第三話 呪いの映画 3
研究室に入ると各々が椅子に着いた。
冷蔵庫を開けた先生は、僕には飲みかけのブラックコーヒーを、幹史と眞尾にはイチゴミルクを渡す。渡されたブラックコーヒーのキャップには油性ペンで「セカイ」と書かれてあった。相変わらず下手な字にカタカナ表記。つい笑いが零れてしまう。
それにしても、置きっぱなしだったペットボトルをまた冷蔵庫に入れておいてくれるなんて。その優しさに感謝して、冷たいコーヒーを一口飲んだ。飲み物を欲していた喉が次第に潤っていく。
――アイスコーヒー、癖になりそう。
「千界って、本当に美味しそうに飲むよね。食べるときもだけど」
眞尾にまで言われるとは。
「そんな顔に出ている?」
「出ているっていうか、滲み出ている?」
「あーわかる。こいつは食べてる時が一番幸せなんだな、って伝わってくるよな」
眞尾に同調した幹史。
確かに幸せな時間はと問われたら、『食事するとき』って答える気がするけれど、なんか言葉にされると恥ずかしいじゃないか。
「うん。千界くんと食べると、美味しいものがより美味しく感じられる。それも君の一つの魅力だな」
組んだ両手を机に置き、歯を見せて笑う先生。
これも僕の一つの魅力、か……。
「……ありがとうございます」
「なんの、なんの」
皆が一息ついたことを見計らい、先生が切り出す。
「よし、まずは『呪いの映画』についてわかることや、映画を観た時の状況を教えてくれるかい?」
呪いの概要や図書館での映画の観方、映画の内容について僕が先生に伝えた。
「なるほどな」
「本当に呪いだったらどうしよう……」
「眞尾くん、この世の事象はね必ず解明できるものだ」
「でも、未知なものっていっぱいあるじゃん」
「そうだね。でも、未知は過程であって結果ではない。ずっと前に未知とされていたものが今になって解明されることもある。だから今は未知なものも、いつか誰かが必ず解明するものなんだ」
そこで一度言葉を区切った先生。
「そのいつかの誰かは、今の僕たちでもある。この『呪いの映画』とかね?」
へたくそなウインクをした先生を見て、眞尾が笑い出した。三船さんが倒れてからずっと表情が曇っていたから、少し気が抜けたようだ。
「今は三限の途中。映画は一時間だったね。まだ時間はある。よし、実際に観てみるか!」
勢いよく立ち上がった先生は研究室のドアへと向かう。
「呪いとやらもしっかり自分の目で確かめないとな。いやー、楽しみだ。そして僕にもその呪いが――なんつって。ウワッハッハッー!」
豪快に笑っている。なんとも陽気な先生だ。沈んでいた雰囲気が途端明るくなった。
ふいにドアの前で立ち止まり、振り向いた先生。
「もちろん、君たちも行くだろう? 僕が見込んだ子達なのだから」
ああ、やっぱりこの先生は最高だ。
「なるほど。一人映画を楽しめるってことか。テレビは小さく距離も近い。それに、観やすいようになのか薄暗い」
図書館に辿り着き映画を一枚だけ借りた僕たちは、例のブースにいた。先生はまず環境の分析から始めたようだ。
先生はよくこう云う。「環境は、人格や生き方をつくる。経緯と結果は、環境に現れる」。
三船さんがああなってしまったのは、このブースの環境も影響しているのだろうか。
「さてさて、早速映画を見てみようじゃないか!」
良い大人が映画を見るだけでこんなにもはしゃいでいるなんて、と言いたいところだけれど、この先生の場合、「謎」や「未知」の存在が大好きなのだ。いつか、「未確認生物を探しに行こう!」とか言い出すのではないかと、少しひやひやしている。
だから、今回の『呪いの映画』の噂が流れ始めた時は不思議だった。なんでこの先生は動かないんだろうって。噂は先生方にも当然届いていた。しかし、ほとんどの先生は「呪いなんて馬鹿馬鹿しい」と干渉しようとはしない。でも、この先生は例え他の先生が取り合ってくれない「馬鹿馬鹿しいこと」も親身になって相談を聞いてくれるのだ。一年前の噂の時もそうであったように。
気になる。映画は読み込み中。聞くなら今しかない。
「先生、どうして『呪いの映画』には興味がなかったんですか?」
「興味がなかったわけじゃないさ。ただ、僕じゃなくても誰かがすぐ解明するだろうと思っていたんだ。まあ、当てが外れたというか、内々で解決しちゃっていたというか……」
最後の方はもごもご呟いていてよく聞き取れなかったけれど、要するに自分の出る幕ではないと思っていたのか。
そのうち映画は始まり、先生は前のめりになって映画、いや呪いを楽しんでいた。
「うん。とてつもなくつまらない映画だったね!」
ドストレート……! オブラートの『オ』の字も見せない正直さ。天晴れです。
「俺でも言わずに我慢したのに……。で、呪いは分かったのか?」
眉をひそめた幹史は、一度ため息をつくと先生に問いかける。
「君たち、この映画で一番印象に残っているシーンはどこかい?」
椅子に座っている先生の後ろに立っていた僕たちは互いに顔を見合わせる。
「最後のシーンだな。迫力があった」
「うちも。急にガッと、ビカッと、って感じで」
「僕も、ですね」
正直、それ以外思い出せない。と言うと語弊があるけれど、どのシーンもありきたりで優劣をつけようがないのだ。では、最後のシーンは印象に残るほどよかったのか?
