第五話 レッツゴー鬼ヶ島!
『呪いの映画』解明後、先輩たちの作ったポスターと図書館や医務室からの呼びかけにより、噂はほどなくして終息を迎えた。
そして本日、火曜日の三限をもって――
「前期の授業終わったー!」
三年前期の講義がすべて終了した。試験に関しても、対策をしていったことと、教科書持ち込みの試験が多かったことから、難無く終えることができた。単位を落とすことはないだろう。
「幹史はいつも通り心配ない感じ?」
終わったー、と叫んだ後、両手を上にあげ伸びをしている幹史に問いかける。
「まあな。授業聞いてればできるだろ」
自信があるわけではない。彼にとってはこれが当たり前。つまり、「落単? 何それ美味しいの?」だ。
幹史はかなり賢い。中学・高校の試験では、学年順位はいつも一桁だったようで、大学進学時にはいろいろな先生に「お前ならもっと上を目指せる!」と、言われていたらしい。けれど本人は、「なんで俺の進路なのに他人の尺度に合わせないといけねえの? 俺は俺の行きたい大学に進む」と言い切り、ここを選んだそう。
本人に言えば卒業するまでいじられそうだから敢えて言わないけれど、幹史の『ぶれない自分』を持っているところは尊敬できる。そして、自身が賢いことをおくびにも出さず、対等に人を見て接するところも。
火曜日はこれから三、四年合同ゼミがあるため、僕たちは研究室へと向かっていた。
「あれ? 幹史じゃん、おつかれー」
「安藤、おつかれー」
「夏休みどっか行こうぜ。あとで連絡するわ」
「おー」
「あ、幹史くん。おすすめしてくれた漫画面白かったよ!」
「マジ? 今度感想聞かせて」
「幹史。俺、今回単位落としたかもー」
「再テストもあるんだし、気負わない、気負わない」
「幹史、お前らこれからゼミか?」
「おーう」
「幹史またなー。茅ヶ崎も」
「おう! 夏休み満喫しろよー」
「また」
このように、幹史は知り合いがとても多い。キャンパス内で声を掛けられないことはまずない。至る所から彼を呼ぶ声が聞こえては、一言交わす。
こういった時、皆思うだろう。気まずくないのか? と。
結論から言わせてもらうと、今は気まずくない。昔は、それはもう気まずかった。「僕は空気だ」と思ってやり過ごしていたものだ。
いっそのこと一人で行動すればいいのではと考え実行に移したことがあったけれど、気が付けば隣には幹史がいた。何を血迷ったのか、振り切ろうとしたこともある。しかし、高校までバスケ部であった彼に体力や瞬発力の差で敵うはずもなく、あっけなく捕まった。
「なんで逃げんだよ。あれか? どうせ君には友達がたくさんいるんだから僕がいなくたっていいでしょう。ほっといて! とかいう」
「勝手にメンヘラにするな」
「じゃあなんだよ」
「本能的に?」
「なんだそれ。てか、別にお前を邪魔とか思ったことねぇよ? なんなら、俺から近づいていっているし」
「うん、しつこい」
「はあ? ……いや、あー、なんていうか、お前はそこにいてくれればいいんだよ。俺が勝手にお前の世界に入るから」
「……ぷ、臭いセリフ。顔を真っ赤にしちゃってまあ」
幹史は握り拳を構えた。そんな彼に笑う僕。
「知っているよ、君がそう言う人だって。だから、僕は勝手にするし、君も勝手にすればいい」
「おう。じゃあ、俺は食堂行くから」
「だと思った。さっきから君の腹の虫が鳴ってうるさいもの」
「お前のは静かだな」
「僕の腹には虫なんていないからね」
「まーた、そういうこと言ってらあ」
だから、僕たちは行動を共にしつつ、別行動でもある。この通り、気まずさを感じる状況にいないのだから、気まずくはならないのだ。
そんなことがあったのは一年生の後期。あれから一年半。二十歳を迎え、飲み会にも参加するようになった幹史は、みるみる知り合いを増やし話しかけられる頻度も増えたのであった。
「よっ! 千界、幹史!」
背中に衝撃が来る。叩かれたのだ。それも、なかなか強めに。もう、振り向かなくても誰の仕業か分かる。
「眞尾、千界を叩くなよ。折れちまったらどうする」
失礼な。そんなに脆くはない――はず。
「研究室、一緒に行こう」
隣に並んだ三船さんが微笑んだ。
いつも思う。眞尾と三船さんは、男勝りとお淑やかといった真逆の二人なのに、仲がいいし、傍から見ても相性が良く見える。なぜだろう。あれかな? 補色の効果。
そんなことを考えているうちに、研究室が見えてきた。
「よし、揃ったね」
全員が椅子に座ったのを確認すると、先生は手のひらをひとつ大きく打ち鳴らした。
「今日の議題は『夏休みの活動について』だ! 日帰り研究もできるが、なにより! 夏休みには合宿もできちゃう!」
周りにキラキラの星のエフェクトがかかっているのではないかと錯覚してしまうほど、楽しそうに話す先生。
「あー、昨年を思い出すね」
「だな。」
瀬名さんと竜也さんの顔が引きつっている、いったいどんな合宿をしたのだ。
「どこか温泉地とかに珍しい風習とかないの?」
両手で頬杖をついて問いかけるのは、四年生の葉山 幸さん。明るくて、とても接しやすい。学生時代に部活動に入った経験がなく、後輩に「先輩」と呼ばれたいという本人の強い要望から、僕たちは「葉山先輩」と呼んでいる。
「温泉地? 良い!」
葉山先輩に同調する眞尾。
この二人にはどこか同じ波動を感じる。
「ふっふっふー。実はもう行き先を決めているのだよ!」声高らかに宣言する先生。
「なら、僕パスで」
「あー、俺も」
「あたしも」
先輩三人は立ち上がり荷物を持つ。どうやら研究室から出ていこうとしているようだ。
「話だけでも聞いていけばいいのに」
そんな先輩たちを見て先生が苦笑いする。
合宿には参加しないとしても、なにも研究室から出ていく必要はないのに。それに、合同ゼミなのだから。
「聞いたらまた強制参加させられそうだしね」
「まったくだ。それにあんなこともうごめんだ」
「そういうことだから、三年生だけで楽しんでねー」
先輩たちは後腐れなく研究室から出ていった。合同が合同ではなくなってしまったけれど、いいのかな?
