第4話 歩み始める光の勇者
「ライナス!! ライナス……っ!? 待って! ライナス、待っ……!!」
自分の必死な声で目が覚めた。瞳を瞬かせるたびに、涙の雫が散るように溢れる。
あぁ、今日も同じ夢を見ていたのだ。
夢の中で、私はいつも、ライナスを必死に呼んでいた。泣きじゃくりながら、懸命に腕を伸ばして。ほんの一瞬だけ触れ合った互いの指先――その温もりを感じながら。
今朝も、そうして目覚めた。
天蓋付きのベッドからむくりと起き上がる。
ここは、私が暮らしている黎明の賢者ビギニアの離宮――その中に設けられた私の部屋だった。最高品質の落ち着いた調度品で整えられた室内に、窓辺から朝の光が注ぐ。
優しい光を浴びる柔らかな掛け布団の上に、無意識に伸ばしていたらしい腕を下ろした。そのまま、ギュッと握り締める。
涙で滲んだままの視界が自然と向かうのは、中央付近に置かれたテーブルだった。
その上には、繊細な彫刻が施された剣座がある。恭しく光の神剣が納められた剣座が。
そう認めた途端、胸がツキンと痛んだ。
脳裏をよぎるのは、石化されてしまったルナとライオネル。そうして……。
「ライナス……」
思わず呟き漏らした声が消えぬ間に、扉の向こうから軽くノックする音がした。
気遣わしげに用向きを伝える侍女達は、どうやら朝食を運び入れたいらしい。今日こそは、と。少しでも何かを、と。それは、もう一週間ほど繰り返されているやりとりだ。
しかし、彼女達の気遣いに応えることはできなかった。今朝も、無理そうだ。
私は、嘆息混じりにベッドから降り立った。寝衣のまま、神剣が納められた剣座のもとへと歩む。
「ごめんなさい、何も欲しくないの。おなかもね、全然空いてないから。だから、私は大丈夫」
今の私に出せる精一杯の明るい声を、扉の向こうに控えているはずの侍女達へ届けた。それだけでも疲労感を覚えてしまうのは、食事を摂れてないからだろうか。
扉の外からは、侍女達が私を案じてくれている気配が伝わってくる。でも、それなのに、私は彼女達へ下がるように、としか言えなかった。
侍女達は部屋の前でしばし、佇んでいたようだ。私の気持ちが変わることを、今日こそは部屋に入ることを了承してくれることを、彼女達は願っていたのだろう。
でも、私は無言を貫いた。戦慄きそうになる唇を堪え、胸もとで両の手を握り締める。
程なくして、侍女達の気配が遠ざかった。
私は深い吐息をつき、テーブル上の剣座へと歩む。ただ静かに、そこに納まっている神剣のもとへと。
何ということもない。気がつけば、私はそっと神剣に触れていた。
その瞬間、寝衣姿だった私を包み込む輝きが生まれる。瞬く間に、私は輝けるドレスをまとっていたのだ。清けき光が美しい刺繍のようにドレスを煌めかせる。
束の間に、私は瞳を見開いた。もちろん、すぐに細めたのだが。キラキラとした輝きはどこか温もりを感じさせ、光の眩しさよりもホッとするような安堵感を覚えたからだ。
「……光の、勇者。……なのね、私は。でも、私……勇者として起てるのかな、ちゃんと」
ねぇ、ライナス?
