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第二十二話 乙守島【三日目】「騎竹の交わり」


 それは、桜が満開に咲き誇っている頃だった。


「なあ、狭霧(さぎり)。あれなに?」

 高い木に登って海を眺めていた月華(げっか)が、まだ登っている途中の僕に聞いてきた。


「ちょっと待って、今行く」


 小袖(こそで)での木登りは、最初は難しかったけど今じゃお手の物。僕は月華の待つ場所まで登っていく。


「んー」と、僕の方を見ずに海の方を見て返事をした月華。


 定期的に屋敷を抜け出しては、こうして月華と樹海で遊ぶ日々。夜の樹海は怖いけど、太陽の登っている時の樹海はとても奇麗。特に、高い木の上から見る海が大好きだ。


「船、じゃない? 形は違うけど海の上に浮かんでいるし」


 月華の待つ場所まで登りきり、彼の指さす方を向く。そこには、白い船のようなものが砂浜に泊められていた。


「船かー。でも、船ってゆっくりじゃない? なのに、ビューンって超早かったんだよなぁ」


 右手を勢いよく斜め前に伸ばし、船の速さを再現して見せてくれた。


「あ、誰か船から降りてきた」

 白い船から大きな荷物を持った人間が降りてきたことを、まだ右手で船の真似をして遊んでいる彼の袖を掴んで教える。


「本当だ。見に行こう!」

「いや、それはさすがに危ないんじゃない?」


「そう?」


「もし、何か武器とか持っていたら僕たちじゃ勝てないよ」

「あー、たしかに。ここを通るのを待つか」


 僕たち二人は、木の上で船から降りた人間がここを通るのを静かに待った。


 そして、太陽が少し海に近づいた頃、その人間が木の下を通り過ぎた。楽しそうにフンフンと歌っている。しかし、急に立ち止まった人間。


「よお、そこで何してんだ? やんちゃボーイズ」


 僕たちに気付いている? でも、木の上は向いていない。ただの偶然?

 そう思っていた僕とは反対に月華は木を降りていき、人間の前に姿を見せた。


「ちょっと、月華! 危ないって!」


「平気、平気。なんてったって、『思い立ったら即行動!』が俺の生き方だからな」


 木の上から注意する僕に、月華は手を大きく振りながら笑って言った。


 はぁ……。そんな生き方やめてもらいたい。


「こんにちは、お兄さん」

「こんにちは。――ふん、案外こどもだったな」

 顎に手を当て、月華を見つめる人間。


「何の用ですか?」

 木を降りた僕は、人間と月華の間に入り手を横に広げた。

 月華は僕が守らないと。この人間は怪しい。


「ああ、すまん、すまん。まさか人間がいるとは思わなんだ」

 この人は何を言っているんだ? 


 この島の外にはもっと大きな島があって、そこにはたくさんの人間が住んでいると聞いていたけど、この人もそうなのだろうか。それに、外の人間は怖いと聞いた。これ以上、この人に近づいたら危険だ。


「じゃあ、僕たちは帰りますので」


「ちょっと待った! 少し話を聞かせてくれよぉ。この通り!」

 人間は目を瞑って手を顔の前で合わせた。


「……行こう、月華」

「いいじゃん、少し話そうよ」

「ダメ」

「えー、お願いだよ、狭霧ぃ」


 月華はこうなったら意地でも動かない。これは『お願い』じゃない、命令だ。


「……はぁ。少しだけだよ」

「やたー!」


「おお、話の分かるこどもじゃねぇか! ありがとな」

 人間は腰に手を当て歯を見せて笑った。


「何聞きたいの?」

 月華が聞くと、人間は考えた後落ちていた枝を拾って、砂に何かを書き始めた。


「聞きたいことは二つ。一つ目、どうしてここに人間がいるのか。二つ目、何人くらいいるのか」


「これ、なに?」

 僕たちはこの人の言葉よりも、書いたものが気になった。真っ直ぐなものや曲がったもの、ぐるりと回転しているもの、四角や三角屋根みたいなものが合わさっている。


「……文字、知らねぇの?」

「文字?」


 このうねうね、かくかく、ぎゅっぎゅっ、したものは『文字』というのか。


「お前ら十二、三歳くらいだろう?」

「さい?」


「生まれてからどのくらい生きたか、だ」


「えっと、俺が生まれた桜の季節から今は十回目の桜の季節」


「つーことは、十歳か。なのに、ひらがなも漢字も読めない? いや、そもそもここには文字という概念が存在しないのか。なら、本とか文献とかもなさそうだな。聞くしかないのか?」


 ぶつぶつ言っているし、言葉のほとんどが聞いたことない言葉でよくわからない。


「よし、これはなしだ!」

 立ち上がった人間は、靴で地面に書いたものを消した。


「もう一度言う。今度は耳で聞いてくれ。その一、お前らは何者だ。その二、ここがどんな所か教えろ」


 始めに聞いてきたことと若干違うような気がするけど、まあいいか。


「俺たちは――」

「どうしてそんなことを聞くんですか?」

 迷いなく答えようとした月華の口を塞ぎ、僕は人間に聞いた。


 月華は警戒心がなさすぎる。この人間がどうしてここに来たのか、僕たちはまずそれを調べないといけない。それに、僕たちは知らないんだ。この島以外の人間を。会ったことがないんだ。だって、僕たちが生まれてから一度もこの島に来た人間はいなかったのだから。


