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第四十三話 乙守島【五日目】「身に綵鳳の双飛の翼無きも、心に霊犀一点の通ずる有り」


 太陽の光と、首に感じる違和感で僕は目を覚ます。体を起き上がらせると、そこは広場のテーブルの上だった。


 そっか。昨日、あのまま寝ちゃったのか。


 周囲に視線を送ると、大半の島民がそのまま寝ついていた。こどもたちも身を寄せ合って寝ている。しかし、テーブルの食器類は片づけられているし、寝ている人たちには毛布が掛けられている。今ここに姿がない方々がやってくれたのだろう。ありがとうございます。


 同テーブルには、腕を枕にして寝ている先輩二人、霞を膝に乗せたままテーブルに直接顔をつけて寝ている幹史がいる。そこに先生の姿はない。


 探しに行きがてら散歩をしようかな。この島にいられるのもあと少しだから。


 集落を歩いていると背後から声をかけられた。

「散歩ですか、千界(せかい)さん」


「ああ、夕星(ゆうづつ)さん。酔いは残っていませんか?」


「だ、大丈夫です」

 僕がそう尋ねると、彼は頬を赤らめて顔を逸らした。


「それは良かった」


 ちょっと意地悪だったかな? でも、昨日の君があまりにも健気で可愛かったから。……あ、なんか今の僕、瀬名さんみたいだったかったかも。うわ、すごく嫌だな。


 夕星さんが空に視線を移す。僕も空を見た。雲の少ない夏空。海と繋がっているような青く澄んだ空。


 空を見上げたまま彼が呟いた。

「……今日で、帰られてしまうのですね」


「はい」僕も空を見上げたまま返す。


「寂しくなりますね」

「そうですね」


「……そうだ、いくつかお土産を用意しますね!」

 空から視線を僕に戻した夕星さんが明るく言った。


 この島のお土産か。それはとても楽しみだ。

「ありがとうございます」僕は微笑んでお礼を述べた。


「おーい、千界くーん」

 僕を呼ぶ先生の声。振り向くと、隣には狭霧さんと月華さんもいた。


「それ、なんですか?」

 月華さんの膝の上に風呂敷でくるまれた厚みのある何かが乗っていた。


「昨夜、先生が届けて下さったものらしいですよ」狭霧さんが答えてくれた。


 昨夜届けたもの、つまり麻袋の中身。気になる。


「見てもいいですか?」

 僕がそう聞くと、頷いた月華さんは風呂敷を開いてくれた。


「……本?」

 広げられた風呂敷には、厚さや大きさが異なった様々な本が積み重ねられていた。その一番上にある一冊を手に取る。


「『おもしろい民俗学』――著者、庵乃雲(あんのうん) (れい)……」


 授業でたくさん見た表紙にため息が漏れる。


「なんだね、そのため息は。これ、とーっても面白いじゃないか!」


 はい、面白かったですよ、とても。でも、ここに持ってくるなんて。期待していた麻袋の中身がこれか……。


「はぁ……」

 僕からまたため息が漏れた。


「失礼だな。ちょっと瀬名くんに似てきているんじゃないかい?」


 うわ、効く……。傷に塩を塗られた気分だ。


「これだけじゃないさ。絵本や童話。図鑑に辞典。小説、参考書、折り紙本。あらゆる書物を持ってきたんだ」


「文字がないここに?」


「文字がないからこそだ! ――というのは建前ね。本音は、加苅(かがり)くんに頼まれていたからだ。当主にいろいろな本を渡してほしい、と」


 なるほど。そうだったんだ。


 じゃあ、なんで……

「こどもが入ってそうって言葉にあんなにも動揺していたんですか?」


「だ、だって、加苅くんが『お前ってこどもを運ぶ時袋に入れて運びそうだよな。俺的おすすめ袋は丈夫で通気性の良い麻袋だ』なんて言うから。そんなことしないって言っても信じてくれないし」


