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第8話 偽りのシスターフッド

 夕方。山を下りた私と佳乃は、くたくたに疲れ果てて駅前のファミリーレストランに転がり込んでいた。


 二人とも泥だらけ、汗だく。華やかな女子高生が二人、向かい合って不機嫌そうにメロンソーダをすすっているという、情けない有様である。


「最悪……。徹兄さんがあんなに食えない人だなんて思わなかったわ」


 佳乃がストローをガシガシと氷にぶつけながら、悔しそうに呟く。


「お兄ちゃんを甘く見たら大間違いよ。普段は超省エネだけど、逃げることと計算だけは天才なんだから」


 私がフンと鼻を鳴らすと、佳乃はふとストローを止め、タレ目を細めて私をじっと見つめてきた。その視線は甘く、しかし底冷えがする。まるで相手の心の隙間を一ミリも見逃さない蛇のような目だった。


「ねえ、エリー。あなた、ずいぶん必死じゃない。実家が破産しそうだからって、それだけの理由で徹兄さんを追いかけてきたの?」


「そんなんじゃないわ。お兄ちゃんが心配なだけよ」


「元気な顔は確認できたんだから、もう帰れば?」と言いながら佳乃が私の顔を覗き込んだ。


「あなたの両親だって、徹兄さんの捜索を興信所に依頼してるのでしょう? あなたがそこまでする理由はないわ」


「私が連れ戻すわ」


「エリー、なぜなの?」と佳乃が私に顔を近づけた。


「心配だからよ」


「元気なのはわかったでしょ? 徹兄さんの何が心配なの?」


「……何が言いたいのよ」


 私の声がわずかに上ずったのを、佳乃は見逃さなかった。彼女の唇の端が、ゆっくりと弧を描く。獲物が罠にかかったのを確信したような、静かな勝利の笑み。


「ひょっとして、あなた、聞いたんじゃない? 叔父様たちから……自分の『出生の秘密』を」


 心臓がドクンと跳ね上がった。


 一瞬、息が止まる。指先が冷たくなり、グラスの表面に浮かんだ水滴が、急にざらついて感じられた。私は思わず目を伏せた。


 佳乃は妖しく微笑み、声を潜めてテーブルに身を乗り出してきた。甘いメロンソーダの香りと、彼女の計算し尽くされた言葉が、私の顔のすぐ近くまで迫る。


「やっぱりね。私、知っていたわ。お父様は私に甘いから、全部話してくれたの。エリー、私たち、本当は『異母姉妹』。そして、あなたと徹兄さんは従兄妹同士……。それを知ったから、あなた、急に色気づいて徹兄さんを追いかけてきたんでしょう?」


「だったら何よ!」


 私は開き直って佳乃を睨み返した。


「あんただって、本当の姉の私を差し置いて、お兄ちゃんを狙ってるじゃない!」


「ええ、そうよ。悪いかしら? ひょっとして、同い年の姉の許可が必要なのかしら?」


「必要よ。お兄ちゃんは私のものなんだから」


「嫌ねえ、なんてひどいブラコン」


「兄妹じゃなくて、あなたと同じ従兄妹よ」


「わかったわ。仕方ないわね……。だったらエリー、ここで一時休戦にしない? 私、大嫌いな親たちの操り人形になるなんて真っ平御免なの。あなたも同じでしょ?」


「一時休戦?」


 佳乃は手元のナプキンにペンでさらさらと文字を書き始めた。


「私たちの目的は一致しているわ。親たちは見捨てて破産させる。おじい様の財産は確実に徹兄さんに相続させる。そして……私たちは実の姉妹として、ここに【三つの淑女協定】を結ぶのよ」


 佳乃が提示した条件は、こうだった。


1.親は切り捨てて破産させる。おじい様の財産は徹兄さんに相続させる。

2.どちらが結婚するかは徹兄さんに選ばせる。お互いに絶対に恨まないこと。

3.徹兄さんが相続した遺産は、どちらが結婚しても独占せず、姉妹で仲良く融通し合うこと。


「どう? 悪くない提案でしょう、お姉ちゃん」


 佳乃がニヤリと笑う。


「いいわ、その条件、乗った!」


 私は佳乃とガシッと握手を交わした。


(はぁ~! 誰が遺産を融通し合うのよ! お兄ちゃんも財産も、全部私のものに決まってるじゃない! 恨みっこなし? ふざけないでよ、この泥棒狐! お兄ちゃんは私のものよ。絶対に渡さない。あなたがどれだけ綺麗事を並べても、私は絶対に負けないんだから!)


 おそらく佳乃も、同じように冷たい計算を巡らせているはずだ。


 お互いに絶対に守る気のない綺麗事を並べ立て、私たちは無能な親たちを切り捨てる、強固な「偽りのシスターフッド」を結成したのだった。


 その時、私のスマホがけたたましく鳴り響いた。画面には、両親からの着信が表示されていた。


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