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第三十話 乙守島【三日目】「智は以て非を飾るに足る」


「……すみません、話を遮ってしまいまして」

 狭霧さんが先生に深く頭を下げる。


 ナナはと言うと、いつの間にか月華さんの膝の上に座っていた。月華さんもとても嬉しそう。


夕星(ゆうづつ)くん、素晴らしい子だね。狭霧くんが断っているのなら僕の弟子にもらおうかな?」


「いけません!」

 珍しく声を荒げた狭霧さん。


「はは、冗談だよ。すまない」

「……いえ」

 少し赤面している狭霧さんを見て、月華さんはケラケラ笑った。


「話を戻して、呪いの解説といこうか」


「待ってました!」

 幹史と瀬名さんが同時に声を上げる。


「まず、呪いの概要。百人を維持し続けるということ。百人の鬼を倒したことから始まったということ。死因は不明であったということ。これが儀式前までに分かっていたことだね」


 これだけを聞くと、『呪い』であるかのように感じる。


「次に、呪いの詳細。一人生まれると、一人亡くなるということ。二人以上の時も同様。生まれた子の親族が、当主ないし当主代理に特別なニンニクを受け取りに行くということ。ニンニクを受け取った十人は必ず食べなければならないということ。食べた十人のうちから亡くなる人が出るということ。他に付け足すことはあるかな?」


