第14話 本気のビンタ
パチン――ッ!!!
冷え切ったリビングに、乾いた激しい音が響き渡った。
気がついたときには、私の右手が空を切っていた。
私は、大好きな、世界で一番愛しているはずのお兄ちゃんの頬を、思い切りビンタしていた。手のひらがジンジンと熱い。お兄ちゃんの白い頬が、瞬く間に赤く腫れ上がっていく。兄は殴られた衝撃で顔を横に向けたまま、信じられないものを見る目で硬直していた。
「お母さんのことを悪く言わないで! 何も知らないくせに……!」
私の目から、今度は演技ではない本物の涙がボロボロと溢れ出していた。悔しくて、悲しくて、やりきれなくて、胸が引き裂かれそうだった。
そうよ、ママが遺産目当てで動いているのは事実だわ。
でも、すべてはお兄ちゃんがエアコンを奪われたくらいで家出なんて突飛な真似をしたせいよ。おじい様が本気で怒って、一族の勢力図をひっくり返そうとし始めたから、すべてが狂い始めたの。
お兄ちゃん、あなたのせいなのよ!
私は心の中で叫んだ。
何も知らないくせに、わかったような顔で冷たく突き放さないで! 私がこの家の恐ろしい秘密と、実家の崩壊にどれだけ一人で怯えていたと思っているの!?
「エリー、お兄さんがかわいそうよ」
隣から、佳乃が咎めるような、どこか突き放した冷徹な声を上げた。
「佳乃は黙ってて!」
私は涙を拭いもせず、この最悪の乱入者に怒りをぶちまけた。
「エリーが悪いんじゃない、ちゃんと説明しないから。徹お兄さんは何も知らないのよ」
佳乃は一歩前に出ると、私と徹の間にすっとスマートに割って入った。その大人しそうなタレ目は、もはや怒り狂っている私など一瞥もせず、呆然と頬を押さえている徹だけを、憐れむようにじっと捉えていた。
「え、ぼくは……何も知らない?」
徹が、赤くなった頬を押さえたまま、掠れた声で呟く。
「ええ、何も。お兄さんはただの被害者。この家の中で、一番残酷に騙されていたのよ」
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