第3話 水色の悪魔、現る
「か、か、勘当……!?」
おじい様が嵐のように去った後のリビングは、惨憺たる有様だった。
父は泡を吹いてソファーに崩れ落ち、母は「私のシャネルが! 私のエルメスがぁ!」と意味不明の悲鳴を上げながら頭を抱えている。
完全に自業自得である。自業自得なんだけど……このまま実家が破産して一家離散なんてことになったら、私の華やかな女子高生ライフはどうなるというの?
お兄ちゃんをちょっとだけ懲らしめるつもりだったのに、まさか本家のおじい様が直々に乗り込んできて、我が家を跡形もなく吹き飛ばす引き金を引いてしまうなんて。
私が頭を抱えて床にへたり込んでいた、その時だった。
ピンポーン、という場違いに間の抜けたインターホンが鳴り響いた。
玄関のドアはおじい様が蹴り開けたまま放置されている。トトトと軽快な足音が廊下に響き、リビングのドアがすっと開かれた。
「あらあら。お取り込み中のところ、ごめんあそばせ」
涼やかな風をまとって現れたのは、水色のワンピースをひらひらと揺らした可憐な美少女だった。
絹のような黒髪をハーフアップにまとめ、おっとりとしたタレ目、誰が見てもため息が出るような上品な笑顔。隣に住む私の従姉妹であり、同い年の最大のライバル――水瀬佳乃。
「よ、佳乃……!? どうしてあんたがここにいるのよ」
私が這い上がりながら睨みつけると、佳乃は白革のハンドバッグを抱え直し、「ふふっ」と優雅に微笑んだ。その目は全く笑っていない。
外面はおっとりお嬢様、中身はマキャベリも裸足で逃げ出す計算高い悪魔。それが水瀬佳乃だ。
「だって、おじい様の怒鳴り声、近所中に響き渡っていましたもの。お隣から聞いていて、心配で見に来たの。まあ、叔父様も叔母様もずいぶんお気の毒なご様子ね」
佳乃はソファーで失神しかけている両親を冷ややかに見下ろし、すぐに視線を私に戻した。
「エリー。徹兄さんが家出したんですって? エアコンを取り上げられた腹いせに、ですって」
「取り上げたんじゃないわよ! パパたちは修理に出したって……」
「見苦しい言い訳は身を滅ぼしますわよ、エリー」
佳乃は人差し指をチッチッと横に振った。
「おじい様は今、車の中から一族中に命令を出しているわ。『誰でもいいから一刻も早く徹を連れ戻せ。見つけた者には何でも褒美を取らす!』って。勘当を免れるチャンスは、これしかないわよ」
「えっ……!」
「うちのパパも慌てて私設探偵を雇おうとしているみたいだけど、そんな回りくどいことをしなくても、徹兄さんの行き先なんて私にはだいたい見当がつくわ。ねえエリー、徹兄さんを最初に見つけて、おじい様のご機嫌を取るのは……この私よ」
佳乃はそう言って、ペロリと小さく舌を出した。
「教えに来てあげたの。恩に着なさい。では、ごきげんよう」
風のように現れ、宣戦布告だけを残して去っていく水色の悪魔。
悔しさと焦りで、私の奥歯がガチガチと鳴った。
待ちなさいよ、佳乃。お兄ちゃんを見つけるのはこの私なんだから!
――でも、ちょっと待って。パパたちを助けるために必死になるのはわかるけれど……そもそも、私、なんでこんなに一生懸命にならなきゃいけないの?
最悪の危機の中で、私の脳裏に、以前からずっと引っかかっていた「ある疑惑」が、不吉な顔をのぞかせ始めた。
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