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第12話 別荘での誓い

「え、婚約?」


 お兄ちゃんの口がぽかんと開いた。もちろん、私の口も同じようにぽかんと開いていた。


「忘れたの……? ひどいわ、徹お兄さん」


 次の瞬間、佳乃は大人しそうな両目から、大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。


 おいおい、ちょっと待ちなさいよ! さっきの私の涙(渾身のブラコン演技)を完全に上書きするような、計算し尽くされた、男心を的確に射止める完璧なタイミングの涙だ。


「ひょ、ひょっとして、去年の別荘でのことかい……? もちろん覚えているよ、忘れるわけないじゃないか」


 何をトチ狂ったのか、あの省エネ秀才のお兄ちゃんが激しくうろたえ、佳乃の白くて華奢な手をそっと両手で包み込んだ。


 ちょっとお兄ちゃん!? 何そのデレデレした、腫れ物に触るような優しい態度は!? 私には「世界で一番好き(投げやり)」だったくせに!


「ちょっと待って! あんなの、ただの『結婚式ごっこ』でしょ! 親戚の子供たちが集まって、くじ引きで新郎新婦を決めただけの、ただの夏休みの遊びじゃないのよ!」


 私はたまらず横から大声で口を挟んだ。あの夏、私が夏風邪で寝込んでいた隙に、私を置いて二人だけでそんな破廉恥なおままごとをしていたなんて、今思い出しても腹が煮えくり返る!


「あの後、みんながいなくなったところで、お兄さんはわたしに『将来、本物のウエディングドレスを着せてあげる』って、耳元で優しく約束してくれたわ」


 佳乃がハンカチで嘘くさい涙を拭いながら、勝ち誇ったようなマウンティングの目で私をチラリと見た。


「子供のままごとよ、そんなの! 時効よ時効!」


「ふふ、まだ続きがあるの。エリー、聞きたいかしら?」


 佳乃のタレ目の奥に、ゾッとするような妖しい確信犯の光が灯る。


「お兄ちゃん……!! 二人きりの別荘で、一体何をしたのよぉおおお!?」


 私は再び大理石のコーヒーテーブルをバンッ!!!と叩いて立ち上がった。私の知らないところで、この泥棒狐とお兄ちゃんは一体どこまで大人の階段を登ってしまっていたというの!?


「男に二言はないはずですよね、徹お兄さん?」


 佳乃は今さっきまでの涙をピタッと止め、満面の笑みでにっこりと微笑んだ。


 悪魔だ。清楚なラベンダー色のスカートを穿いた、腹黒お嬢様という名の悪魔がそこにいる。


「……そうだね、佳乃ちゃんはぼくの婚約者だよ」


 お兄ちゃんは、これ以上佳乃を敵に回すと自分の省エネライフ(及び生存権)が危うくなると本能で察したのか、考えるのを完全に放棄したような諦め顔でそう言った。


「結婚の約束なら、私だって何度もしてもらったわ! 毎晩のように『将来お兄ちゃんのお嫁さんになる』って言って、お兄ちゃんも『いいよ』って言ってたもの! そうでしょ、お兄ちゃん!」


 私はお兄ちゃんの右腕をガシッと両手で掴み、力任せに自分のほうへ引き寄せた。妹の特権をフル活用してやるわ!


「まあ、そうだけど……」と徹。


 おい貴様!! どっちつかずな、コウモリみたいな日和見な態度を取るんじゃないわよ!


「それこそ、物心がつく前の子供の時の話でしょ。最近のエリーは、お兄さんに対してツンツンして口もきいてなかったくせに」


 佳乃がフッと鼻で笑いながら、冷ややかに突っ込んでくる。痛いところを突いてくるんじゃないわよ、この狐!


「うるさいわね! だから今日、ちゃんと話をしようとしたら、あんたが勝手にリビングに割り込んできたんじゃない! 私たちの神聖な空間を邪魔しないで!」


「はいはい、悪かったわよ」


 佳乃はフイと顔を背けた。


 お兄ちゃんを巡る第一ラウンドは、クラスの山下さんのDカップ疑惑から始まり、まさかの「別荘での誓い」による二重婚約疑惑へと大発展。リビングの熱気と私たちの感情のボルテージは、完全にキャパシティオーバーを迎えて大炎上していた。


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