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第十二話 乙守島【一日目】「諍い果てての契り」


 「そんな『百鬼伝承(ひゃっきでんしょう)』には続きがありました。愛をはぐくんだ二人はこどもを授かります。生まれてきたこどもは鬼の姿をしていましたが、二人はたくさんの愛情を注ぎました。時は巡り、乙守島に百一人目のこどもが誕生した時、異変が起こりました。同時刻に一人が亡くなったのです。ただの偶然でしょう。そう思っていましたが、その次に生まれた時も、またその次も、一人生まれるたびに一人亡くなってしまうのです。双子が生まれた時は別の場所で同時に二人が亡くなりました」


「島民は思います。百人を維持し続けるこの現象は『百の鬼の呪い』に違いない。幾度となく鬼を鎮めるまじないや邪気を払う儀式を試しましたが効果はありません。葛藤の末、呪いを受け入れることにした島民は、自戒の念を込めて自らを『百鬼(なきり)一族』と呼び始めたのでした。 

これが、わたしたち『百鬼一族』にかけられた呪いです。この呪いがある限り、いくら食料に恵まれていても百人以上増えることも、減ることもありません」


 語り終わった狭霧(さぎり)さんは、緑茶を一口飲む。


 なんて恐ろしい話だろうか。まだ信じていないけれど、この呪いが本当だとしたら――。


 体中が総毛立つ。気持ちを落ち着かせるためにも緑茶を飲むが、味は感じられなかった。感じる余裕がなかったと言ったほうが正しいのかもしれない。


「興味深い! ぜひその呪いについて調べてみたいものだ!」

 興奮し、前のめりになって狭霧さんに詰め寄らんとしている先生。


そう言うと思いましたよ。先生の勢いに狭霧さんも苦笑いをしている。


「その呪いとナナに対する態度にどんな関係があるんですか?」

 幹史が問う。


 話の発端はナナへのいじめ。語られた話が衝撃的過ぎて忘れていた。


「そうだなぁ。ナナちゃんは、百一人目の子だとか?」


「そうだとしたら、むしろ喜ばしいことじゃないか? 呪いが解かれたかもしれない、と」


「ああ、そっかー。難しいね」

 推測を始める瀬名さんと竜也さん。


「……すごいのは、先生だけではないのですね」

 二人の会話を聞いた狭霧さんが感嘆の声を上げる。


「うちのゼミ生は優秀ですから。何か核心を突いていましたか?」


「ええ、とても。瀬名さんの言う通り、ナナは百一人目の子なのです。誰も亡くならず彼は生まれましたので。そして、宇田ちゃんの言う通り、これは喜ばしいことなのでしょう。もっと昔であったのなら……」


 今は喜ばしくないことになっているのか。


「このように呪いと言っているのは私たちくらいのものです。今やこの現象は『百鬼(ひゃっき)の祝福』と呼ばれています。かつて人間に敗れた百の鬼の魂が永遠に輪廻しているのだ、と」


 つまり、輪廻転生だ。一つの命が生まれた時、一つの命が亡くなる。考え方としては、魂が新しい器へと移るということだろうか?


「なるほど、理に適っていますね」

 狭霧さんの話を聞いて考え込む先生。


「輪廻転生の考え方でいくと、百一人目のナナくんは輪廻した魂ではないということですか」


「ええ。島民にとって彼は、誰から生まれたかも不明な突然現れた百一人目の子なのです」


 巡る百の魂の中に突然現れた別の魂。

 そういえば、『はぐれもの』って単語をこどもたちが言っていたような……。


「一族の考え方では、ナナこそが呪われた子です。彼らは自身を鬼の血を引く高尚なものだと思っています。ナナは、百一人目の存在は、自分たちの高尚さを汚すものである、と信じてやまないのです」