と、無意識に訊いてしまいそうになる。彼ならば、きっと何か答えてくれるはずだから。私のそばで、私の傍らにいてくれて、私の問いかけに。
そう、きっと快活な笑顔で。いいえ、もしかしたら、真面目な面持ちで。でも、私を励まして勇気づけてくれる。――彼ならば。
でも、彼は今、いない。
その現実をあらためて自覚すると、どうしても視界が滲んでしまった。
やがて、再び扉の向こうからノック音がすることに気がつく。反射的に扉のほうへ顔を向けた。
神剣に触れていた手が離れ、ドレスはあっという間に消え去る。ただの寝衣に戻ったのだ。
今度は侍従長が来たようだ。私への気遣わしげな気配は侍女達と変わらないが、それでも感情を排した様子である。
「レナお嬢様、ビギニア様がお呼びでございます。大地の王国から重臣の皆様が直々にお見えになられまして――」
「……私にも同席せよと?」
「重臣の方々が強く要望なさっておいでのようです。その……今後の闇への――魔王への対応についてお話を、とのことでございまして」
「……そう。わかった……わ」
私は寝衣をギュッと掴み、唇を引き結んだ。
光の王ライオネルがルナとともに石化された大地の王国においては、石化を解くためにも闇の力をふるう魔王への対処は至急を要するものに違いない。
そう、世界を滅ぼせるほどの恐るべき闇の力。それは、生命あるもの全てを石化し尽くし、世界そのものを滅亡へと導く災厄である。
それを背景に、突如として侵攻してきた闇の眷属達。それらを束ねるのは、終焉の魔王エンディオだった。
その魔王の居城が闇の城である。その城が、禍々しい裂け目から出現しようとしていた光景は、あまりにも恐るべきものだった。
しかも、そこには今、ライナスが囚われている。
だから、今は……。だからこそ、今……。
ふぅ、と私は一息入れた。軽く頭を振って、気持ちを切り替える。
「着替えをして支度を済ませたら、すぐに行くわ。侍女達を寄こしてくれる?」
「かしこまりました、レナお嬢様」
扉の外で侍従長が立ち去るのと入れ替わるように、私の支度を整えるために侍女達数名が部屋を訪れた。
彼女達は私の姿を一週間ほどぶりに間近にして、安堵とともに心配そうな表情を見せる。まともに食事を取れてないためか、私自身が思う以上にやつれて見えたようだ。それでも、侍女達は謁見の場に相応しいドレスを用意して、私の身支度を整えてくれた。
しばしの時間が過ぎ、私は賢者の間へ向かう。離宮を訪れた者達との謁見にも使用される大広間へ。
大扉が開かれ、ビギニアが座する玉座まで敷かれた絨毯を歩む。
玉座の前には、私もよく見知っている大地の王国の高位貴族――重臣達数名が佇んでいた。皆々の表情は険しく、沈痛な面持ちである。
私は彼らを通り過ぎ、まずはビギニアへ深く頭を垂れた。
「ビギニア様、参りました」
「レナや、今朝も食事を取ってないと報告を受けたぞえ? それでは、この者達の切なる願いには応じれまいと思うたのじゃが……彼らがどうしてもそなたに目通りしたいと申すのでな」
「ビギニア様にご心配をおかけして、誠に申し訳ありません。でも、この離宮まで足を運んで下さった重臣の皆様をお待たせした挙げ句、会わずしてお帰りいただくのは、とても……。私は大丈夫ですから、このとおり」
身を起こして、姿勢を正す。
そうして、玉座のもとに控えていた重臣達へ顔を向けた。彼らに対しても、丁重に頭を垂れる。いや、そうしようとした。
けれど、彼らを迎える私のほうが、思わずよろめいてしまったのだ。
咄嗟に、ドレスに隠された両の足を踏ん張るように堪えようとした。でも、するりとしゃがみ込んでしまう。
その瞬間、重臣達からどよめきが起こった。
彼らが思っていた以上に、あの日に私が受けた衝撃が重かったことを察したのだろう。動揺と驚愕に満ちた声と気配が彼らの間に満ちる。
玉座に座していたビギニアが急ぎ立ち上がり、私のもとへ駆け寄った。両の手をついて俯いてしまった私へ、サッと両の腕を差し広げる。
