第四話 呪いの映画 4
「瀬名さんに、竜也さん」
「千界、君も大変だね」
おそらく先生の冷蔵庫から勝手に取っただろうブラックコーヒーを片手に、足を組んで僕に微笑みかける男子学生。
瀬名 葵さんだ。四年生で、同じく庵乃雲ゼミ生。優れた容姿と凛とした佇まいから、男女ともに人気だ。特に後輩から慕われている。また、大学のパンフレット撮影を何度も依頼されるらしいのだけれど、都度断っているらしい。
「お前が言うなよ」
そんな瀬名さんを見て呆れているもう一人の男子学生。
宇田川 竜也さん。四年生で、この人も庵乃雲ゼミ生。長身と柔道で鍛えられた体、強面であることからすれ違うだけで恐れられるらしい。しかし、細やかな配慮や面倒見の良さがあり、僕はこの人以上に優しい人とは会ったことがない。
「先生がいない時に勝手に研究室に入るんじゃありません!」
二人が研究室にいることに気付いた先生が説教を始める。
「えー、先生が入っていいって言ったのに。男に二言はないんじゃないの?」
右手で頬杖をついて微笑みながら抗議する瀬名さん。
「そんなこと言ったかい? どう、宇田川くん」
「言っていましたけど、普通に失礼なんで次からは控えます」
「いや、言っていたならいいんだ。男に二言はないからね」
「ヒュー、かっこいいー」
頬杖をついていた右手をそのまま口に持ってきて、瀬名さんが茶化す。
同じゼミ生になって関わってから知ったけれど、瀬名さんはなんというか、ギャップがあった。竜也さん曰く、「話さなければ、イケメン。所謂残念なイケメンだ」らしい。妙に納得してしまったのは、瀬名さんには内緒だ。
「相変わらずウザったいっすね、瀬名さん」
先生に続いて研究室に入った幹史が、挨拶代わりのひといじりを入れる。
「幹史くん、今日の髪型きまっているね!」
「いつもと一緒なんすけど」
「うんうん、かっこいいよ」
「耳ついてないんすかこの人。竜也さんも大変っすね。こんなのといつも一緒にいなきゃなんて」
腕を組んで目を瞑っていた竜也さんは、「まったくだ」と、大きく一度頷いた。
幹史がなぜ瀬名さんに対してこうなのか。それは、遡ること一年前。
僕たちが二年生になってすぐの頃。幹史は困っていた一年生を助けたことがあった。図書館で本を探しているところに出くわし、幹史は本の検索は検索用のパソコンを使うことと、その使い方を教えたそうな。それをきっかけに、時々大学内で会っては話すことが増え、持ち前のコミュニケーション力で後輩ともすぐに打ち解けた彼は、連絡先の交換まで行った。
ここまで聞けばただの良い話なのだけれど、問題はここからだ。
二年生後期、ゼミの所属が決まった際、先輩後輩の顔合わせが行われた。先生についていき研究室に向かう新ゼミ生の四人。当然、研究室では先輩たちが待っていた。
「やあ、待っていたよ」
「え、なんで瀬名が……」
「なんでって、僕が君のひとつ上で庵乃雲ゼミ生だからだよ?」
二人の再会だった。
「い、いや、だって一年か聞いたら『そうだよ』って」
「うん、勘違いって面白いじゃない」
「お前、またそんなことを……」
これには高校から一緒の竜也さんも呆れていた。
「僕に優しくしてくれる幹史くんかっこよかったよ。これからもよろしくね」
「……え、無理。怖い」
最悪な再会になったとさ。
今までは後輩だと思っていた瀬名さんに絡みに行っていた幹史。しかし、その日を境に立場が逆転し、今では瀬名さんが幹史にうざ絡みするようになっている。
「それで、君たちは何しに来たのよ。卒論は来週でしょう?」
先生が四年生二人に問いかける。
「そろそろ、僕らの力が必要になるころかなー、と」
瀬名さんは机に置いていた透明ファイルを持ち上げた。先ほどは裏返しにしてあり気が付かなかったけれど、どうやら何かの文書らしい。
「宇田ちゃん特製『呪いが解明したよ おたより』さ!」
ネーミングは放っておくとして、これが手作り。しかも手書き。お手本のような丁寧な字に、ところどころに描かれたデフォルメされたイラスト。目に優しい淡い色使い。
「……これ、竜也さんが作ったんですか?」
「ああ。こいつに言われてな」