「ひとつ」

 瀬名さんが手を挙げる。


「一族の掟の中に、出産は桜が咲いている時期に限る、というものがあるらしい。桜の花の加護があるとかで。しかも、これはかなり前からあったらしいよ」


「なるほど。有益な情報をありがとう」

「いいえー」


 腕を組み、目を瞑った先生。

 数十秒後、「……よし、穴が埋まった」と呟いた先生はぱっと目を開く。


「これらの情報から導き出される答えは一つ。特別なニンニクの中に別のものが混じっているということだ」


 驚きはしない。百合さんの話を聞いて既にわかっていたから。


「別のものっていうと――毒? ひとつに毒を注入しているってことか?」

 幹史が尋ねる。


「いや、イヌサフランだ。全体に『コルヒチン』という有毒成分が含まれていて、摂取する量によっては死に至る」


「なら、イヌサフランはニンニクと間違えるような見た目してんのか」


「そうだね。でも、幹史くんの思うニンニクではないよ。『ギョウジャニンニク』と言ってね、山菜の一種。」


「なるほど。だから特別なニンニクなのか」

 顎に手を当て竜也さんが呟いた。


「ギョウジャニンニクと間違えてイヌサフランを誤食といった事件が実際あったからね」

 腕を組み視線を斜め上に向けた瀬名さん。


「でも、苦しんでいた様子はなかったんですよね?」

 僕は問いかける。


「そう、そこだ。泡を吹いていたり体に掻き傷でもあったりすればすぐにでもわかっただろうが、そんな形跡はなかったからね」


 先生は言っていた。まるで寝ているように亡くなっていた、と。


「植物による毒殺であると分かった以上、注目すべきはこの島の植物さ」


 まるで僕たちに問いかけているような答え方。これも育成ですか。


 僕は今一度思い返してみた。

 広大な畑に実る様々な食物。

 地産地消で賄えるほどの量。それから……、あ。


「品種改良」

 僕と瀬名さんが同時に答える。


「ご名答。さすがうちのゼミ生だ」


 グラデーションのトウモロコシ、白いトマト、他にも見たことないようなものも見かけた。


「そのイヌサフランを調べてみないと何とも言えないが、睡眠作用のある植物と掛け合わせたのだろう。他にもなるべく苦しくならないように……」


 そこで先生の言葉が途切れる。顔を上に向け息を吐きだした。毛量の多い髪の隙間から覗いた顔は悲しそうに微笑んでいる。


「人を殺している人に掛ける言葉じゃないだろうが、思ってしまうよ。……なんて優しい殺し方なんだ、と……」


 眠るように殺す毒草。それは、品種改良で作り上げられたもの。


「出産が桜の咲く時期限定なのも、イヌサフランがギョウジャニンニクと似ている時期が春だからだろうね」


 桜の花の加護とはよく言ったものだね。


「僕からはこんなところかな」

 先生の解説が終わったようだ。


 でも、狭霧さんと月華さんは先生の解説を聞いても驚いたそぶりは見せなかった。まるではじめから知っていたように……。


 ふと、畳の上に散らばっている紙が目に入った。月華さんが書いたもの。その一つに目が留まる。


『どうか、呪いをとめてほしい』

 月華さんが僕たちに一番伝えたかった思い。


――とめてほしい? そういえば森羅さんから先生への手紙でも「呪いを終わらせてほしい」と書かれてあった。既に月華さんも狭霧さんも森羅さんも呪いのからくり自体はわかっていたんだ。


 なら、どうして僕たちにお願いした? 

 考えられる可能性は二つ。


 一つ、止められない何かがある。

 二つ、誰が行っているのか分からない。


 ただ、月華さんが当主である今、権力で止めようと思えば止められるだろう。即ち、後者。


 月華さんの筆が動いた。

『答えなら これにすべて書かれてある』


 座卓に置かれた風呂敷から出てきたのは、狭霧さんの話で出てきた赤・青・緑の三冊の本。


「そうですか。拝見してもよろしいかな?」


 先生の問いかけに月華さんは頷いた。狭霧さんは静かに目を伏せている。


 先生の両隣に僕と瀬名さん。僕の後ろには幹史。瀬名さんの後ろには竜也さん、と集まって本を覗く。


「できれば、青、緑、赤の順で読んでいただきたく」


 目を伏せたまま狭霧さんが告げる。まばたきをしながら頷いた先生は青の本を手に取り、開いた。そこには、『百鬼伝承』の内容が書かれてあった。狭霧さんから聞いた話と同じ内容でとても丁寧な字で綴られている。


 次に緑の本を開いた。狭霧さんが語ってくれた百鬼伝承の続きの話。これまた丁寧な字だけれど、青の本とは違う者が書いたようだ。


 最後に赤の本。――それは、今までの本とまったく趣向の違うものであった。例えるなら、日記。



『十二月十八日 梅の季節が始まった。寒い。手がかじかんで字が書きにくい。でも書き残しておかないと。またあいつに怒られた。配膳する順番を間違えただけで数時間正座だ。くそ野郎』


『十二月十九日 今日も「お前は大馬鹿者だ」って怒られた。椀の洗い残しがあったからって夕飯抜きだ。お腹がすいて死にそう』


『十二月二十一日 なんで俺ばっかり怒られるんだよ。ちょっとおやつをあげたくらいであんなに叱ることないのに。殴られた頭がジンジンする。あいつは俺が嫌いなんだ。だからしょうもない理由をつけて怒ろうとする。くそくそ野郎』


『十二月二十二日 今度は俺がおやつを食べたことを怒ってきた。なんなんだよ。隠れて食え? なんでそんなことしないといけないんだ。むかつく』


『十二月二十七日 昨日まで地下牢に入れられていたから数日空いた。当主様の娘が死んだ。俺のせいだって。意味わかんない』


『一月一日 俺は、大変なことをしてしまったのかもしれない。今日聞いたんだ。当主様の娘は病気を持っていたって。何の病気かって? 卵が食べられない病気だ。あの日、あの子が死んだ日、俺は卵ぼうろをあげた。だって食べていた僕を見て羨ましそうにしていたんだもん。知らなかったんだ。俺は悪くない』


『一月三日 ちゃんとあいつの話を聞いておけばよかった。そうしたら、こんなことにはならなかったのに。あいつは今日死んだ。娘を殺した罪で当主様に。くそ野郎は俺だ』


『一月六日 今日も人が死んだ。きっと明日も死ぬ。当主様はもう止まらない』

 