「え? 入れて運んでいましたよね?」僕は狭霧さんの顔を見る。

「入れて運んでおりました。ね?」狭霧さんは夕星さんの顔を見た。

「入れてた、入れてた。ね?」夕星さんに顔を向けられた月華さんは大きく頷く。


「だって、それは霞くんが……」


 先生は皆の反応を見て言い訳がましく言葉を濁すと、両手で顔を覆った。笑う僕たち。


 森羅さんは、先生のことを本当によくわかっていた方なんだな。より一層、会ってみたかった、という気持ちが募っていく。


「いいから届けにいくよ、ほら!」

 そう言い放つと、先生は車いすのハンドルを握って走り出し、月華さんもろとも逃走した。


「あ、ちょっと! 危ないでしょう!」

 狭霧さんがすかさず追いかける。


「……なんというか、愉快ですね」

「ですね」僕の言葉に今度は夕星さんが同意を示した。


「それ」

 僕の手の中に残された一冊の本を指さした夕星さん。先生が書いた本だ。


「僕も文字を習得して、いつかその本を読みたいな」


「はい。絶対に読んでください。面白いですから。……それに、文字が読めるようになったら月華さんの気持ちを知ることもできますしね」


「はい!」

 僕たち二人は笑い合って、走っていった三人を歩いて追いかけた。



 広場に着くと、狭霧さんと月華さんを中心に輪ができていた。なにやら狭霧さんが演説をしているようだ。


「良いですか。『文字』は偉大です! 諸々は省きますが、とにかく『文字』はすごいのです! かつてはこの一族にもありました。ですが、いつの日にか失われてしまい……。今、文字を読み書きできる者は当主様と私のみ。ですから、私どもはここに、人類の歴史において革命的な発明といわれている『文字』を取り入れたいと考えております。なにより、文字が読めるようになった暁には、当主様の御心を知ることができるのです!」


「うおー!」

「狭霧様―!」

 彼の獅子吼の如き演説に、島民は歓喜の声を上げる。


「うわあ……」

 そのあまりの大盛況ぶりに、夕星さんは静かに引いていた。


 わからなくもない。昨日までは誰も狭霧さんの声を一顧だにしなかったものね。それが、今日もはや崇拝の域にまで及んでいる。


「手のひら返しもいいところですよ、まったく」

 憎まれ口を叩く夕星さん。でも、その顔は満更でもない。


 文字の教えを乞う島民たちに教示したり、こどもたちに絵本を読み聞かせたりと和やかな午前中を過ごし、昼前。とうとうお別れの時間がやってきた。名残惜しい気持ちのまま狭霧さんの家へ向かう。


