第二十九話 乙守島【三日目】「目から鼻へ抜ける」
「『とくべつなニンニクを食べる日もあるのよ。大人になってからだけどね』ですね?」
僕は、あの時に聞いたこどもの姉――晴嵐の言葉を思い出した。
「おお、そうだ。よく知っていたな」
「賢いこどもに教えてもらいまして」
「そうか。まあ、その特別なニンニクを貰いに、生まれた子の親族は屋敷へ行く。そこで当主様からニンニクを受け取り……、いや、今は当主様代理から受け取り、世話になった方に渡しに行くんだ。十六回目の桜の季節を迎える前のこどもにはそのニンニクは刺激が強くて胃を壊すらしいから、賢いこどもは『大人になってから』と言ったんだろうな。実際には渡す人は決まっていない。ただ、渡された者はそのニンニクを必ず食べる必要がある。食べると眠くなり、寝ているうちに魂が選ばれ新しい体に移るというわけだ。ただな、誰の魂が選ばれるかはその時になってみないと分からない。特別なニンニク、『祝いのニンニク』と俺らは呼んでいるが、祝いのニンニクは十渡す必要があるからな。必ず」
話を聞いて確信に変わる。これは『呪い』なんかではない。『祝福』なんて以ての外。疑う余地もなく人為的なものだ。
「うん。これでほぼ全容が見えてきたね」
言ったのは瀬名さん。
先生も満足そうにしている。聞きたいことが聞けたといった顔だろうか。
「もう、よろしいですか?」
狭霧さんが先生に尋ねる。
「はい。十分です」
「それは良かった」
狭霧さんは微笑み、百合さんに頭を下げて車いすを押しながらドアを出た。
「……最後、僕からもいいですか?」
皆がドアを出た後、一番後ろにいた瀬名さんが百合さんに尋ねる。立ち止まって僕も振り返った。
「月華さんの隣に狭霧さんがいて、百合さんは何も思わなかったの?」
「……ああ。あのことか」
少し考えた後、百合さんは笑って答えた。
「屋敷の中でのことなんか俺たちには興味ないさ。自分たちの目で見たものを信じるだけだ。こっちはな、十数回も前の桜の季節から、あの二人が手を繋いで駆けていく姿や、樹海で遊ぶ姿を見ているんだよ。狭霧坊ちゃんが月華坊ちゃんを怪我させた? こどもでもわかるような嘘を誰が信じるか。あの二人は俺たちにとって、いつまでも変わらずやんちゃなガキんちょだ。例え何かしたとしても、ドーンと構えて受け止めるだけだ」
腰に手を当て満面の笑みを浮かべた百合さん。
「そうですか。なら、この先もこの島は安泰かな?」
瀬名さんは優しく微笑んだ、
この島の豊かな作物。当時こどもであった月華さんや狭霧さんだけではここまで大きくできなかっただろう。島民の協力あってこそ、だ。そして、島民が生き生きとできるような環境を上の立場である二人は作っていった。
きっと島を託されたという先生にも懸念点はあった。呪いを解くことで、うまく成り立っている現状を壊してしまうのではないか。島民は、呪いを解くことを望んだ二人を許さないのではないか、と。
でも、それは杞憂で終わるかもしれない。
瀬名さんは前にいる僕の背を押し、ドアを出た。
「お邪魔しました」本土での挨拶を入れて。
百合さんは玄関前で僕たちに大きく手を振り見送ってくれる。百合さんとは苦い思い出があった。だけれど、今こうして話し、僕たちは本当の百合さんを知ることができた気がする。
「屋敷に戻りましょうか」
車いすを押す狭霧さんを先頭に僕たちは歩き出す。
「宇田ちゃん、ちょっと泣きそうだったでしょ?」
「うるさい。一度に色々なことを聞いて感情がぐちゃぐちゃになってしまったんだ」
「で、泣いた?」
「泣いてない!」
騒がしい先輩たちだ。
「ふふん」
先生も腕を組んでひとりニヤニヤしているし。
「……ニンニク? なんでニンニク?」
こっちはこっちで首を傾げているし。
――あ、そうか。幹史は朝礼に出ていないからニンニクの件を知らないんだ。その後も集落にお邪魔したり宴をしたり、祝福が合ったりで話す時間が取れなかった。話そうとは思っていたんだよ? ちょっと忘れちゃっただけなの。だって、忙しかったんだもん。
でも、大丈夫。先生が教えてくれるよ。解き明かした呪いも含めてね。
僕たちは再び当主の部屋に戻ってきた。勿論、こっそり。狭霧さんを先生が手伝い、月華さんを車いすから降ろして布団に座らせる。そして安堵の一息。
「無事見つからず戻ってこられましたね」
「ですね」
先生と狭霧さんは苦笑いで顔を見合わせた。危ない場面がいくつかあったからね。
「戻って来て早々だけど、呪いの解説と行こうよ、先生」
胡坐をかきながら右手で頬杖をついた瀬名さんが言う。その顔は楽しくて仕方がないといった様子。
「俺も早く知りたい!」
同じく胡坐をかき膝に両手を置いて前のめりになりながら幹史が催促する。僕と竜也さんも頷いた。
「おお、皆乗り気じゃあないか! ごほんっ。では早速――」
「その前に……」
先生の前に右手を出し、口を挟んだ狭霧さん。視線は襖へと向いていた。
「そこにいるのはどなたですか」
狭霧さんが問うと、ゆっくりと襖が開けられた。
「……当主様、突然の訪問をお許しください。そちらの狭霧殿に用があって参った次第であります」
現れた人物はすぐさま跪き挨拶と要件を述べる。とても柔らかな男性の声。
月華さんの合図を受け、狭霧さんが顔をあげるよう指示をした。
「有難く存じます」
そして、その人物は顔を上げた。
「お初にお目にかかります。私、『夕星』と申します。皆様のお噂はかねがね伺っております」
とても丁寧な口調で好感を抱く。
――そう、本来ならそうなのだ。なのに、この夕星という人物の顔に問題があった。何を隠そう糸目なのだ……!
