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第十四話 乙守島【二日目】「他人の空似」


 「当主は、狭霧(さぎり)くんだったりして?」


 一瞬冷える空気。隣で竜也さんが息を呑んだ。


 少しの沈黙後、零れた小さな笑い声。手を口元に当てている狭霧さん。

「……ふふ、ばれちゃいましたか」


 口角を上げ、朝礼台に登壇している絹さんを見つめている。


 当主が狭霧さん? でも、不思議と腑に落ちた。丁寧な言葉遣いや、凛とした佇まい、そして所作。どれをとっても育ちの良さが伺える。そして、集落から離れた位置にある家、広大な畑の管理権限。さらに、百合さんや帳さんの狭霧さんに対する深いお辞儀は敬意を表していた、と考えると納得がいく。


「――と言いたいところですが、残念ながら違います。私は一介の民ですよ」


 そんな考えを打ち消すように否定の言葉が聞こえた。同じように頭を傾け瀬名さんに視線を送る狭霧さん。


 刹那、彼の後ろから差した太陽はさながら後光のよう。


「本当にそうでしょうか」

 狭霧さんに飲まれてしまいそうな空気を裂いた瀬名さん。彼を見つめ返す。


「と、おっしゃりますと?」

 疑いの目を向ける瀬名さんに対し、狭霧さんはどんな推測も受け入れるそうだ。


「当主が前に出てこないのは別の人間としてここにいるから、とか。ナナちゃんも当主権限で匿っている、とか?」 


「なるほど、面白い推測です。しかし、まだまだですね、瀬名さん。大外れです」


「……へぇー」


「当主様は実在しています。ですが、かなり重い病気らしく立つことも話すこともままなりません。ですので、当主代理を立てています。ナナの件は、放っておけなかったのです。私の家は集落から離れた場所にありますので、そこでなら匿うこともできましょう」


「優しいんですね」

 瀬名さんの皮肉のこもった言い方に、体制を直した狭霧さんは胸に右手を当て答えた。


「いえ、そんなことはございません。ナナを匿うことは、私のささやかな抵抗です。この呪われた一族に対する」


「……ですか」

 狭霧さんの返答を微笑んで受け取った瀬名さんも体制を戻す。


 見上げた先の顔は、微笑んでごまかそうとするも、どうにも不服さが滲み出ていた。しかし、それも一瞬。まばたきをする間に彼はいつもの彼へと戻っていた。


「掲揚!」


 絹さんの張り上げた声が聞こえ、島民たちはその場に跪き右手を胸に当てた。大きな巻物が広げられ、二人の島民の手によって掲げられる。巻物の中央に描かれているのは、頭から二本の角が生え、鋭い牙を生やした男性の顔。