彼女がここまで慌てふためく様を見せるのは珍しかった。ただ心配でならぬように、私の肩をそっと支えて顔を起こさせる。私の顔色を気遣わしげに見つめた。
「レナ……!? レナ、大丈夫かえ? やはり無理をしておるのじゃろうて! 構わぬから、早うへやお戻り。侍従長、侍女達をこちらへ! レナを休ませてやるのじゃ!!」
「……いいえ。いいえ、ビギニア様! 私は大丈夫ですから……! 待って下さい、ビギニア様!!」
私の肩に置かれたビギニアの手を掴み、彼女の言葉に抗うようにふるふると頭を振る。
眼前のビギニアが困惑していくのがわかった。程なくして、深い嘆息めいた一息をついたのも。
そう察して、私はビギニアをまっすぐに見つめたのだ。ただ、ひたむきに。
「私、皆を助けたいの。私に、その力があるのなら。光の神剣が、私を選んだのであれば」
「じゃがのう、レナや……」
「お願い、ビギニア様! ルナやライオネル様を、あのまま放っておけないわ。それに、それにね……っ」
思わず声を詰まらせてしまう。喉もとをせり上がってくる激情にも似た想いに、ぽろぽろと大粒の涙が溢れてきた。
脳裏をよぎるのは、ライナスの笑顔。私にいつも向けてくれていた明るく温かな、優しい微笑み。
――そして、瞼の裏に焼き付いた、あの日あの時のライナスの姿。
「……ライナスを助けたい! ライナスを助け出したいの!!」
「レナ……」
「ライナスはきっと、きっと闇の城に連れて行かれたのよ! 魔王がいる処に! だから、行くの。私が行くわ! 光の勇者が私というのなら……。ならば、私が……!!」
止められなかった。口をついて出てくる言葉を、止められない。身の内で激しく駆け巡る想いを、止められようはずがなかった。
こぼれ落ちる涙が、大粒の雫となってドレスを濡らす。次々と透明な雫痕を作り出す。
ライナスを助け出したい、と。私の目の前で、私を庇い守って、闇色の鎖とともに消え去った彼を何としても、と。
激しく泣きじゃくる私を、ビギニアは困ったように見つめていた。
重臣達も、さぞ戸惑ったに違いない。
黎明の賢者たる者の養い子が、こんなにも。ましてや、新たなる光の勇者たる者が、こんなにも。謁見の場において見せるような言動ではない。
けれど、彼らは痛ましげな面持ちで、かける言葉が見つからないほどの表情で、互いに顔を見合わせた。私を責める気持ちはなく、ただ、気遣わしそうに。
やがて、ビギニアはふんわりと私を抱き締めた。
「そなたを勇者にするために……そなたが勇者じゃからと思うて、我は育てたわけではないぞよ?」
「はい、ビギニア様。……はい」
「ルナがライオネルの神子として覚醒することも、そなたが勇者として起つことも、我には全く思いもよらぬことじゃった。このような事態を味わせるために、そなた達を養うたのではないぞえ? いったい何故に、このようなことに……」
ビギニアの声は震えていた。苦悩に満ち溢れた響きが、静かに賢者の間を満たしていく。私とルナにとって母とも祖母ともいえる彼女の嘆きが、胸を締め付けた。
けれど、彼女の温もりが、私の涙をゆっくりと止めた。
しばしの間、ビギニアから伝わる温もりに漂う。そうして、その温もりに、彼女の背に、そっと両腕をまわしたのだ。
「……ルナも私もね、あなたに育ててもらったんだもの」
「レナ?」
「この世界を永きに渡って見守ってこられたのが、ビギニア様。この世界を――生きとし生ける皆々を愛おしまれてきた御方だもの。そんなあなたに養われてきた私達だからこそ……かもしれないわ」
「……ホッホッ。生意気なことを言うようになったのう」
ビギニアは一瞬、ハッとした。けれど、すぐに静かな微笑みを浮かべる。
どこか切なげにも見える微笑みには、永い歳月を経てきた重みが感じられる気がした。黎明の賢者たる彼女だからこその。
