第11話 世界で一番好き、と言って!
「いや、それは……ただの、その、不可抗力的な観察記録というか……思考の整理というか……」
いつも冷静沈着で、何が起きても微動だにしない省エネ秀才の徹お兄ちゃんが、みるみる冷や汗を浮かべ、視線を右往左往させている。
「山下さんとは、本当に何もないよ。たまたまクラスでの席が隣で、部活が一緒なだけだ。胸のことは、たまたま消しゴムを拾ってもらった時に、視界に飛び込んできただけで……」
お兄ちゃんは両手を左右に泳がせながら、必死の形相で弁明を始めた。
「お兄ちゃん、本当!? その山下って人のこと、女として好きなわけじゃないのよね!?」
私は大理石のコーヒーテーブルに身を乗り出し、さらにジリジリと物理的な距離を詰めて問い詰める。
「普通に、クラスの友達としては好きだけど……」
「じゃあ、私とどっちが好き!?」
これよ、これ。自分が実の妹ではなく「従妹」だと知った今の私なら、この質問をぶつける権利が百パーセント……いや、一万パーセントある! 将来の旦那様候補として、ここできちんと序列を叩き込んでおかなくては。
「いや、それは比べる対象じゃないと思うよ……」
お兄ちゃんは困り果てて眉を八の字に曲げた。そんな風に余裕を失ってうろたえる姿も、今の私にはたまらなく愛おしい。
「私とどっちが好き!? 逃げないでハッキリ答えて!」
「……もちろん、エリちゃんのほうが好きだよ」
お兄ちゃんが、これ以上の追及から逃れるために降伏の白旗を上げるように、はぁとため息をついた。けれど、私の暴走するブラコン遺伝子(と、実は従兄妹という無敵のバフ)は、そんな妥協案みたいな中途半端な答えでは満足しない。
「そんなんじゃイヤ! 好きの解像度が低すぎるわ!」
「何が不満なんだい……」
「世界で一番好き、って言って!」
「わかったよ。エリちゃんのことが、世界で一番好きだよ」
お兄ちゃんは完全に観念したように、投げやりでありながら私を宥める甘い口調でそう言い放った。
「ふん、ならいいわ」
私はソファーにどっかりとふんぞり返り、最高級の満足感に浸った。よし、言わせたわ! 妹という世間的なカモフラージュを利用した、合法かつ確信犯的な「愛の告白」強制完了よ! 山下さんのDカップなんて、私の「世界で一番」の前には無力なんだから!
「徹お兄さん……ちょっと聞き捨てならないわね、今の言葉」
すぐ隣から、部屋の温度を一瞬で氷点下に引き下げるような、冷たい声が響いた。
見ると、さっきまでおすまし顔で日記を読んでいた佳乃が、今は般若も裸足で逃げ出すような恐ろしい無表情(タレ目が逆に怖い)で、お兄ちゃんをガチで凝視していた。
「ど、どうしたの、佳乃ちゃん……?」
お兄ちゃんがビクッと肩を震わせ、今度は左側にいる佳乃からじりじりと後ずさる。
「お兄さんには……私の『婚約者』であるという自覚が、致命的に足りていないようだわ」
佳乃のその一言で、リビングの空気は再び「山下さんのDカップ」から、織原家と水瀬家を揺るがす「二重婚約」の修羅場へと、容赦なく引き戻されたのだった。
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