第15話 開かれたパンドラの箱
「私が説明するって言ってるでしょ! 横から口を出さないで!」
私は佳乃を押しのけようとした。しかし、佳乃はびくともせず、タレ目の奥に冷徹な光を宿したまま、私に「さあ、自分の口から絶望を語りなさい」とでも言うように顎をしゃくった。
もう逃げられない。
こいつの口から歪められた真実を語られるくらいなら、私の口からすべてをぶちまけてやる。
私は涙を乱暴に拭うと、お兄ちゃんの目をまっすぐに見据え、「真実」を語り始めた。
「パパが最初の妻――お兄ちゃんのお母さんと離婚して、その翌年に二番目の妻である私の母親と結婚した。ここまではお兄ちゃんも知ってるわよね」
「ああ」
お兄ちゃんは、私のただならぬ気迫と佳乃の不気味な沈黙に押されるように、小さく頷いた。
「その後、私が生まれた……。だけど、月足らずだったのよ」
「未熟児だったんだね」
お兄ちゃんは、学校の保健体育で習った知識をそのまま当てはめるように、至極当然の推論を述べた。何も知らない彼は、まだ自分の常識の範囲内で、辻褂の合う答えを探そうとしている。
「違うわよ! 結婚したとき、ママはすでに私を身ごもっていたの!」
私の口から、決定的な言葉が放たれた。
「そうなんだ……。そんなこと、いつ知ったの?」
お兄ちゃんのポーカーフェイスが、完全に崩れていく。秀才の頭脳が、織原家のタイムラインに刻まれた致命的な「バグ」を、音速で計算し始めたのだ。
「何年も前に気づいたわ! パパとママの結婚式の日付と、私の誕生日が近すぎるの。結婚式を挙げてから、わずか半年後に私が生まれているのよ! 誰がどう見たって変でしょ!?」
私は半ば自暴自棄になりながら、自分の血筋に隠された歪みをぶちまけた。隣で佳乃が「ふふん」と、まるで自分の勝利を確信したかのように冷ややかに唇を歪めている。
「そうなのか……知らなかったよ」
お兄ちゃんはソファに深く腰掛け直した。その身体が、わずかに震えているようにも見えた。これまで自分が信じていた「家族」の前提が、足元から音を立てて崩れていく。
「それで、パパとママを問い詰めて理由を聞き出したのよ!」
「新婦が妊娠してたなんて、本家の周辺で騒ぎにならなかったの?」
お兄ちゃんは、自分の実の父親の過去の「不祥事」を暴くような感覚で、探るように尋ねた。
「パパは、妊娠していても構わないからって、ママに結婚を迫ったそうよ」
「ふうん。強引だな、お父さんらしいよ」
お兄ちゃんは自嘲気味に笑った。パパのあの、欲しいものは手段を選ばずに手に入れる強引で身勝手な性格。そのせいで、今この家が崩壊しかけているのに。
「そのとき、パパはお腹の中の子供、つまり私を『自分の実の娘』として織原の籍に入れ、育てることを約束したの。それから、結婚したときに織原の家族も、ママの妊娠について知っていたそうよ」
私の言葉は、淡々と我が家の歴史の闇を暴いていく。
「……本当の父親はどうなったの? 後から問題になりそうだけど」
お兄ちゃんが、息を呑んで尋ねた。
織原の長男の血を引かない子供が、なぜ織原の分家で娘として育てられているのか――その本当の父親の正体こそが、大人たちが必死に隠し通してきた最大の秘密だった。
私は一瞬、言葉に詰まった。
その私の代わりに、背後にいた佳乃が一歩前へ出ると、最高に冷酷で、最高に美しい笑みを浮かべてお兄ちゃんに囁いた。
「一応、うまく収まったわ。だって、エリーの本当のお父さんは、すぐ近くにいたんですもの」
「え……?」
お兄ちゃんは、まだ気づいていない。
「エリーはちゃんと一族の血を引いてるわ。だから問題なかったの」
佳乃の言葉が意味する本当の恐怖を、私ははっきりと理解していた。
私が、自分の実の妹ではなく、血の繋がった「従妹」であるという衝撃。そしてそれ以上に、自分を家出に追い込んだ大人たちの、ドロドロとした愛憎劇の深淵を。
開かれたパンドラの箱の底から、どす黒い真実が、今まさにお兄ちゃんの頭上に降り注ごうとしていた。
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