第21話 母親たちの秘密
「え?」
これには、さすがのお兄ちゃんの顔にも明確な驚きが走った。
もちろん、私も佳乃も、我が家の最大のタブーにいきなり触れられて息を呑んだ。まさか自分たちの母親が、かつてこの本家でメイドとして働いていたなんて、完全に初耳だったのだ。
「あれはお前が生まれる前のことだ」
源一郎おじい様は遠い目をしながら、織原家の忌まわしい過去を紐解いていく。
「長く勤めていたメイドが二人とも事情があって相次いで辞めてしまった。それで知り合いから紹介されてきたのが麻美と春佳だった」
「なるほど。なんだか分かった気がする」
さすがは秀才の徹お兄ちゃん。おじい様の言葉の端々から、その後に続いたであろう、分家の無能な父親たちがしでかした不祥事の輪郭を一瞬で察したようだった。
「そうだろう。暇を持て余した自惚れ男とあばずれ女がひとつ屋根の下にいれば、何が起こるかは誰にでも想像がつく」
おじい様の言葉は容赦がなかった。自分の息子たちの愚かさと、そこに付け入った女たちの浅ましさを、心底軽蔑しているのだ。
「しばらくしてメイドの麻美と春佳は、わしの息子の亮一と裕太に襲われたと訴えてきた」
「おじい様が交際を認めてくれなかったから、仕方なくそうしたと聞いています」
佳乃がたまらず、お嬢様の仮面を必死に維持しながら反論した。自分の両親を「自惚れ男」と「あばずれ」と呼ばれて、黙っていられなかったのだろう。
「誰が認めるか、馬鹿者!」
おじい様の怒号が応接室のガラスを震わせた。
「わしは麻美と春佳をすぐにクビにしようとした。だが、あろうことか、あの二人はわしを脅してきた。息子二人に襲われた証拠があると言ってな」
「ひどい女たちだね」
お兄ちゃんの口から、冷ややかな、けれど至極真っ当な感想が漏れた。
「おじい様が認めてくれないから嘘をついたんだって、お父さんとお母さんは言ってました!」
私はお兄ちゃんに嫌われたくない一心で、必死に大声をあげた。私の両親は被害者なのだ。そう思い込まなければ、自分の存在自体が全否定されてしまうような気がした。
「その上、麻美は裕太の子を身ごもった」
おじい様は私の叫びなど無視して、冷酷な事実を告げた。
「そんなトラブルを見ていたお前の母親の順子が家を出ていったんじゃ」
「そうだったのか」
お兄ちゃんの瞳が、一瞬だけ寂しげに揺れた。
「母さんが離婚した理由を初めて知ったよ」
お兄ちゃんの本当の母親が家を出たのは、ただの性格の不一致などではなく、父親たちのあまりにも醜い女性問題が原因だったのだ。そしてその原因になった女たちの娘が私と佳乃なのだ。
「そうか」
おじい様は深く頷き、哀れみの目をお兄ちゃんに向けた。
「後はお前の想像通りだ。裕太の子を孕んだ麻美をお前の父親が強引に口説いて結婚し、裕太が春佳と結婚した」
おじい様の言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で、これまでの知識がジグソーパズルのようにガチリと噛み合った。なるほど、そういうことだったのね……!
「それは、お父さんが離婚すると思ってなかったから、お母さんたちが裕太おじさんを取り合いして……」
私の口から、親たちの見苦しい内情をすべて繋ぎ合わせた、あまりにも醜い推論が漏れ出た。
つまり、元々は私のママ(麻美)も佳乃のママ(春佳)も、本命は裕太の叔父様だったのだ。二人で叔父様を取り合って、私のママが先に叔父様の子(=私)を孕んだ。けれど、まさか本妻の順子さんが激怒してパパ(亮一)と離婚するとは思っていなかった。棚ぼたで「織原の本家の妻」の座が空いたのを見たママは、すぐさまターゲットをパパに切り替え、パパの強引なプロポーズに乗っかって織原の籍を手に入れた。そして、取り合いに敗れた佳乃のママは、残された叔父様と結婚した――。
「父さんたちはエリちゃんにそんなことまで話してたの?」
お兄ちゃんからの、軽蔑と驚愕の混ざった視線が突き刺さる。
(違うの、お兄ちゃん! 親から直接こんなゲスな解説をされたわけじゃないの! 佳乃の話とおじい様の話を聞いて、私の超絶天才的なIQが瞬時にすべてを察しちゃっただけなのよーっ!!)
心の中で激しく言い訳を叫んだけれど、私の口から出たあまりにも生々しい人間関係の暴露に、応接室の空気はさらに引き締まっていくのだった。
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