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第2話 日記が暴いた真実

「ふん。別にいいけど」


 私は肩をすくめ、両親の前でわざと冷ややかに言い放った。


「お兄ちゃんがどこかで熱中症で倒れても、私は知らないからね」


 私は筋金入りのブラコンだ。それも、こじらせにこじらせた、相当重症の部類に入る。


 それなのにこの一週間、私は最愛の兄・徹を徹底的に無視し続けていた。たった一度、市民プールに連れて行くと約束したのをすっぽかされた腹いせに。


 まさかその頃、お兄ちゃんの部屋からエアコンが「更生」の名目で強制撤去されていたなど、夢にも思わなかった。私はただ、自分の怒りに任せて兄に冷たい背中を向けていただけだ。


 だって、お兄ちゃんが私の気持ちに気づかないのが悪いんだもの。

 可愛い妹の拗ねに過ぎなかったのに。


 しかし、その時の私はまだ知らなかった。この一週間の無視が、エアコンを奪われて極限状態にあったお兄ちゃんの心に、どれほど決定的な「この家を出る引き金」を与えてしまったのかを――。



 その日の夕方、事態は私たちの想像を遥かに超えて、最悪の方向へ転がり始めた。


 お兄ちゃんと連絡が取れないことを不審に思った本家のおじい様――織原一族の当主、資産家の織原源一郎が、黒塗りの高級車を我が家に乗りつけたのだ。もの凄い剣幕で。


「徹はどこだ! 電話にも出んとはどういうことだ! 明日のお茶会には徹のためにピアニストを呼んでおるというのに!」


 冷房の効いたリビングに、地響きのような怒号が響き渡る。さっきまで競馬中継に興じていた父と母は、一瞬で顔を強張らせた。しかし、平伏する気配は微塵もない。


 父はチッと舌打ちをして不服そうにへそを曲げ、母は美容パックを乱暴に剥ぎ取りながら、フンと顔を背けた。


「父さん、何ですか突然。徹ならちょっと頭を冷やしに外に出てるだけですよ。電話がつながらないことぐらい、いつものことじゃないですか」


 父が口を尖らせて反抗的な言い訳をする。おじい様はそんな自堕落な息子夫婦など一瞥もせず、直感したように二階の徹の部屋へ大股で進み、ドアを乱暴に蹴り開けた。


 室内に満ちていたのは、立ちくらみしそうな苛烈な熱気。そして、壁に不自然に残された、エアコンの四角い影。


「……これはどういうことだ。エアコンはどうした」


 おじい様の声が、低く、冷徹な怒りに変わる。


「あ、いや……修理に出していて……」


 父がバツが悪そうに、しかしまだ反抗的な態度でぼそぼそと嘘をつく。おじい様はそれを完全に無視し、灼熱の部屋に自ら踏み込むと、お兄ちゃんの学習机を荒々しく調べ始めた。引き出しを次々と引き抜き、書類を容赦なくひっくり返す。


 そして――机の奥深くに隠されていた、あの『黒い革表紙のノート』を掴み出した。


 おじい様はその場でページを激しくめくり始めた。


 そこには、両親によるエアコン強制撤去の経緯、室内の容赦ない温度記録、そして――私による一週間の徹底的な無視(私はただプールをすっぽかされて拗ねていただけなのに!)までが、お兄ちゃん特有の冷徹で客観的な筆致で、淡々と書き記されていた。


 お兄ちゃんに両親を陥れる悪意など一切ない。ただ自分の生活環境をデータとしてメモしていただけだ。


 しかし、それが逆に、感情を排した完璧な「虐待の証明書」となってしまっていた。


「お前たちは……わしの大切な後継者を、この灼熱地獄に閉じ込めて追い出したというのか!」


 おじい様の怒りが、ついに爆発した。


「全員勘当だ! 織原の家から今すぐ叩き出してやる! 遺産は一円たりとも、お前たちには渡さん!!」


 お兄ちゃんがただ涼しい場所を求めて残した、一枚の書置きとノート。


 それは彼の意図しないまま、我が家を跡形もなく吹き飛ばす、最悪の爆薬となってしまったのだった。


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