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第十七話 乙守島【二日目】「一寸の光陰軽んずべからず」


 それからは、約三軒の島民の家にお邪魔させてもらった。湯呑みや急須、皿などの陶芸品を作っている家、衣服や布製品などを作っている家、建築や家具の製作を請け負っている家々など、島民で分担し支え合っていることが見て取れた。


「良い島だな」

「はい」


 貰った湯呑みを見て呟いた竜也さんに僕も同意を示す。鬼の末裔のことや、呪いのことを忘れてしまいそう。それほど、島民たちの顔は生き生きとしていた。


「結構回れたね」

 顔を上げて片目を瞑り、もらった湯呑みの中を覗きながら瀬名さんが言う。


「上物だね、売ったら高そう」

 と、呟いては鑑定士さながらに湯呑みを隅々まで見ている。


 僕は陶芸には造詣が深くないのでよくわからないけれど、これをプレゼントされて嫌な人はいないだろう。そう思えるほどに、素敵な湯呑みだ。早くこれで茶を飲みたいな。


「おーい!」

 各々湯呑みを見ていると、遠くから声をかけられた。


 幹史(かんし)か。両手はこどもと繋がれている。雪天(せってん)垂氷(たるひ)の兄弟だ。


「楽しく回れ――ぶふっ、あはははは!」

 いきなり笑い出した幹史。どうやら僕たちを見て笑っているようだ。


「な、なに、それっ……。あはは!」

 こどもたちと手を離し、僕たちの頭を指さして笑っていた。


 互いの頭へと視線を移す。何がそんなに面白いのか。


 羊の角と耳の付いたクリーム色のニットガイドを被っている僕、犬の垂れた耳が付いた灰色のヘアバンドを付けている瀬名さん、くまの耳の付いた茶色のパネルキャップを被っている竜也さん。どこも面白いところなんてない。


「何がそんなに面白いの?」

 僕は幹史に問いかける。そして、三人顔を見合わせ「ねぇ?」と首を傾けて共鳴する。


「……は?」


「皆まで言うな」

 困惑している幹史に瀬名さんは口角を上げると、島民に貰った手作りの袋からオオカミの大きな耳が付いた黒色のバケットハットを取り出し被せた。


「仲間になりたかったんだろう?」

 ウインクしいい声で言う。


 みるみる赤くなっていく幹史の顔。


「みんな、お揃いだ!」

「仲いいね」

 被された帽子を取ろうとする幹史の手が止まる。純粋なこどもたちの声によって。


 雪天と垂氷の穢れなき眼に見つめられては、幹史お兄ちゃんもなにもできやしない。帽子を掴んでいた手は力なく垂れさがった。


「あれ、お兄ちゃんどうした?」

「元気ないの?」


「い、いや。元気だぞ!」

 心配そうに覗き込むこどもたちに、幹史は無理にでも笑顔を作って答えた。


「良かったね!」

「ね!」

 お互い顔を見合わせた二人は、声を合わせて喜ぶ。


 ちなみに、雪天と垂氷は双子らしい。見た目も背丈も違うけれど、仲の良い双子の兄弟だ。


「あら、あなたたち一緒だったのね。良かった、ちょうどお客さんを呼びに行こうと思っていたの」


 声が聞こえ視線を送ると、そこには一人の少女が籠を腕にかけ立っていた。朝礼の後、雪天と垂氷と一緒にいた子だ。


「『晴嵐(せいらん)』おねえちゃん」


 その少女の姿を見つけると、垂氷は駆けていき抱き着いた。遅れて雪天も姉の元へと駆けていく。


「ねえちゃん、どうしたの?」

「迎えに来たのよ。お父さんとお母さんがご馳走を用意して待っているわ」


「わーい!」

 籠を持ち上げた姉に弟たちは声を上げて喜んだ。


「お兄さんたちも一緒にどう? ちなみに狭霧さんには許可をもらっているのよ」


 そう言われては断る理由はない。僕たちは頷いた。そして、こどもたちに手を引かれるまま、彼らの家へ赴く。


 道中島民とすれ違う度帽子について触れられ、外そうとするもこどもたちの手前できず、持て囃されて恥ずかしさののち、とうとう幹史の顔は死んだ。


 ちょっとからかいすぎたかな。だって瀬名さんの提案に逆らえなかったんだもん、と言うのは建前で彼の反応が見たかったというのが本音。想像以上の反応を見せてくれて、僕たちは満足です。ほら見てくださいよ。先輩たちのこの満ち足りた顔を。かわいい後輩の反応を見るために自分たちの羞恥心を犠牲にする潔さ。おかげで僕も道連れになったけれど、こんな反応が見られたのでまあいいでしょう。


「待っていたよ!」


 彼らの家に着くと、父親の『(にしき)』さんと母親の『(ひさぎ)』さんが盛大に歓迎してくれた。


 テーブルに並べてある料理はご馳走と言うだけあって、品数も多く、どれもが目を引くものばかり。


「随分楽しめたようだね」

 聞きなれた声が聞こえる。


 手を洗いに行っていたのか、ハンカチで手を拭きながら現れた先生。僕たちの被り物やもらったお土産を見て、とても満足そうに口角を上げている。


 もう我慢の限界だというように、幹史はオオカミの耳が付いたバケットハットを取ると瀬名さんに返した。


「なんで先生がここにいるんだよ」

 不貞腐れた声のまま先生に問いかける彼。


「晴嵐くんが今宵の宴に招待しに、狭霧さんの畑までやってきたからだよ。どうせなら僕も行きたいと申し出たところ、もとよりそのつもりだったようでね。ご招待にあずかったのは狭霧さんではなく客人の僕たちだったみたいだ」


