノコを見かけるが、立ち止まることはない。薬屋もそれなりに警戒しながら進んでいるらしい。
しばらく道なりに進んだところで、薬屋は茂みの方へ足を踏み入れた。よくもまぁこんな獣道もないような場所に入ろうと思ったものだ。木漏れ日も少なくなり、少しひんやりとした心地よい風が吹いている。
「涼しくて気持ちがいいですね」
「ちゃんと前を見て歩くんだよ。下草も長いから足元にも気をつけて」
少年とお喋りをしながら薬屋の後をついて歩いていると、小さな水音が聞こえ始め、少し開けた場所に出た。湧き水が小さな泉のようになっていて、周りには綺麗な花も咲いている。薬屋の言う貴重な薬草というのはあの花だろうか。それにしてはあまり多くはないようだが。
「ない!水玉草がない!」
「水玉草ですか?」
「そう!このあたり一面に若芽があったから、今頃たくさん生えてるはずだったのに!」
水玉草は膝丈ほどの茎の先に、文字通り水を含んだ玉が垂れている薬草のことだ。茎の先にできる水玉はそのまま飲んでも栄養価が高く、茎も葉も根も高価な薬やポーションの素材として需要が高い。栽培方法も確立されていないので、群生地を見つけられたのは本当に幸運だったのだろうが、辺りを見回してもそれらしいものは見当たらない。
「場所は合ってるの?この辺りには見当たらないみたいだけれど」
「ここに来た帰りに何度も確認したし、あの湧き水の近くだったから間違いないんだけど、おかしいなぁ。誰かに採られちゃったか?」
薬屋は諦めきれないようで、辺りを歩き回って探し始める。ふと少年の方を見ると、しゃがみこんで何かを見ているようだ。少し気になって、私も少年の隣にしゃがみ込む。
「何か見つけたの?」
「見つけたと言うか、この辺りの草の葉っぱに千切れたような跡があるなって」
少年の指さす辺りをよく見ると、たしかに地面の少し上辺りで草の葉や茎が不自然に千切れている。刃物で切った跡ではなく、引きちぎったような、噛み潰したような。少し気になって地面を注意深く観察してみると、小さな足跡も無数に広がっているようだ。
「あぁ。これはシカだね」
「シカですか?」
「細い二枚の蹄の跡があるでしょ?イノシシだと、この後ろにも外向きの跡が付くからね」
振り返ると、話を聞いていたらしい薬屋が頭を抱えて唸っている。どうやら目当ての薬草は全てシカの胃袋の中に収まってしまったようだ。実は水玉草は栄養価の高さや、葉や茎の柔らかさもあって、野生動物にとってもご馳走なのだという話を聞いたことがある。
「欲をかいたね。正直にギルドに報告していれば定期的に見回ってくれただろうし。人の匂いの多い場所には野生動物も近寄らない。数は少なくても、なくなることはなかっただろうに」
「わかってる。それ以上言わないで。今あの日の自分を責めてるところだから……」
薬屋は頭を抱えてうずくまってしまった。その様子がおかしくて、少年と目を見合わせて吹き出してしまう。薬屋には悪いが、少年にとってはいい教訓になったかもしれない。
「欲張って全てを手に入れようとすると、結果的に全てを失うことになるって話はいろんな地域にあるんだよ。君の場合はその心配はいらなそうだけれど、よく覚えておいてね」
「はい。覚えておきます」
少年の素直な返事の後ろで、薬屋のうめき声が聞こえたような気がした。
その後はまた薬草や山菜を採取しながら来た道を戻る。結果的に薬屋も少年も籠いっぱいに採取ができたようで嬉しそうに笑いながらお互いの戦果を褒め合っていた。少年が採取した薬草は、薬屋の採取した山菜やキノコと交換して孤児院に持って帰るそうだ。
「ところで鍛冶屋。そのヤマウズラは一人で食べるのか?」
「二羽しかいないからねぇ。孤児院におすそ分けしたって大した量にもならないし、しばらく置いて熟成させてもいいけれど、目安がよく分からないからなぁ。今日のうちに調理しちゃうつもりだよ」
「じゃあアタシも一緒に食べていいか?一度荷物置きに戻ってから酒でも持っていくからさ!」
「いいねぇ。じゃあ戻ったら準備して待ってるよ」
そんな私たちの会話を、少し不満そうな顔で少年が聞いているのに気がついた。誘ってあげたい気持ちはあるが、孤児院には門限もあるし、まだ幼い子供を夜まで預かるのは気が引ける。その様子に気がついたようで、薬屋が少年の頭を撫でながらニカッと笑う。
「少年が大きくなったらまた森に行こうな。その時は夕飯も一緒に作って食べよう!」
それを聞いた少年は嬉しそうに頷く。この子が孤児院を出て工房に住み込むようになる頃になれば、一緒に夜まで語り明かす日もあるかもしれない。夕暮れの道を三人で並んで歩きながら、そんな未来の約束ができたことを、私はなんだか嬉しく思っていた。