「……だからナナを、まだ小さな子が痛めつけられているのを見過ごすのかよ」

 テーブルの上で組まれた両手が震えていた。彼の悔しさが痛いほど伝わってくる。


「自分らを高尚なものと思っているなら、部外者の僕らこそ汚すものと考えそうなものだけど、とっても歓迎されたよね? 格下認定かな? 汚すものに値すらしないみたいな」


 本当、この先輩は容赦なく切り込むな。これでは切り返されても文句言えませんからね。


「いえ。私の言葉足らずでした、すみません」


 笑顔で切りかかった瀬名さんに、目の前で武器を捨て丸腰で頭を下げた狭霧さん。これには彼も武器をしまわざるを得ない。渋々ながら。


「『訪問者拒むべからず』現当主が掲げた信条です。もとより当主の意思は一族の意思そのもの。当主が訪問者を歓迎すると決めたのなら一族は従うまで。他意などありません」


「へー、まるで絶対君主制だぁ。ここは異世界かもしれないね、千界?」


 僕に振らないでくださいよ。


 ここ乙守島は宮城県の所有する無人島のひとつ。一応日本の領土に含まれている。なのに、僕たちの範疇を軽く凌駕する新世界。異世界と言うのは、案外的を射ているのかもしれない。


「そうですね。本土からいらっしゃったあなた方が仰るのですからそうなのでしょう。ここは、言わば閉鎖された世界。私たちは井の中の蛙です。いつか大海を知らなければならないのでしょうね」


 狭霧さんは窓へ視線を移し外の景色を眺める。その眼差しは、どこかもっと遠くを見ているような気がした。


 視線を戻した狭霧さんは、奥のドアを見つめて話し出す。

「あの子に名前はありません。名前すら与えられない呪われた百一人目のこども」


「じゃあ、『ナナ』って名前じゃなくて――」

 目を見開いて呟いた幹史に頷いた狭霧さん。


「ええ。『名無し』から取っています」


 ナナの『ナナ』は、『名無し』の『ナナ』。


 暗い雰囲気の中、奥のドアが開き目をこすったナナが現れた。

「…さぁちゃん」


「起きたのですね、おはようございます」


 ドアを閉めたナナは狭霧さんの元へと歩いていく。椅子に座っている狭霧さんの太ももに手と足をかけるとよじ登り、抱き着くようにして膝に座った。


 そんなナナを見て立ち上がった先生。

「僕の名前は『庵乃雲(あんのうん)』。こっちの世界では『アンノウン』に『名無し』という意味もある」 


 胸に右手を当てながら狭霧さんの前まで行くと、膝の上にいるナナに視線を合わせるために跪く。


「だから、お揃いだね」

 そして、胸に置いていた手をナナの頭に置いた。


「おそろい?」

「うん。それは、一人ではないってことだ」


 先生のその言葉に、まだ眠そうにしていたナナの目が開いていく。


「……ナナ、ひとりじゃない?」

「ひとりじゃない」


 力強く頷いた先生に、ナナの口角が上がっていく。


「俺だっている!」

 テーブルに手をついて立ち上がり、ナナに笑顔を見せる幹史。幹史の笑顔を見て、ナナの顔は満面の笑みへと変わった。


 漂っていた暗い空気は吹き去り、たちまち暖かい空気が部屋を満たしていく。


 僕たちにできることは何もないのだろうけれど、ここにいる時間だけは、ナナに寂しい思いをさせないようにしたい。きっとここにいる皆がそう思っているだろう。


「ああ、そうでした。トウモロコシを茹でたので皆で食べましょうか」

 両手を優しく打ち鳴らして狭霧さんが提案する。


「食べるー!」

「ナナも!」

 幹史とナナが元気よく答えた。


 その兄弟のような姿に思わず笑ってしまう僕たち。


 でも、僕たちは思い知らされることになる。この島の異常さはここだけにあらず。もしかしなくとも、僕たちは踏み込んではいけない場所を訪れてしまったのかもしれない。そして、踏み荒らしてしまった。この先に待つ結末に僕たちは抗えるのだろうか――。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。

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