「あのお方が初代当主。『百鬼伝承(ひゃっきでんしょう)』の勇敢な男性です」


 島民と同じく跪いた狭霧さんが教えてくれる。倣って跪こうとした先生を、首を横に振り止める狭霧さん。頷いた先生は腰を上げた。


 あれが、鬼に一人で立ち向かい、呪いによって鬼になってしまった男性。


 不思議なことに初めて見た気がしない。それもそのはず。だって――


「あー、あれは宇田ちゃんだね!」

「ですね」


 そう。掲げられた鬼の男性の顔は竜也さんと瓜二つ。こどもたちがこぞって「鬼!」と竜也さんを怖がっていた理由がたった今判明した。共通認識であることも。


 隣の竜也さんはというと、眼鏡を下にずらし掲げられた絵を凝視していた。


「……俺?」

 僕たちから遅れて反応を示した竜也さん。


「ああ、初代当主様!」

「勇敢なる一族の始祖様!」

「我らに祝福を!」


 絵を見ている島民たちから歓喜の声が漏れる。


「ここにいる間は眼鏡を外さない方がいいだろう。大人たちに見つかったらスカウトまではされなくても、崇め奉られるかもしれないからね」


「あー、それは勘弁です」

 島民の様子を見て苦笑いで告げる先生に、頭を掻きながら眼鏡を直した竜也さんも苦笑いを返す。


 島民のこの高揚ぶりを見るに、昨日、囲まれた時は危なかったのか。あの時眼鏡をしていなかったらどうなっていたか。考えると身震いがした。


「なおれ!」

 絹さんの号令で掲揚されていた絵が下がり、跪いていた島民たちが立ち上がる。


「では、配給に移る!」

 絹さんではなく、お付きの人が告げた。


 島民は一列に並び出す。僕たちは狭霧さんの指示でかなり後方へと下がった。狭霧さんは僕たちに断りを入れると、列の最後尾に並ぶ。


 食料は配給制なのか。この小さな一族間では、紙幣や通貨のやり取りは行われていないのかもしれない。


 ほどなくして、後ろから大きな籠を持ったお付きの人が現れた。途端、香りだすこの匂いは、ニンニクだ。


「ニンニクとは興味深い!」

 この先生、この島で起きること何にでも興味を抱くんじゃなかろうか。


 お付きの人は、並んでいる島民一人一人にニンニクを一株ずつ渡していった。


 ニンニクを受け取り、集落に走っていくこどもを引き止めた瀬名さん。

「ねえ僕。どうしてニンニクが配られたの?」


「え? ニンニクは朝礼の時にもらうよ。鬼にならないように食べないといけないんだ!」


「鬼にならないように? 君ら鬼じゃないの?」


「鬼だよ! でも鬼じゃないだろ?」


「……ん?」

 瀬名さんの頭にたくさんのハテナマークが浮かんでいる。かくいう僕もよくわかっていないのだけれど。こどもの話は難解だ。


「とくべつなニンニクを食べる日もあるのよ。大人になってからだけどね」


 引き止めたこどもの姉らしき少女が立ち止まって補足を加えてくれる。その隣にはもうひとり男の子もいて、少女と手を繋いでいた。


「私たち、お家かえってこのニンニク食べないと!」

「そっか、ありがとう」


 ニンニクを持ち、三人手を繋いで楽しそうに集落へ走っていく小さなこどもたちを、瀬名さんは手を振って見送った。


「ニンニクには魔除けの効果があるからね」

 戻ってきていた狭霧さんの手の上にあるニンニクを取り、顔の前に掲げる先生。


「ええ。私たちは鬼の血を引いています。鬼の象徴はなんといっても角と牙。ですが、角と牙が生えるとかなりの苦痛を伴い、そして理性を失いやすくなります」


 鬼の末裔ならではの苦悩ですか。


「昔、ある男性が、成人すると生えるとされる角と牙が生えずに一生を終えました。親族の話によると、彼はニンニクが好物でよくニンニクを食べていたそう。話し合った一族は、成人前のこども数人に試してもらうことにしました。結果は、全員成人しても角と牙が生えてこず、理性を保ったまま一生を終えたのです。それ以降、鬼でありながら鬼にならないよう、ニンニクを食べる習慣ができました」


 先生から返されたニンニクを受け取り、狭霧さんはその起源を語ってくれた。


「また、こどもたちが鬼を怖がる理由は、鬼になると地獄から本物の鬼が迎えに来る、と大人たちから教わっておりまして、まだ伝承について理解できないこどもたちにニンニクを食べてもらうためのひと工夫でしょう。そして、こどもたちの思う本物の鬼とは、まさに初代当主様のお姿なのです」


 竜也さんを見たナナやこどもたちは、本物の鬼が迎えに来たと思った、ということか。


 僕たちも幼少期に「へそを出していると雷様に取られちゃうからね」といったことを聞いていたっけ。背景は、「お腹が冷えないように」だったけれど、「お腹が冷えるから服をしまいなさい」より、「雷様に取られちゃうからしまいなさい」と言われた方が聞くだろう。なんせ、こどもにとって雷様は怖いから。そして、鬼も怖い。あの鬼の絵は傍から見ても恐ろしい。こどもの目から見ればより恐ろしく見えるというもの。


「こどもらの話はあながち間違っていなかったってわけね」

 肩をすくめる瀬名さんに、僕も頷いて同意を示す。


「では、私たちも帰りましょうか」


 はい。待っている幹史とナナの元へ。


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