『一月十二日 たくさん死んだ。もう百人ちょっとしか残っていない。明日には俺も殺されるかもしれない』


『一月十三日 俺は今日も殺されなかった。俺があの子のお気に入りだからだって。馬鹿みたい。殺したのは俺なのに』


『一月十六日 当主様は泣いていた。部屋で、一人で泣いていた。夜にはあんなに怖い顔をしているのに。当主様は言った。自分じゃ止められないって。俺に何かできることはないだろうか』


『一月十七日 一日中考えて思いついたことがある。この島に伝わる鬼の昔話、百鬼伝承を使った方法だ。明日当主様に話してみよう』


『一月十八日 当主様が喜んでくれた。俺は、発想力はいいんだ。きっとうまくいく』


『一月二十四日 どうしよう、うまくいってしまった。当主様が人を殺し続けたのは、鬼に乗っ取られていたからで、百人になったら止まる。と皆に言いまわったら信じてくれた。当主様の夜の人殺し病も止まった。でも、どうしよう、もうすぐ赤ちゃんが生まれる。百一人目になったら俺の嘘がばれる』 


『一月二十五日 そうだ。殺してしまえばいいんだ。一人生まれたら一人殺せばいい。百人の鬼の呪いとして、百鬼伝承の続きをつくろう』


『一月二十九日 うまくいった。俺は今日人を殺した。胃のものがなくなるまで吐いた。今になって涙が出てきた。今日はもう終わり』


『三月二十七日 あれからたくさん殺した。赤子が生まれてくるたびに殺した。もう殺したくない。血を見たくない。そうだ、俺じゃない誰かに任せよう。植物に詳しいあいつなら手伝ってくれるかもしれない』


『三月二十八日 あいつがたくさん教えてくれた。毒をもつ、食べ物に似た植物があるんだって。ギョウジャニンニクと似たイヌサフランという毒をもつ植物を教えてくれた。絵も描いておこう』


『三月三十日 今日はあいつが殺した。ギョウジャニンニクと噓をついてイヌサフランを食べさせたら苦しんで死んでしまった。あいつは笑っていた。楽しんでいた。恐ろしい。でも、俺もあんな顔で殺していたのかもしれない』


『四月十日 どうしてだろう、次の当主に俺が選ばれた。あいつは言う。俺は天に選ばれし者なんだと。一族を好きに変えられるんだと。正直、もう何もしたくない。なら、俺が何もしなくていいように一族を変えてしまえばいい』


『四月十五日 あいつに園丁(えんてい)の職を与えた。園丁は百人を維持させる大事な役職。だから、受け継いでいく。そして、次に赤子が生まれたら、俺が死のうと思う。俺は生き過ぎた。十四回も季節を迎えてしまった。真っ先に地獄に行くべき人間なのに。地獄に行ったら当主様に会えるかな。そうしたら俺の罪を告白しよう。許されなくたっていい。永遠の世界で俺は謝り続ける。でも、一つ心残りがある。天国に行ったあの子に謝れないことだ。あと、あいつにも。俺を叱ってくれてありがとうって言いたかったな。本当に、俺はずっと大馬鹿者だったよ。

あ、そうだ。これを読まれたら大変だから、この島から文字を無くそう。俺ももう文字を書かない。さようなら』



 そこで日記は終わっていた。

 息をするのを忘れてしまうくらい、重く悲しい日記だった。


 上から頭に冷たいものが落ちてくる。何粒も落ちてくる。聞こえてくるのは整わない息遣い。


 僕は常備しているポケットティッシュを頭上にあげ彼に渡した。無言で受け取った彼は、それを自分のポケットにしまった。


 いや、なんでだよ。


 冷たい雫は依然僕の頭に降り注ぐ。きっと自分でも何をしているのかわからないくらい感情移入してしまっているのだろう。幹史はそういう奴だから。


 先生を挟んだ反対からもすすり泣く声が聞こえてきた。いつの間にか隣に来ていた竜也さんの背を瀬名さんが優しくさすっている。


「これが何年前のものかは存じ上げませんが、ここにすべての始まりが書かれてありました。この島で文字を読むことのできる人間は、月華と私の二人だけです」


 つまり、二人だけが知る真実ということ。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。

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