闇を奉ずる魔王との対峙を余儀なくされる時期は幾度となく訪れ、そのたびに、この世界に息づく者達は、光を奉ずる勇者と神子とともに乗り越えてきた。そんな皆々の懸命なる姿を、ただ慈しみ見守ってきてくれたのだ。
彼女はそっと私の頭を撫でる。
「行くのじゃね、レナ?」
「はい、ビギニア様」
「なれば、精霊の郷を訪れるがよかろう。彼らが守護する神珠が、光の神剣に善き力を注いでくれるはずじゃ」
「精霊の……郷。……神珠が?」
ビギニアの言葉を私が反芻する間に、重臣達からはどよめきが起こった。
「賢者殿、そのような方法があったのでございましょうや!?」
「ならば、何故!? 女王陛下とグラン様を喪わねばならなかったのでございますか!?」
彼らは、ニ年ほど前に突如として城内に出没した多数の闇の眷属と対峙した者達でもある。
当時の光の女王ダイアナとグラン夫妻、ライオネルとライナスの両王子を守りつつ戦い抜いた猛者であり、だからこそ、大広間まで追い込まれる危機を目の前にした者達でもあった。
その時は、ダイアナとグラン――かつての勇者と神子が、己の生命全てを懸けて朽ちていた神剣に再びの輝きを灯した。
二人の死という悲劇と引き換えに、ライオネルは復活した神剣を手にすることができた。それによって、彼と弟ライナスは命からがら城を脱出することが叶ったのである。彼らの父母を喪うという犠牲を代償にして。
城を脱したライオネルはライナスとともに、離宮まで辿り着くことができた。賢者ビギニアに智慧を借りるために。
光輝ける神剣を所持するライオネルが、互いに想い合っていたルナこそが彼の神子であると確信を得たのは、その時だったのだ。
重臣達はニ年前のことを思い返していたのだろう。悲しいもどかしさに耐えようとする姿は酷く悲しげでもあった。
ビギニアは彼らに沈痛なまなざしを向ける。
「そなたらの無念はわからんでもないが……致し方ない危急の状況であったのじゃろう? ダイアナとグランには、かつて光の勇者じゃった時に神剣を復活させる方策を二つとも伝えておったぞえ。なれど、そんな二人さえも、生命を投げ出さねばならぬ策しかとれぬほどの事態であったのじゃろうて」
闇の復活が、あまりにも突然だった故に。
本来であれば、ダイアナが無事に闇封じを成してから百年、いや、数百年は先のことであったはずだから。少なくとも、ビギニアが見守ってきた長い長い刻――これまでの歴史を紐解けば、ニ年前のことも今回のことも不可解でしかない。
「じゃが、レナはこの離宮におる。神剣もレナのもとにあるのは幸いじゃ。この離宮が世界の外にあることは、そなたらも存じておろう? 故に、ここからならば各王国への行き来も易いからのう」
ビギニアはどこか遠い目をしながら語った。ニ年ほど前の悲劇を思い返したのだろう。悲しい光が、彼女の瞳に灯される。
その瞳が、私へと向けられた。
「気持ちは変わりそうにないのかえ?」
「はい。私、行きます」
「……本当に仕方ないのう、そなたは」
ビギニアは嘆息して、両肩を落とした。
それでも、重臣達を見やった面持ちには、毅然としたものがある。
「そういうことじゃから、そなたらから各王国と精霊の郷へ伝えておくことじゃ。レナは、三日後に発たせる故な」
「え、三日……? そんなにも待てない……。どうして!?」
「当たり前じゃろう! 三日でも足りぬほどじゃて」
「え!? でも、すぐにでも私は……!」
重臣達が安堵の表情で恭しくビギニアにお辞儀をする中、私がすがるように彼女を見つめる。
しかし、彼女は聞く耳を持ってくれなかった。むしろ、厳しいまなざしを向けてくる。ダンッと杖の先で床を叩きながら。
「そんな無謀を許すはずなかろうて! 良いか、レナ! この三日間はしっかりと食べ、しっかりと眠ることじゃ!! わかったかえ!?」
「あ……っ。は、はい……!」
厳格な声音の内にも私への気遣わしさがあり、私は思わず大きく頷いてしまう。
大地の王国の重臣達は賢者の間から退出していく姿を、ビギニアとともに私も見送った。
