雨の日の昼食
炉の炭の中で鉄が夕日のような赤色から、白っぽい黄色へと変わり始める。今はフライパンを作るために、鉄を熱しては叩き、薄く広げる作業をしている。少年は先日完成した自前の金槌で、同じように錫を叩いて薄く広げる練習中だ。
初めのうちは私が炉の炭に鉄を差し込んで温度を上げている間も叩いていたのだが、少し前から私が鉄を叩いていない間は同じように手を止め、何かを待っているように見える。
鉄が白っぽい黄色になったあたりで引き抜き、金床に載せる。金槌を手に取りながら横目で少年を見ると、窓際に置いた金床の前で金槌を構え、私の手元をじっと見つめているようだった。
パァン。
パァン。
コンッ。
私が鉄を叩く音の中に、少年の金槌の音が混ざる。どうやら私がどのように叩いているかを見ながら真似ているようだ。錫を薄く広げる練習としか伝えていなかったのだが、少年なりに私から何か技術を学ぼうとしているのかもしれない。
私としては以前のように「ねぇ親方」と話しかけてほしいのだが、弟子になってから少年が仕事中の私に声をかけることは少なくなっていた。これも職人としての自覚なのだろうけれど、少し寂しい気がしなくもない。
パァン。
コンコンッ。
パァン。
コンッ。
パァン。
コンッ。
初めのうちは叩く位置や強さを真似ているようだったが、何かに気がついたのか、それとも偶然か。次第に叩くリズムと早さを合わせ始める。
そうだ。それでいい。
叩く位置や強さの調整は、私が鉄を叩いていない時でも練習できる。だがリズムだけは、私を真似て練習したほうが効率がいい。
軟鉄は鋼と違い、熱して叩くことを繰り返しても駄目になることはない。だが鋼と同じく、叩くたびに空気と触れた表面が黒い屑となって落ちていく。つまり何度も叩いていると、鉄が痩せてしまう。だからこそ、できるだけ時間をかけずに形を整えるため、自分のリズムを掴み、手早く仕上げることが大切なのだ。
パァン。
コンッ。
パァン。
コンッ。
次第に私と少年の槌を振るタイミングが合い始め、心地よいリズムが工房に響き始める。あぁ。これは私一人では出せない音だ。旅の途中で間借りした鍛冶屋や、以前ドワーフの工房で相槌を打ったこともある。熟練の職人たちと比べるとまだ頼りない槌の音だが、この工房で初めて聞く私以外の振る槌の音は、心地よく工房へ広がっていった。
仕事が一段落し、そろそろお昼でも食べに行こうかなと窓の外に目をやると、いつの間にか雨が降り始めている。朝から少し雲行きが怪しいなとは思っていたが、これはどうやら本降りになりそうだ。遠くで雷の音が鳴り始めると雨は次第に強くなっていく。
「あらら降り出しちゃったねぇ」
「お昼どうしますか?」
「この雨の中食べに行くのはちょっと嫌だなぁ」
雨の日に使える外套が無いわけではないが、昼食のためだけにこの雨の中出かけるのは少し面倒に思える。私一人なら昼食くらい抜いても構わないのだが、育ち盛りの少年の昼食を抜かせるわけにもいかない。
「お昼。一緒に作ろうか」
「料理は孤児院でもしますから、お手伝いできますよ」
少年を連れて工房脇の扉から住居側へ入ると、暖炉脇の薪を手に取り、魔法で火を灯す。料理のために火を入れたが、雨のせいか少し肌寒くなってきているのでちょうどいいかもしれない。
調理台代わりに壁に寄せたテーブルの前に移動する。お昼を作ろうと言ったものの、何か食材があっただろうか。戸棚を開け、中を確認する。コーンミールに干し肉、黒パン、チーズ、それにクルミ油。使えそうなのはこの程度だろうか。
「ねぇ親方、これは使ってもいいんですか?」
少年の方を見ると、扉脇の木箱の上に、キノコや山菜が入った籠が置いてある。そういえばこのあいだ薬屋が来た時に、おすそ分けとして置いていったものをそのままにしていたのを思い出す。アミガサダケにアスパラ、クマネギ。この辺りで春によく採れるものだ。
「せっかくだから全部使っちゃおうか。余ったら私の夕飯と明日の朝ごはんだね」
テーブルの前に少年の踏み台用の木箱を準備して、二人で並んで食材を切っていく。干し肉を適当に千切ろうとしたり、山菜を雑に切ろうとするたび、「細かく切った方が味がよくなる」「火が通りにくいから大きさは揃えて」と色々指摘されてしまった。どうやら孤児院では、とても丁寧に料理の仕方を教わっているようだ。
食材を切り終えると暖炉の前に移動する。鍋を火にかけてクルミ油を垂らし、山菜とキノコを炒め始める。するとアミガサダケの芳醇な香りが鍋から立ちのぼってきた。魔法で鍋に水を注ぎ、刻んだ干し肉を加えて煮込む。程よく煮立ったところでコーンミールを入れてよくかき混ぜ、とろみが出てきたらチーズを削り入れて完成だ。
スープを器によそって、薄く切った黒パンと一緒に暖炉の前のテーブルに並べる。残念ながら我が家の食事用のテーブルは調理台になってしまっているので、少年にも背もたれのある長椅子を勧める。
「なんだか色んな色と形のクッションがたくさんありますね」
「暇つぶしに作ってたら増えちゃってね。適当に座って大丈夫だよ」
きれいな布を見つけるたび、ついつい買ってしまい、かといって服は作っても着る機会もないのでこうやってクッションだけが増えていく。並んで腰掛けると少年のお祈りに付き合いスープを口に運ぶ。普段のコーンミールにキノコや山菜の香りが加わり春らしい爽やかな香りが鼻を抜ける。細かく切った干し肉から出汁が出ているのか、普段よりコクも味わいも深く感じる。
「いつもより美味しいかも。細かく切ったのは正解だったね」
「キノコと山菜も入ってますからね。親方は料理が苦手なんですか?」
「教わったことはあるから理屈はわかってるんだけどねぇ。自分で食べる分には味はそこまで気にしないからなぁ」
料理は幼い頃にも、旅の途中でも学んだことはある。美味しいものを食べるのは好きだし、自分で作れれば毎日美味しいものを食べられると思ったのだが、鍛冶と違って自分のための物にはどうにも無頓着になってしまうらしい。
「しかし、コーンミールは便利だねぇ。安価な割に日持ちもするし、味もいい。このあたりでも普及してくれていて本当に助かるよ」
「コーンって珍しいものなんですか?孤児院でも普通に食べますけど」
「元はここよりもっと西の大陸で育てられてた作物らしくてね。ずっと昔に航路が開拓されてから、こっちの大陸にも広がったんだよ。ちなみにトマトやジャガイモも元は西の大陸産だね」
「西の大陸にはいろんな野菜があるんですね。じゃあこっちの大陸にしかない野菜もあるんですか?」
「ケールやカブ、タマネギなんかはこっちの大陸でしか自生していなかったみたいだね。このアスパラもそう」
そう言ってアスパラを黒パンですくい、一緒にかじる。シャキシャキとした食感とともに、爽やかな香りが口の中に広がる。この程度の手間でこれだけ美味しくなるのなら、たまには料理を頑張ってみるのもいいのかもしれない。窓の外では先ほどより少しだけ雨が弱まっているように見える。
暖炉の火が小さく弾け、窓の外では雨が静かに降り続いている。今日はもう少しだけ、ゆっくりしてもいいかもしれない。