「昨年いったいどこ行ったんだよ」
研究室のドアが完全に閉まるのを待ち、幹史が呟く。
眞尾と三船さんも顔を見合わせ、どこか不安そうだ。
「どこって、まあ、あとでそこの活動報告書でも見てくれれば分かるさ。では、早速本題に移ろう。今回も合宿を予定しています。四泊五日のね」
出ていった四年生を気にしていないのか、先生は明るい声で話し出す。
「四泊五日。まあ、合宿としても妥当な日数か?」
「そうだね。でも問題は行き先だ」
あの先輩たちの反応を見るに、まともな場所でないのは確か。ぶっ飛んだ行き先を言わないといいのだけれど。
「気になる行き先は――」
皆の息を呑む音が聞こえる。
「『鬼ヶ島』だ!」
そうきたか……!
「『鬼ヶ島』があるのって女木島だったよな。つまり、香川県にまで行くのか?」
「香川県! 四国! 離島! 行くの初めて!」
「大合宿になりそう……」
幹史、眞尾、三船さんは三者三様の反応を示した。
『鬼ヶ島』。かの有名な昔話、『桃太郎』に出てくる鬼の住む島。香川県女木島は、桃太郎伝説の舞台となったとされていて、そこにある『鬼ヶ島大洞窟』なる巨大な洞窟に、昔鬼が住んでいたのだとか。
「ははっ、そうね、いずれは行きたいね。でも、今回は違う」
先生は、興奮冷めやらないゼミ生に笑いながら続ける。
「鬼の末裔が住む島『乙守島』。通称『鬼ヶ島』だ」
「乙守島? 聞いたことないな」
すかさず幹史はリュックから自身のノートパソコンを開くと調べ出した。
「出た。へぇ、宮城県にあるんだ」
隣に座っていた僕はその画面を覗き込む。向かいに座っていた眞尾と三船さんは立ち上がると、幹史の後ろへ回り込んで画面を覗いた。
「え、でも、無人島って書いてあるけど」
眞尾が呟く。
幹史が開いたページには『無人島 乙守島』と書いてあった。そのページは長くなく、島の写真や全長など、ごく一般的な情報しか載っていない。
「そう。無人島だ。でも、人が住んでいる。鬼の末裔の部分にも惹かれるが、無人島に住む人々。なんて惹かれる言葉なんだ……!」
無人島なのに人が住んでいる。しかも、鬼の末裔。
――そんなの、気になるに決まっている。
他の三人も、高揚した面持ちで先生を見つめていた。
「……行くだろう?」
「行く!」僕たちは即答していた。
「うんうん、好奇心旺盛、素晴らしい!」
ああ、今分かった気がした。どうして僕たち四人がゼミ生に選ばれたのか、いや先生が選んだのか。基準となったのは、自分の無茶ぶりについてきてくれそうな学生。この四人は希望者の中で先生の趣旨に最も沿っていると判断された。
あんなにも時間をかけて書いた志望理由書はあまり意味なかったのかもしれない。それに、この先生が学生にやたら絡む理由も判明した。入学したその瞬間から見定めていたのだ。あるいは誘導したのかもしれない。思い当たる節はある。その計画性と実行性はなんて恐ろしいのだろう。
僕たちは先生の掌の上だったということ。悔しい。利用されているのかもしれない。この合宿も含め。でも、それでもかまわないと思ってしまった。だって、こんな魅力的なものを前にして、断れるはずもない。
「日程は、7月27日から31日の五日間。集合場所は二号館前。時間は朝の8時半。遅れないようにね」
メモメモっと。その五日間、僕は元から予定がなかった。まあ、予定があっても、この合宿を優先してしまうだろう。他の三人も同様に。
先生は立ち上がると、拳を高くつき上げ楽しそうに叫んだ。
「レッツゴー鬼ヶ島!」
「おー!」
僕たちも同じように拳を突き上げ叫んだ。
ああ、楽しみだ。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




