第三十四話 乙守島【四日目】「破鏡重ねて照らさず、落花枝に上り難し」
あの日から、すべてが狂ってしまった。私が拒んだその瞬間から……。
そこにひとり佇んでいるナナに視線を向ける。呪われた百一人目の可哀そうな子。いや、ひとりの愚行によって呪いをかけられ、世界から疎まれてしまった愛らしい子。
「……ナナ。あなたは『狭霧』という名前になるはずでした」
「……え?」
戸惑うのも分かります。あなたをそんな目に合わせた人間が罪滅ぼしとして育てていたのだから。同じ状況を想像しただけで虫唾が走る。
「絹さんだけではありません。他の方も祝福と称して私が殺してきました」
もう、ここですべてを終わらせてしまおう。
「五回前の桜の季節、百合さんと帳さんのこどもは死産しました。皆さんには、そう伝わっていると思います。ですが、二人のこどもは無事に生まれてきていたのです。百合さんは『祝いのニンニク』を配っております」
百合さんは頷いた。
「儀式を行う前に赤子は当主様に預けられる。その際にその子は亡くなってしまった。お二人はそう聞いていると思います」
「……はい」
あの時の絶望を思い出したのか、帳さんは沈んだ声で答えた。
私が次に放つ言葉は、二人を絶望に落とす言葉。二人だけではない、ナナも。
ゆっくり深呼吸をし、私は口を開いた。
「本当は、死んでなどいなかったのです。私が犯した罪によって、あなた方の子は死んだことにさせられた」
「そんな……」
「なら、その子は……」
二人の視線はナナに向けられる。
「……ええ。彼です。私があんなことをしなければ、二人はこどもといることができた。すべて、私が悪いのです」
頬に衝撃がくる。口の中が切れ血の味が広がった。その衝撃で私は倒れていた。目の前には拳を震わせている百合さん。彼は馬乗りになり、私を何度も殴った。
高く伸びた竹の先に広がる空は青い。夜半の雨が嘘のように、青い。碧落一洗。
こどもの泣き声が聞こえてきた。きっとナナだろう。ごめんね、こんな怖いものを見せてしまって。
「それ以上は死んじまう」
百合さんを止めに入ったのは竜也さん。後ろから百合さんの肩に腕を回し止めていた。
――ああ、彼は眼鏡を外すと本当に初代当主様に似ている。
瀬名さんと千界さんに支えられ上半身を起こした私。今になって痛みが走る。
帳さんは泣き崩れていた。その肩を八雲さんと楸さんが支えている。向けられる視線は、疑心と不安と怒りが混じっていた。
「……なんなんだ、お前の犯した罪は。言ってみろ!」
抑えられながら百合さんが叫ぶ。
「言えません」
もう、これで終いでいい。全部私が悪かったのだから。
「言え!」
「言えません」
何度、何と言われても私の返答は変わらない。
「わかったよ、君の自己犠牲精神は。でも、もうここまできてしまったんなら君一人の問題で済む話じゃないんだよ」
瀬名さんは私の胸倉をつかみ、顔を近づけ告げた。島民に聞かせない配慮なのだろう。怒りを露にしながらも優しい方だ。隣に寄り添ってくれている千界さんも、ナナを気にかけてくれる幹史さんも、真っ先に百合さんを止めに入った竜也さんも、そして、月華の側にいてくれている先生も。優しくて暖かくて、私の醜い部分をすべて受け入れてくれそうで、縋ってしまいそうになる。
森羅さん。あなたはとんでもない方々を送り付けてきたのですね。
「……わかりました。話します」
その言葉に瀬名さんは頷いてくれた。
「話せますか?」
「ええ。心配には及びません」
眉を下げ心配そうに顔を覗き込んでくる千界さんに、今できる精一杯の微笑みを向ける。
私は、あの日起こったことを話した。
「五回前の桜の季節、私は死を拒みました。祝福を拒んだのです」
すべてを知ってしまった私は、一族の理を犯してしまった。
「帳さんがナナを生んだその日、私の元に『祝いのニンニク』が届けられました。ですが、あろうことかそれはイヌサフランだったのです。毒を持つ、祝いのニンニクとよく似た植物。配られる十のなかに一つ混じらせてあります」
イヌサフランが何であるか、呪いの正体は何であるかは知らないにしろ、『祝いのニンニク』によって死が生じている事実は周知。それでも口にする理由は魂の輪廻を心から信じているから。
「私は、死を恐れ口にできなかった。当主様にその事実が伝えられ、新しく生まれてきた子は死産にするという計画が立てられたのです。私のたった一度の過ちが生んだ悲劇。謝っても許されないことをしたと承知の上、謝罪をさせてください。申し訳ありませんでした」
私は百合さんと帳さんに頭を下げた。
そして顔を上げ、この島の真実を、自ら犠牲となりここまで紡いできた彼ら園丁の努力を水の泡に帰す事実を語り始めた。
「――今から私が話すものは紛れもない事実です。受け入れ難くても、それが真実なのです。
始まりは、ある一人の少年からでした。少年は屋敷の給仕をしていました。少し粗野で教育係は頭を悩ませていたようです」
「当時の当主様には三つの娘がおりました。ですが、娘には一つ病気があったのです。卵が食べられない病気、アレルギーというものです。少年は教育係に『配膳の順番を間違えるな』『食器は丁寧に洗え』『おやつは誰にも見られないように食べろ』と再三注意を受けていました。しかし、少年は素直に聞き入れませんでした。そして、とうとう最悪の事態が起こってしまいます」
「当主様の娘が亡くなってしまったのです。理由は卵が使われたおやつを食べてしまったため。少年が食べていたおやつを羨ましがり、分け与えてしまった結果起きたものでした。責任を取らされる形で教育係は処刑されます。その日を境に、当主様は壊れてしまいました。夜になると次々と人を殺して回るのです。当主様自身にも止められない病気でした。娘が気に入っていたからという慈悲の理由で残されていた少年。当主様はその少年が娘を殺したとは知らなかったのです」
「少年は自分に何かできることはないかと考えました。発想力の優れた少年は『百鬼伝承』を上手く使った物語を思いついたのです。それが、今の『百鬼伝承・続』として知られている物語です。『当主様が人を殺してしまうのは鬼に操られているからだ。百人になったら止まる』少年の流す噂が出回り、とうとう島に百人しかいなくなってしまった頃、当主様の病気、夢遊病は本当に治まっていきました。恐らく噂によって心が救われたのでしょう。ですが、少年は恐れていました。百一人目になってしまったら自分が嘘をついていたことがばれてしまうのでは、と」
「少年は、新しい命が生まれた日、初めて人を殺しました。それから幾度も新しい命が生まれては人を殺すことを繰り返しました。疲弊しきった少年はいつの間にか青年へとなっていました。青年は当主となります。殺人は植物に詳しい知人に後継しました。その知人が目を付けたものが祝いのニンニク『ギョウジャニンニク』とよく似た、毒をもつイヌサフランです。それから百人を維持するために『園丁』という職をつくり、一族の園丁を任された人間はここまで受け継がせてきたのです」
皆が息を呑んでいるのが見て取れる。
「……もとより『百鬼の祝福』などここには存在しておりません。一人の人間の作り話から始まった、ただの呪いなのです。魂は巡らない。死んだら、もうそこでお終いなのです」
視界が揺らぐ……。瀬名さんや千界さん、幹史さんの声が遠のいていく。
そこで私の意識は途切れた。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