 ハンカチを書生服の胸元にしまいながら席に着いた先生は、僕たちにも席に座るよう促す。


 いや、ここはあなたの家ではないのですが。

 しかし、錦さんたちは気にしていないようで、「そうそう、座って」と頷いている。被り物を取った僕たちは各々好きな席に座った。


「それでは、新たな出会いを祝しまして――」

「カンパーイ!」


 錦さんの乾杯の音頭に合わせて、木でできたジョッキを打ち合わせる僕たち。ファンタジー世界にあるような木のジョッキを実際に使えるなんて、それだけでも心が躍っている。中身は、大人はワイン、こどもはぶどうジュース。僕はアルコールが苦手なのでぶどうジュースを貰った。


 ローストチキン、ローストビーフなどお祝い事の定番食に、チーズたっぷりのラザニアやグラタン、野菜たっぷりクリームシチュー、サラダボウル、パン、それから魚丸ごと一尾使ったアクアパッツァもある。食後にはケーキもあるらしい。こんな絵に描いたようなご馳走には滅多に巡り合えない。これは、堪能しなければ……!


 目の前の湯気の出ているクリームシチューをスプーンで一口。


「……濃厚……!」


 思わず声に出してしまうほど、濃厚なクリームシチューだった。じゃがいもに絡めてもう一口。手が止まらない。クリームは主張しすぎず大きく切られたホクホクの野菜たちともマッチしており、まさに絶品と言える一品だろう。


 この島の料理のクオリティーはとても高い。お昼にご婦人から貰ったソーセージとレタスのクレープも美味しかった。そもそも素材がいいんだ。十分に日光を浴びた採れたて新鮮な食材たちを使った料理。絹さんに案内された屋敷で出された、どら焼きもさぞかし美味しかったことだろう。今更食べなかったことが悔やまれる。あの時は、警戒していたのだから仕方がなかったとしても。


 もうクリームシチューが無くなってしまった。おかわりしてもいいのかな?


「どうだい、美味しいかい? このシチューにはうちで採れたミルクで作った生クリームを使っているんだよ」


 楸さんは、食べ終わった僕の皿にクリームシチューのおかわりをよそいながら教えてくれた。


 うちで採れたってことは、もしかして酪農を担っているのかな。


「このチーズもうちで作っているのよ」

 ラザニアやグラタンの上にかかっているチーズを指さして晴嵐が得意げに言う。


「あのね、あのね。バターも作っているんだよ」

 目を輝かせ前のめりになりながら垂氷も教えてくれた。


 島としては小さいけれど、集落としては広大な土地となる。酪農、いや畜産ができる牧場や施設もきっとあるのだろう。


 立ち上がった雪天はドアを開けて外に出た。戻ってきたその手には小ぶりの壺が抱えられている。

「朝採れたミルク!」


 笑顔で言った雪天に、瀬名さんが手を挙げた。

「僕飲みたいな」


 その言葉に一段と笑顔になった彼は、新しく用意した木のコップにゆっくりとミルクを注いだ。


「……美味しい。え? 牛乳ってこんなに美味しいの?」


 牛乳を一口飲んだ瀬名さんが目を大きくして驚く。すかさず隣の竜也さんにコップを渡して、飲むよう勧める。


「……これ、本当に牛乳か?」

 一口飲んだ竜也さんも驚きの声を上げ、もう一口かと思ったら飲み干してしまった。


「あ、ちょっと! 全部飲むやつがいる? 雪天くん、おかわりってもらえるかな?」


「もちろん!」


「俺も飲みたい!」


 ワインを飲み干したジョッキを掲げた幹史。次はミルクをご所望ですか。先輩二人が絶賛するものに興味があるようだ。ミルクはアルコールの吸収を遅らせるみたいだからワインを飲みすぎないといいのだけど……。


 牛乳を飲み干した幹史にワインのおかわりを進める錦さん。幹史は丁寧に断り、楸さんと料理について盛り上がっている。


 その点は、うん、心配なさそうだね。


「このローストビーフやばいっすね」

 楸さんと幹史の料理談議に竜也さんも加わったようだ。


「ありがとう」

 注いでくれた雪天にお礼を言って微笑んだ瀬名さん。


 どうやらワインは乾杯の時に一口飲んだだけだったようで、喉が渇いていたのか瀬名さんは注いでもらったミルクを一気に飲み干した。この飲みぶりや幹史と竜也さんが料理を頬張る姿に、錦さん一家はとても嬉しそうに笑っている。自分たちの作ったものが受け入れられると嬉しいし、次の原動力になりますよね。ただご馳走をいただくだけにならなくて良かった。


「……来てもらって、良かったな」

 先生が小さな声で呟いた。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。

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