表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/11

第3話 分かたれた二人

 茫然となった私を、ライナスが片腕でしっかりと抱き締めてくれていた。

 今も頭痛は続いているようで、時折に眉間にしわを寄せているにもかかわらず――それでも尚。

 私達の眼前には、石化されたライオネルとルナの姿がある。

 最後まで皆々を守護せんと己の光を放ち続けた姿のまま彫像のようになった二人の姿に、私の視界はまたたく間に滲んでしまった。

 でも、今のこの状況で泣くわけにはいかない。私を包み込むように抱くライナスの腕を、無意識にギュッと掴んだ。

 その瞬間、気づく。

 輝けるドレスの越しに、彼の震えを感じ取ったのだ。恐怖ではなく、悲哀でもなく、深い怒り故の。

 彼の瞳は憤懣やるせない色をたたえ、大広間の中央辺り――天井付近を見据えていた。どす黒く広がる不気味な裂け目を。

 そこから、喜悦に歪んだ嘲笑い声が響いてくるのだ。愉快極まりなさげに。

 大広間に避難できた皆々から血の気が引いた。動揺と恐怖のざわめきが立ち上る。

 それに気づいてか、さらに嘲笑い声が大きくなった。私達を呑み込もうとするかのように。私達の心を呑み干して、滅しようとするかの如くに。


《見よ、哀れなる光の王を――その神子を。これなる姿は、いずれそなたら全てに振りかかろうぞ! そなたらの生命も世界も全て、風前の灯火だと知れ!》

「そ……んなことない! そんなことにはならないわ……!」


 刹那、私は思わず声を上げていた。怖いからではない。

 足もとから伝わってくる光を感じたからだ。もちろん、目に見えたわけではない。見えるものではないのだから。

 でも、確かに感じたのだ。足もとに優しく触れる輝きを。まばゆい煌めきを。見えなくとも、そうと信じられる光を。

 けれど、それなのに、裂け目から届く余裕綽々の冷たい笑い声に、知らずとゾクリとしてしまう。

 魔王の姿は一切見えないのに、ギロリと睨んできたとわかったせいか。その感覚に臆してしまいそうになる自分をどうにもできなかった。

 今の私はまだ、自分の身に何が起こったのか――その自覚に乏しい。突然のことで、そう簡単に慣れも理解も追いついていないのだ。

 そんな私を察したのだろう。

 ライナスはさらにグッと私を引き寄せるように抱いて、束の間に私を見つめる。

 緊迫感に満ちた彼のまなざしに、フッと朗らかな笑みが浮かんだ。私がホッとするような和らぎのある微笑みを向けてくれる。少しだけでも、彼を苛む頭痛が収まってきたのだろうか。


「お前の言うとおりだよ、レナ」

「……ライナス」

「現に、魔王は降り立とうとしないだろう? これだけの闇の圧を見せつけておいて、闇の城さえもな。……どうしてだと思う?」

「え……? あ、そういえば……!」


 私はライナスに抱き締められたまま、ぐるりと周囲を見回した。

 闇の眷属の姿が見えない。眷属達がいなくなっていたのだ。

 気がつけば、闇の眷属達が全くいなかった。まるで、かき消えたかのように、僅かな気配さえ残されていない。

 代わりに、静寂な大気のような光の気配がせせらぎのように漂っている気がした。足もとで優しく、温かく。磨かれた床にサァーッと淡く広がっていくような。

 刹那、私がまとう輝けるドレスがキラリと鈴の音のように煌めく。両の手で抱き締めたままの光の神剣が、鞘の中で微かに音を立てた。

 私の瞳は、知らず知らずに石化されたライオネルとルナを映し出す。途端に、胸がいっぱいになった。


「やっぱり守ってくれてるのね、二人が。二人が放つ光の力が、足もとに……大地に息づいてるんだわ。今もずっと!」

「そうだ。兄上とルナは、我が身への防御を一切捨て去った。この場にいる俺達を守護することを選んでな。二人の力は、この場から王国全土へ――この世界各地へ伝い広がるだろう。……だが、な」