柔らかい声と丁寧口調、中世的な顔立ちに糸目。僕の言わんとしていることが伝わるだろう。
そう、お決まりなのだ! 糸目は裏切る! ……そりゃあ、裏切らない糸目もいるけれど、漫画やアニメを数々見てきた人間なら、この顔を見たらそう思ってしまうもの。
ほら、幹史も竜也さんも警戒している。瀬名さんも鋭い目線を――、いや顔を輝かせている?
……あー。お仲間を見つけたのか。飄々としたイケメンもどちらかと言うと裏切るタイプですもんね。
「ちょっと、千界。今失礼なこと思ったでしょう?」
「……別に」
「なんだね、その間は」
「……別に」
まあ鋭いこと。
夕星さんは朗らかに微笑んで立ち上がると僕たちに向けて頭を下げた。僕たちも頭を下げる。
糸目の彼はきっと頭も切れて身軽に動けて……、ん?
夕星さんにどこか違和感を抱く。着物を着ているから屋敷の人で間違いないだろうけれど、羽織? この三日間で着ている人は誰もいなかった。しかも、なんかごつい? 背中がやけにごついような。鍛えている?にしては首や足首が細い気がする。
違うな。ごついというか、まるで昔の赤子を背負った母のような……。そうだ、ねんねこ! あんな感じだ。
「狭霧殿にお届け物です」
夕星さんがそう言うと、羽織の襟元からこどもの顔が飛び出した。
「……っ、ナナ!」
狭霧さんが目を開き驚いた声を上げる。
しゃがんだ夕星さんが背負っていたナナを下ろすと、真っ先に狭霧さんが駆け付け、そして抱きしめた。
心配じゃないわけなかったんだ。理由があったとしても、一人家に残したナナのことが。
「すみません、ありがとうございます、夕星」
狭霧さんはナナを抱きしめたまま夕星さんにお礼を述べた。
「……ぷはぁ。堅苦しいのは好かんです」
息を吐きだした夕星さんはその場にへたり込んだ。
「もう、屋敷中の視線が鋭くて。何とかここまで誤魔化せましたけど。疲れたぁ」
こっちの姿が夕星さんの素なのだろう。糸目のままだけれど、親しみやすくなった。初めは気が付かなかったけれど、どこか幼さも感じる。歳は高校生くらい?
「ゆうちゃん、ありがとう。ごめんね」
「ううん、いいよ。あのスリル感は楽しかったしね」
狭霧さんの腕から離れ、夕星さんに近づき膝をついたナナがお礼を言う。彼はそんなナナの頭に手を置いて優しく微笑んだ。そして立ち上がると、正座になおる。
「紹介と用件だけ簡潔に。この夕星、百日紅の季節を迎えたのは十五回目になります。今から七回前の桜の季節、師匠の植物に対する愛情を間近で拝見し、その手腕に惚れ弟子入りを申し込みました。弟子入りは断られましたが足しげく通っていましたら、七回前の梅の季節、晴れて自宅の庭にお邪魔できることになりました。弟子の件はまだ未承諾ですが」
つまり、十五歳。そして、いずれの狭霧さんの弟子。
「儀式の後、いつもなら真っ先に家に戻る師匠が残っていましたので遠くから様子を伺っておりました。その後客人と共に屋敷に向かわれましたので、私が狭霧さんの家へ赴きナナちゃんを迎えに行った流れになります。意識の端に心配事があると最善のパフォーマンスができませんでしょう?」
「ええ。本当に助かりました」
なんて気の利いた子。
「では、私はこれにて失礼いたします。……併せて、当主様の昼食の配膳も止めておきました。理由は『気分が優れないため』と申しております。聞かれた暁には合わせていただけると幸いです。では、ごゆっくり」
一礼した夕星さんは静かに襖を閉めた。
あ、この子できる……!
その場にいる皆が共鳴した瞬間であった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