「お前賢いな。そうだ、初めて会った人間に自分らの情報をそうホイホイ教えてはならん。……そんじゃまあ、腹の探り合いと行こうか」


 人間の顔つきが変わった。目を細めてよく笑う元気な顔から、目をしっかりと開いた真剣な顔になっている。唾を飲み込んだ。胸がドキドキしている。言葉の戦いが、始まる。


 「……へ?」


「え、マジ? お前ら鬼の血を引いてんのかー!」

「まじ、まじ! 俺たち鬼なんだよ。 ……『まじ』ってなんだ?」


「いやぁ、レビューゼロでも来てみるもんだな」


 なんなんだ、この『加苅(かがり) 森羅(しんら)』と言う人間は。あんなに真剣な顔になっておいて、次の瞬間には自分のことをべらべらと話して。僕はこの人が苦手だ。


「まま、怒らなさんな」

「別に怒っていません」

「ふーん?」


 やっぱり苦手だ。


 この人間の名前は『加苅 森羅』。今や、鞄から取り出したガサガサの布を広げ樹海の中に勝手に居座っている。僕たちも流されるままその布の上に座らされていた。


 断言できる。この人は月華以上に自由人!


『加苅 森羅』は、この島の外の『日本』というところから来たという。この人が言うに僕たちの島も日本の一部みたいだけど、この人が言うことなので本当か分からない。


 この島に来たのは、ここ乙守島が無人島だったかららしい。『無人島』という言葉を知らなかったけど、この人が云うに「人の住んでいない島」を指すとのこと。でも、人間、僕たちを見つけた。だから、『無人島生活』?というものをしに来た予定を変えて、僕たちのことを知ることにしたらしい。


「で、ここに住む人間が鬼の末裔――鬼のこどもってことな。であるのは分かった。ならさ、鬼の昔話とか残ってねぇの? ぜひ、教えてくれ」


「いい――」

「ダメです!」

 月華の言葉を遮って僕が答える。


 絶対すぐに教えようとすると思った。少しは警戒心を持ちなさい。だって君は……。


「教えるなら、等価交換です!」

「お、早速俺が教えた言葉使いやがってー」


 『等価交換』。価値が同じくらいのもの同士を交換すること。と、この人が言っていた。


 鬼の昔話、それはきっと『百鬼伝承』のことだ。これは、初代当主様から受け継がれてきたこの一族の大事なもの。簡単に教えることはしちゃいけないはずだ。


「何を聞きたい? なんでもいいぞ。こっちでの昔話だっていいぞ。『桃太郎』っていう鬼が出てくる昔ばなしがあるんだぜ? 他にも太郎違いの『浦島太郎』や『金太郎』、俺の一押し『鶴の恩返し』とかな」


「そんなのには興味ありません。僕が知りたいのは、『文字』です」


「ほお。そうきたか。理由は?」


「以前、屋敷を掃除していた時に、その文字というものに似たものがたくさん書かれたものを見つけました」


「それが気になると?」

「はい」


「えー、俺は鬼が出てくるっていう『ももたろう』が聞きたかったんだけどなぁ」

「月華はちょっと黙ってて」

「はーい」


 今いいところなんだから。もし、それに書いてあることが分かったら、この『呪い』がなにかわかるかもしれない。


 『百鬼の祝福』を園丁(えんてい)である父はずっと『呪い』だと言っていた。その意味はまだよくわかっていない。でも、あれが理解できたら父の言う『呪い』がわかると思うんだ。そして、知るべきなんだ。次期園丁候補として。


「文字を教えるのは構わない。でも、これだけは約束してくれ。……覚えた文字は誰にも教えないこと。そして、自分らが文字を読めることを誰にも言わないこと」


「……わかりました」

「どうして?」


 もう、月華は! ここは頷いておけばいいのに。


「ほうほう、月華には文字は教えられるな。狭霧はまだダメだ」


「どうしてですか!」


「お前、とりあえず頷いておけばいいと思っただろう」

「うっ……」


「この場合の交渉は理由を聞くことだ。だから、月華が大正解!」

 にかっと笑った森羅さんは月華の頭を撫でた。嬉しそうする月華。


 僕は選択を間違えた。月華がいなかったら文字は教えてもらえなかったかもしれない。もしくは、教えると言っておいて、適当なことを教えられたかもしれない。――うん、この人のことだ。絶対そうなっていた。そして、僕はこの人にいいように使われていただろう。


 僕は立ち上がり、頭を下げる。

「……すみません。真剣に聞かず頷いただけでした」


 「間違いはごまかしてはいけない」これも父の言葉。「悪いところがあったなら誠心誠意謝ること」そう教わった。僕もそうだと思う。だから、間違いを謝る。


「いい子だな。その年で自分の過ちを認め謝れる奴はなかなかいない」


 座った僕の頭を森羅さんは笑顔で撫でてくれた。その手はとても暖かい。


「文字が広まるとどうなると思う?」

 森羅さんは僕たちに問いかけた。


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