否。言い表すなら最後の悪足掻き。
ヴィランを倒したヒーローが最後片手を上げて勝利したことを皆に知らせるシーンで、ヒーローを囲むように赤・青・白のストライプの光が画面の端まで伸び、勝利の音楽に合わせ強く点滅する。
……光に点滅? どこかで聞いたことがあったような――
「……そうか、そういうことか」
「お前、何か分かったのか?」
幹史が僕の肩を強く掴んで見つめてくる。
「昔問題になったことがあったんだよ。今はかなり気を付けられているけれど、八十年代の映画だから意識されていなかったとしたら――。光に、点滅と聞いて、何か思うことはない?」
「……あっ、そうか!」
幹史も気づいたようだ。
「え? 幹史も気づいたの? つまりどういうことよ!」
「光刺激。三船さんは、光過敏性発作を起こしたんだよ」
「ご名答。さすがうちのゼミ生だ」
先生は椅子から立ち上がると、僕の胸に拳を当て、歯を見せて笑った。
いえ、先生のおかげですよ。
「光過敏性発作……。どこかで聞いたことがあるけど。あー、うちにはわかんない!」
顔をしかめると、頭を抱えた眞尾。
「光刺激、特に点滅する光、特定の模様や色によって、脳が興奮して発作を起こしてしまうものだ」
ⅮⅤⅮドライブからディスクを抜きながら先生が説明する。
「発作? でも、同じものを見たうちらはなんともなかったじゃん」
「そう、そこなんだよ。いいところに気が付いたね、眞尾くん。君たちや僕が平気だったのは、光刺激に対する耐性があったからだ。この耐性には個人差がある。三船くんは耐性が低かったのだろう」
「え、じゃあ、呪いだって倒れた人たちも?」
「ああ。耐性が低かったということだ。さらに、この環境。テレビとの距離も近く、薄暗い。冗長されてしまったようだね」
環境も影響していたのか。
「……そっか。呪いじゃない。本当に、良かった」眞尾がホッとした声を漏らす。
「先生、ありがとう。うちは瑠花のところ行くよ。二人ともまた五限でね」
目に溜まっていた涙を腕で拭うと、眞尾は手を振り医務室へと向かった。
「眞尾くんも元気を取り戻したようで良かったよ」
両手を腰に当てて笑顔で言う先生。
「さあ、呪いの正体が分かったところで、対応に移ろうか」
そうだ。原因が分かって、はい、よかったね、とはいかない。映画の貸し出しを禁止にしたり、映画の光刺激について説明したり、『呪い』ではなかったってことを大学内に知らせる必要がある。もしかしたら、他の大学に噂が流れている可能性もあるのだ。これ以上の混乱を防ぐためにも迅速な対応が求められる。
先生は、図書館の職員にこの映画に光刺激の強いシーンが含まれていること、それによって引き起こされた発作について簡潔に説明した。
図書館の職員はその事態を重く受け止めたようで、先生に謝罪と感謝を述べていた。さらに、図書館の方で対応をしてくれるみたいで、僕たちが対応を考える必要はなさそうだ。
「なーんだ。僕が手書きでおたよりをつくろうと思ったのに」
研究室に戻る道すがら、不服そうに呟いた先生。
おたより、それも手書きとは。
「新しい呪いとか言われそうだからやめろよ。また『アンノウン』って書くんだから」
頭の後ろで手を組んだ幹史が先生を軽く睨む。
「おたよりに名前を書くのは当たり前でしょうよ」
「だから漢字で書けって」
「いやだ!」
「こどもかよ」
「ブラックコーヒーが飲めないほうがこどもだと思うけど?」
「飲めないのは先生も同じだろ!」
「僕は頑張れば飲めるもん」
「そんなの俺だって……!」
はいはい、いつものね。と、思いながら僕は研究室のドアを開ける。
「まったく。騒がしいね、君らは」
「研究室の中まで聞こえていたぞ?」
そこには、二人の男子学生が居た。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