「……ライナス?」

「わからぬかえ、レナ?」

「ビギニア様……?」

「ライナスが言うように、しばしの間だけは――エンディオも侵攻の停滞を余儀なくされよう。だが、それはのう、ライオネルとルナの生命が尽きるまでの間じゃ。石化されたまま光の力を放ち続けるなど、長く持つはずもなかろうて。無謀にも程があろうに……」

「そ……んな……」


 私は言葉を失う。

 足もとから伝う温かな光の力を感じ取っていても、ライナスが少しも嬉しそうではなかった理由がわかった。安堵した様子でもなかった理由が。

 彼は、ライオネルとルナを胸詰まるような瞳で見つめていた。けれど、すぐに裂け目へと厳しいまなざしを向ける。

 そんな彼を、ビギニアは痛ましそうに見やった。嘆息ともつかない深い吐息をつきながら。

 それでも、ビギニアは沈痛な面持ちで裂け目を見つめながら告げたのだ。静かに、けれど、はっきりと。


「じゃがの、それほどの光の力を有する二人を石化した今のエンディオとて、疲労困憊であろう。魔王といえども、限界を超える闇の力を放ったはずなのじゃ。あの裂け目を保つ力も、もうあるまいて。……そうであろう?」

《それがどうした!! 石化した光の王と我は違うぞ! この裂け目を保てずとも、しばしの刻が過ぎれば再び何処かに亀裂を生み、我らが踏み込める裂け目が現われよう――我が望むままにな。クッククク!!》


 狂気にも愉悦にも似た嘲笑を響かせる魔王とは対照的に、ビギニアは深すぎるほどの吐息をついた。

 杖を両の手に持ち、その杖にぐったりと身を預ける。杖の頭に自らの額を置いた姿には、身に堪えるほどの苦悩に満ちていた。


「そこまで自在に侵入できるほどに力をつけていたのかえ……こんなにも短き間に? ダイアナもライオネルも、確かに闇封じを成しておったというのに。さようにも強大なる力を放てるとは……。このままでは、大地の王国どころか、この世界が……」

「滅んだりしないわ!」

「……レナや?」

「そんなの……そんなこと、させないもの! 絶対に!!」


 私は、ビギニアの言葉を遮るように声を上げた。

 意識するよりも早く、勝手に、けれど、ごく自然に口をついて出てしまった。ギュッと光の剣を掴み締め、きつく瞳を閉じて言い放ったのだ。

 私の声に、言葉に、まとうドレスがふんわりと揺れ舞う。その瞬間、ひときわにまばゆ輝きを増した。

 輝ける光の剣を唯一、鞘から抜いて行使できる勇者。そんな光の勇者だけがまとえるという輝ける装束。

 それを否応なく、他の誰でもない私自身に感じさせる輝きだった。

 とはいえ、慣れない。輝けるドレスも。それをまとっている私自身にも。

 けれど、でも。

 ふるふると震えそうになるドレスの裾に隠された両足を、何とか踏み耐えさせた。戦慄きそうになる唇を、何とか引き結ぶことができた。

 私をしっかりと片腕に抱いて守ってくれるライナスの温もりがあるから。

 たった今もこうして彼は、私を抱き寄せてくれる。もう片方の手で裂け目に剣の切っ先を鋭く向けたまま。

 その確かな温もりが、ライナスがすぐ間近にいてくれることが、私を勇気づけてくれるのだ。

 だから――。


「魔王エンディオ、あなたの思い通りになんてさせない! 私は、闇封じを成してみせる。ルナとライオネル様を、石化された全てを元に戻すの。 助ける! 絶対に、救うわ!!」

《クククッ……ぬかしおるな、小娘が。そなたに何ができようか? 我が気づかぬと思うてか? その手にある光の神剣は抜け殻であろう――僅かな光の気配さえ感じられぬ。それで闇封じとは、愚かにもほどがあろう?》

