第二話 呪いの映画 2
「やだ」
「俺も」
僕たち二人は乗り気じゃないんだよ。
「いいじゃない、行ってきなさいよ。ゼミ生四人で仲良くしなさいね」
先生は幹史の背を軽く押して言った。
「先生、良いこと言うー」
「でも、二人嫌がっているよ? いいのかな?」
「嫌よ嫌よも好きのうちってね」
その理論でいくと、今頃世の中からは嫌いという概念が無くなっているよ。僕は、嫌なものがちゃんと嫌と言える世の中を生きていたいんだ。
「千界、暇でしょ?」
「……先生の手伝いがある」
先生、頼みますよ。察してくださいね。
「んー? 資料の整理手伝ってくれたからもう十分だ」
うっ、その優しさがまぶしい。でも、今は欲しくないのです。
「なら一緒に行けるね。ほら、幹史も行くよ」
「げ―」
この強引な女子、眞尾 椿に腕を引かれ、僕たちは研究室を後にした。
「茅ヶ崎くん、近本くん、ごめんね」
眞尾の後ろに隠れていた控えめな女子、三船 瑠花が代わりにというように謝ってくる。
眞尾の腕を離し、自分で歩き始めた僕は「別にいいよ」と返した。
「そうそう、瑠花ちゃんが謝ることじゃないし」
幹史も笑顔で優しく言う。
「で、例のやつって?」
打って変わり不機嫌さ丸出しの声で眞尾に問う彼。
「今話題の『呪いの映画』を観に行く!」
「そんなこったと思ったぜ」
『呪いの映画』。先ほど食堂でも学生たちが話題にしていた。なんでも、その映画をこの大学で観た学生が観終わった後、倒れてしまったんだとか。その噂を聞いて試した学生も何人かが体調不良を訴えたらしい。
事の始まりはたった四日前。噂というのは、風のように駆け巡り人の好奇心をくすぐっていく。眞尾もくすぐられた一人のようだ。
「八十年代のマイナーな洋画らしいんだよね。タイトル聞いてもわからなかった」
映画を一人で観に行くことも多いという眞尾でも知らないとは、相当マイナーなのだろう。しかも、今時珍しい一時間の映画だ。アクションもののアニメーション映画らしい。
向かう先は大学付属の図書館。その一角で映画鑑賞ができる。といっても、仕切られたブースに小型のテレビで一人映画が楽しめる小さなもの。映画のディスクが二本しかないということで、僕と幹史、眞尾と三船さんで別れて観ることに。
「ギリ椅子二つ入ったな。身動きできないほど狭いけど」
「仕方ないね」
付属のヘッドホンがあるけれど、二人で使うのは厳しい。
「音は最小でも大丈夫?」
僕が問いかけると、幹史は頷いた。
「検証になっていいんじゃね? 音に原因があるのかどうか」
それもそうだね。あっちは有線イヤホンを持参してきていたようで、音ありで見られそうだ。
僕はⅮⅤⅮドライブにディスクを入れる。数秒の読み込み後、ほどなくして映画が始まった。
「……なんというか、マイナーな理由が分かる映画だったな」
「そうだね。浅かった、何においても」
幹史も同じ感想を抱いていたようだ。体調不良を訴えるということだから、気分を害すものが含まれているのかと踏んだけれど一切なし。流血もなかった。
僕にはこの通り異変がない。幹史に視線を移す。肩をすくめた彼もまた異変はないようだ。呪いを信じていたわけではないけれど、僕からは安堵の息が漏れていた。
眞尾たちも映画を観終わったようで、僕たちが二人のブースへと移動したその時、立ち上がった三船さんの体が横に傾いた。幸い、幹史が受け止めたが、彼女はぐったりとしていて顔色は青白く、汗が滲んでいる。
「瑠花! 瑠花!」
「瑠花ちゃん、聞こえる?」
「つー、ちゃん。――これ、呪い、なの……?」
三船さんは弱弱しい声を零すと、そのまま嘔吐した。
「幹史と眞尾は三船さんを医務室へ連れていって。こっちは僕が」
「ああ」
「うち、レイ先生に連絡入れとく!」
騒ぎを聞きつけたのか、誰かが知らせてくれたのか、図書館の職員が駆け付けてきてくれた。事情を話すと、職員の方たちは迅速に嘔吐物の処理などの対応をしてくれる。
職員の方々に礼を言い、僕も医務室へと向かった。
――これが呪い?