 帰り支度をして荷物を持ち外に出ると、島民たちが待ち構えていた。どうやら、総出で送り出してくれるようだ。


「五日間、本当にお世話になりました」

 樹海の前で僕たち五人は頭を下げる。


「また、来いよ!」

「次はもっと大勢で迎えてやるからなー」

「また美味しい料理をご馳走させてね」


 暖かな声に胸が熱くなる。


「お兄ちゃんたち、本、ありがとう!」

 絵本を胸の前に抱えて叫んだ霞。その隣には雪天(せってん)垂氷(たるひ)、たくさんのこどもたちがいた。


 良かった。やっと受け入れてもらえたんだね。すこし、泣きそうになったのは秘密。まあ、隣の彼は泣いているんですけども。はいはい、と背中をたたいて慰めてあげる。


「そうだ! 記念撮影をしようよ」

 トートバッグから取り出したカメラを見せて瀬名さんが微笑んだ。


 瀬名さんと幹史の指示のもと並んでいく島民たち。車いすの月華さんとこどもたちを前に、ぎゅうぎゅうに詰めていく。案外百人というのは多いものなんだな。


「いくよー!」

 丁度いい高さの岩の上にカメラを置き、タイマーをセットした瀬名さんは小走りで僕の隣に合流した。


「間に合わなくてカメラ独り占め……、なんてお決まり展開しなくて良かったんですか?」


 タイマーの待ち時間で僕は尋ねる。


「うん、考えはしたけどね」

 考えはしたんかい。


「ほら、みんないい笑顔でねー」

 そんな瀬名さんの掛け声の後、シャッターを切る音が響いた。


 きっと、良い写真だろう。現像したらいつかここに届けに来ないといけないな。


「また来るなー!」

「さようなら」

 そして、今度こそ本当に僕たちは別れを告げ、樹海へと入っていく。


「本当に、ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 後ろから、狭霧さんの後にお礼を言う島民たちの声が聞こえたけれど、僕たちは振り返らずに進んだ。ボロボロ泣いている幹史と鼻を啜る竜也さんに僕たちは苦笑いを浮かべる。


 振り返らなくても分かるよ。きっと頭を下げているんだろうな。すれ違いはあったけれど、礼儀正しくて、優しさに溢れた一族だから。


 ああ、まだ戻りたくないな……。

 振り返ってしまいそうな自分を律し、緑の光の中を進んだ。



 迎えに来た泰造さんに挨拶をしてボートに乗り込む。


 出港したボート。あっという間に島が小さくなってしまった。


 本当に濃い五日間だったな。百の鬼の呪いにかけられた一族。永遠に魂が巡ると信じ、何度も別れを繰り返してきた。抗おうとした少年たちは大人の陰謀に巻き込まれ苦しみ、大切なものを奪われ、それでも最後まで諦めず、とうとう長い年月をかけ実は結ばれた。これからもたくさんの苦難を強いられるだろう。それでも彼らなら、この一族ならきっと乗り越えていける。そんな、確かな予感がした。

汽笛の音と共に、海の向こうへ消えていく乙守島。


 さようなら、乙守島。さようなら、百鬼一族。また会うその時まで……。


   ◇


 夕暮れ時学校に着くと、女性陣三人が出迎えてくれた。


「おかえりー! どうだった?」

 駆け寄ってきた葉山先輩が、目を輝かせて聞いてくる。


「どうもこうもないっすよ。はぁ……」ため息交じりに答えた幹史。

「うんうん」瀬名さんと竜也さんはそんな幹史の言葉に頷いた。


 たしかに、あの五日間を言葉で説明しろというのは難しい。


「それはなんというか、災難だったね。お疲れ様」

 僕たちの様子を見て、葉山先輩は苦笑いを浮かべた。経験者は理解が早い。


「鬼、鬼はいたんですか?」

 そう聞く眞尾の目も輝いている。


「私も知りたいです……!」

 眞尾の後ろから出てきた三船さんからも興味津々な様子が伺えた。


 当初は二人が行く予定だったからね。今思うと、来なくて良かったのかも。絹さんの件で先生が犯人だと浮上し、下手したら乱闘が起きていたように思うし。


「ああ、鬼ね。いたよ」

 その質問に瀬名さんはあっけらかんと答えた。


「どんな、どんな?」

「こんな」

 そう言って竜也さんの肩に手を置く。それを見て、女性三人と幹史が同時に首を傾げた。


 いや、なんでお前も……。あ、そうか。朝礼に参加していない彼は、あの巻物を見ていないんだ。


「否定はしない」

 腕を組んだ竜也さんは目を瞑り大きく頷いた。自分と瓜二つである鬼を見ましたからね。


 そんな竜也さんの反応が珍しかったのか、目を開いて瀬名さんと竜也さんへ交互に視線を送る葉山先輩。そして、吹き出すように笑った。


「あははっ! そっかー、充実した五日間だったんだね」


「否定はしない」

 竜也さんの真似をした幹史と瀬名さんの声が重なる。ちょっと似ているかも。


「真似をするな」

 自分でも似ていたと少し思ったのか、竜也さんは呆れ笑いをしつつ苦情を呈した。


 その後は疲れもあるだろう、と即解散となり、二日後の八月二日にまた集まることとなった。


 明日は一日寝て過ごそう。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。

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