彼らはそれぞれに、私に対しても深々と頭を垂れて去っていくのだ。どの顔にも、疲労感とともに懸命なものが浮かび上がっていた。
「レナ様、どうか……どうかお願いいたします!」
「ライオネル様とルナ様の御身が砕かれませぬよう、必ず我らがお守りし続けます故」
私とビギニアへ手向けられる言葉一つ一つが、胸に染みる。
私には、彼らの気持ちが痛いほどわかった。ルナとライオネルが石化され、ライナスまでもがいなくなってしまった私には、痛いくらいに。
彼らの退出を見届けてから、私も賢者の間から退出した。ビギニアへ恭しくお辞儀をして。
だから、私は知らなかったのだ。
大扉が閉ざされた後に、ビギニアが深い吐息をついたことも。疲れたように玉座へと歩み、ぐったりと座り込んだことも。両の手で杖を支えとして俯き、再度、より深く息を吐き出したことにも。
「……三日間、で足りようかのう。はたして、間に合うじゃろうか? 首尾よう進めばよいのじゃが」
誰にともなくビギニアが呟き漏らした言葉もまた、私には知る由もなく。
ましてや、闇の城において何が起きていたのか? 私どころか誰も知り得ようはずがなかった。
世界の外に潜む禍々しい闇色の霞に覆われた城で、囚われたライナスと魔王エンディオが対峙していたなんて――。
邪悪な気配に満ちた大広間の中央に、ライナスは虚空から出現した闇色の鎖に、両の手足を戒められていた。クモの巣にかかった哀れな獲物のように、吊るされていたのだ。
エンディオは玉座に座し、ワインを傾けながらほくそ笑む。眼前で吊り下げられたライナスの酷く疲弊した姿が愉快でたまらないらしい。
「クッククク、まだ堕ちぬとは……。我が力を回復する途上とはいえ、この力を浴びて――まだ耐えようとはな。そろそろ抗い疲れたであろう? 堕ちてよいのだぞ?」
「……う、るさい……。誰……が、堕ちる……か……っ」
「だが、痛みは極限に達しておろう? そなたの額に、じわりと闇の紋章も浮き上がってきておるではないか」
「黙れ……っ……! う、ぐっ……っ!?」
「何とも頑固なものよ。抗うから、苦痛が増すのだぞ? 我の力に全てを任せれば楽になれると言うておろうが? 我のそばにいる二人を見てみるがよい。我に従うと素直に申した褒美に、と額に闇の紋章を刻んでやったのだ」
エンディオは、玉座の下で深々と頭を垂れてひれ伏す二人を楽しそうに見やった。そればかりか、激しい頭痛に苦しむライナスを喜ばしそうに見据える。
けれど、彼が屈する気配は一切感じられなかった。激しい痛みに、ガチャンガチャンと闇色の鎖を不規則に揺らしながらも。どれだけの辛さに苛まされようとも。
それを察したのか、エンディオから笑みが一切消えた。光など全く無い淀んだ瞳にライナスを映したまま、氷の如く冷たく凍りつくような感を立ち上らせる。
と思う間もなく、ワイングラスをスッと手から滑り落とし、床に無機質な音を響き渡らせた。
瞬間、エンディオは口角だけをニィッと上げたのだ。面白くてたまらない、楽しくてどうしようもない、何かを思いついたかのように。
――そのまなざしにだけは、冷酷さを浮かばせながら。
「ならば、こうしよう。そなたが抗えぬよう……抗う必要がなくなるように、消し去ってやろうぞ。そなたから、そなたであったという全てをな」
その瞬間、エンディオは片腕を大きく掲げ、そのままサッと振り下ろしたのだ。――ライナスへとまっすぐに。
刹那、絶叫のような声が響き渡った。
闇色の鎖に戒められたまま、ライナスは四肢を硬直させる。その身を禍々しい何かが駆け巡っていた。
それは凄まじく、エンディオの近くでひれ伏したままの二人が恐怖で身を強張らせるほどだ。
しかし、それは束の間――ほんの一瞬のこと。
けれど、ライナスの意識を途切れさせるには、十分すぎるほどの僅かな。
静まり返った大広間には、エンディオの嘲笑い声だけが低く響いていた。ぐったりとしたライナスを愉悦に満ちた瞳に捉えたまま。