でも、僕たちには何の変化もなかったのに。一緒に観ていた眞尾はなんともなかったから、ディスクが原因ということもないだろう。なんで三船さんだけ……。
あー、わかんない、わかんない。僕はこういったものは専門外なんだもん、そりゃあいくら考えたって答えは出ないよ。とりあえず、今は三船さんの体調だ。
医務室に着くと、三船さんはベッドに寝ていた。
「今は落ち着いているって」
医務室の丸椅子に腰かけている幹史が教えてくれた。
そっか、良かった。
「恐らく一時的なものでしょう。彼女の今朝の体調はどうでした?」
医務室の女医が僕たちの顔を順番に見て問いかける。
「特にいつもと変わらなかったです。元気だったし、食欲もありました」
眞尾が代表して答える。この中で、三船さんと朝から一緒にいたのは眞尾だけだ。
「では、本当に映画を見た後急に……?」
考え込んだ女医に幹史が何か問いかけようとした時、医務室の扉が開いた。
「三船くんは大丈夫か?」
「……レイ先生」
先生の顔を見た途端、今まで堪えていたのだろう涙を流した眞尾。眞尾の座る椅子の傍らに片膝をついた先生が、彼女の背を優しく撫でる。
「うちのせいで、瑠花が……」
「君のせいではない。三船くんをここまで運んでくれてありがとう。もう大丈夫だ」
先生の力強い声に、強張っていた僕たちの体からも力が抜けた。
「僕たちは研究室に戻ろう。ここで話されては三船くんも安心できないだろうからね」
三船さんを女医さんに託し、僕たちは研究室に向かった。
「……先生、これって本当に呪いなのか?」
渡り廊下を歩きながら、幹史が問いかける。
「呪いじゃないさ」
「原因が分かんの?」
「まだわからない」
「……ただのいたずらかと思ったのに。前にあった事と同じようなさ」
幹史は俯き小さく呟いた。
僕もそう思っていた。小学校や中学校で流行ったチェーンメールのような、一部のいたずら好きの人たちが広めたただの噂だと。
実際に、僕たちが大学二年生の時、ある学生たちの流した噂で少し問題になったことがあった。所謂都市伝説のようなもの。結局、庵乃雲先生によって噂はデマだと分かったのだけれど、僕たち二人はその嘘の噂で苦汁を飲まされた。それ以来、意識的に学生間で流行る噂には耳を貸さないようにしていたのだ。
でも、今回は実際に起こってしまった。
「そうだね。でもこれもいい経験だ。過去と同じ状況にあっても、再現されているとは限らない」
先生は立ち止まり、窓の外を見る。
後ろにいた僕たちも足を止めて、窓の外を見た。昨日の雨が嘘のような晴天。
「だからこの世界は面白い」
この先生が言うと、妙に説得力がある。小さなことも大きなことも全力で楽しむんだもん。子どものようで大人な、頼りがいのある先生。
そんな先生は僕たちの方へ向きを変えると、右手の人差し指を立て口角を上げた。
「そして、アンノウンを解き明かす。それがこのゼミの活動モットーなのだよ! だから、協力してくれるかい?」
「はい!」僕たちは声を合わせて返事をした。
三船さんには悪いけれど、楽しんでいる僕がいる。
研究室に向かう足取りがどこか軽くなったように感じた。
先生の未知の力。まさしく〝アンノウン〟パワーだ。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