「すごい、このおたよりならみんな見てくれますよ!」
「でしょう?」なぜか得意げな瀬名さん。
でも、本当にすごい。裁縫や編み物も趣味でしているって聞いていたから、手先は器用だとわかっていたけれど、こんなこともできてしまうなんて。
「千界が邪魔でよく見えないんだけど?」
「あ、ごめん」
「お前もこういうの好きだよな」
随分前のめりになっていたらしい僕の肩に手を置いて笑う幹史。
「だって、誰にでもできることじゃないもん。すごいものを見たら、そりゃあ感動するよ」
「そうか、そうかー」
なんか、今幹史に受け流された気がする。むかつく。
「どれどれ?」
僕たちの後ろから現れた先生は、瀬名さんの手から手作りおたよりを取り、自身の顔の前に持ってくるとじっと見つめる。数秒の沈黙後、先生は口を開いた。
「たしかにこれはすごいな。宇田川君はレポートでもまとめるのが上手いとは感じていたが、手書きでもここまで上手にまとめるとは。特に、光刺激を伴うシーンの説明と、デフォルメイラストによる注釈が魅力的だね」
「あ、ありがとうございます」
強面だからわかりにくいけれど、照れているようだ。
「……ん? どうして先輩方がこのことを知っているんですか?」僕は疑問を口に出した。
『呪いが解明したよ おたより』の素晴らしさに目がいってしまったけれど、そもそも内容に注目するべきだった。先生のように。……先生のように?
「先生、知っていたんですか?」
「こんなおたより作るなんて知らなかったさ。呪いを解いたのは知っていたがな」
なるほど。先生が言っていた他の誰かって先輩たちのことなのか。
「君らでもわかることは、僕らにだってわかるよ」
「こいつは、噂の立ったその日に解いたさ。映画も観ずに。次の日、俺はしっかり映画を観て、こいつの推測が正しいか確かめたが」
その日で、しかも映画を観ずに。瀬名さんの頭の柔らかさには驚かされるばかりだ。
「マジか。先生でも映画観るまで分からなかったのに」幹史も感心している。
「映画を見なくても解いていたよ、この先生は。でも、タイミングが来れば喜々として観に行くだろうね。あわよくば呪いを直で味わえるかもー、って」
肩をすくめた瀬名さんが先生を見据える。
「まあ、最初からこの子たちに解かせる気だったんでしょう? うそつきぃ」
「育成といいたまえ」
四年生ともなると、そんなところまで考えられるのか。いや、瀬名さんと竜也さんだからか。
「この子たちを行かせる前に君たちが出てくれていたら、ここまで大きくなることはなかったんだが」
「だって期待されているなんて思わないじゃん。……というのは嘘で、すぐわかったとしても当分は言わずにいようと思っていたんだけどね。自分が出るかそわそわしている先生面白かったし」
「はぁ、そんなことだと思ったよ」
ため息をついた先生は、やれやれと首を横に振っている。
「じゃあ、僕らは図書館にこれ渡してくるから。またねー、幹史くん」
立ち上がった瀬名さんは通りすがりに幹史の肩に手を置いた。
「いや、もう会いたくない……」
それは無理があるだろうに。
「騒がしくしてすまない。二人ともお疲れ様」
瀬名さんの後に続いた竜也さんは、僕と幹史それぞれの肩に優しく手を置いて労ってくれた。
「はい、ありがとうございます」
「竜也さんとはいつでも会えるんで、必要な時連絡ください」
「ああ、わかった」
「僕も後で連絡するね。返信待っているよ、幹史くん」
「返さねーよ!」
そうして二人は研究室から出ていった。
「賑やかだねぇ」
「すみません、煩くしてしまって」
「いや? 賑やかなのは好きさ。元気な姿を見せてくれるのはとても嬉しいことだ」
優しく微笑んだ先生。
「ほら、君たちも授業だろう? 行っておいで」
「あ、そうだった! 遅れたらまずい。あの先生平気で休み扱いにするからなぁ。さっさといこーぜ。――千界? どうした?」
「……何でもない。行こう」
でもその微笑みは、どこか泣くのを堪えているようにも感じた。
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