「そ、それは……っ」

《しかも、そなたは独りではないか? 抜け殻の神剣に、光の神子を伴わぬ光の勇者だと? 見たことも聞いたこともないぞ。フッハハハッ》

「……そ、それ……は……」


 さすがに私は言い淀んでしまう。唇を噛み締めた。確かに、魔王の言う通りなのだ。

 ニ年前、王となったライオネルが、まだ光の勇者と呼ばれていた頃。彼は真なる輝きを取り戻した神剣で、闇封じを成したが。その代わりに、神剣の輝きは全て喪われた。

 大事を成し遂げた故の長い長い癒しの刻に入ったからだ。いずれまた長い歳月……百年とも数百年ともいえる刻が過ぎた後に、闇なる魔王が襲い来る刻が来たるまでの。

 そう、そのはずだった。そのはずなのに。

 今、この時代にあっては、神剣を行使せねばならない時は巡り来るはずがなかったのだ。勇者たる素質を持つ者が誕生したとしても、勇者として立たねばならない危うい刻はありえない。遥か未来に起こるかもしれない危機であったはずだから。

 故に、私が両の手で抱えた神剣は、まだ今は、ぼろぼろの状態であった。鞘から抜くことができたとしても、ごくわずかの輝きですら存在してないのだ。

 けれど、私は神剣をしっかりと強く抱き締めていた。魔王にどう言われようとも、この神剣を軽んじる気持ちになどなれない。

 だから、私の身を引き寄せたライナスの温もりに、励まされる心地だった。

 魔王の言葉に次の句を紡ぎ出せなくとも、禍々しい裂け目を見据えることができたのだ。俯いてしまうことなく、ただまっすぐに。

 それを不快に感じたのだろう、魔王は。忌々しげに舌打ちをするような音が響いた。


《全くもって忌々しきかな。我も少しは回復の刻を過ごしたいのだがな……。耳障りも目障りも要らぬ故、早々に払っておくとしよう》

「え……っ?」

「レナ! 俺に掴まれ!!」


 刹那、ライナスにグッと強く抱き寄せられた。と同時に、彼は床を勢いよく蹴り、斜め後ろへと素早く退く。

 次の瞬間、私が立っていた床に、禍々しい闇色の鎖が鋭く突き刺さった。と思う間もなく、霧散して果てたが。

 大広間に避難していた皆々から悲鳴が上がる。壁際で身を寄せ合う彼らの表情には、不安よりも恐怖が濃くなっていく。

 それもそのはず、闇色の鎖は一撃で終わらなかったのだ。

 次々と連撃のように闇の鎖が裂け目から放たれる。私達二人へと、鋭い矢か槍が降り注ぐかのようだ。

 息を呑むことさえできなかった。ただ、ライナスにすがるようにしがみつくのが精一杯だ。

 ライナスは私を片腕で抱きかかえたまま、鎖の鋭い連撃を避けていく。左へ、右へ、後方へ、とギリギリのところで素早く床を蹴って身をかわしていた。

 無論、避けるだけではない。もう一方の手にある剣で、襲い来る闇色の鎖を弾き斬っていた。

 痛む頭を堪えながらも、必死に。

 消え去る鎖のすぐ向こうから、次なる鎖が襲いかかってくるからだ。

 それも、狙いを私に定めて。

 だが、それに対する恐怖や不安よりも、私には気にかかることがあった。

 魔王による攻撃が増すにつれて、ライナスの頭痛が再び酷くなったように見えたからだ。

 裂け目と闇色の鎖を見据える険しいまなざしにも、荒く弾ませる呼吸にも、痛みを懸命に堪えているような感が浮かぶ。こめかみの辺りに、冷や汗のようなものが滲んでいた。

 そうして、間一髪で闇色の鎖を何度も何度もかわしていた彼は、やがて、ぐらりと着地体勢を崩した。私を背後に隠し、裂け目から私を庇う姿は崩すことなく。

 私は咄嗟にライナスを支える。彼は未だ片腕だけで私を抱き締めていたが、彼に庇い抱かれたまま、私もまた、彼の身を支え抱いた。


「ライナス!!」

「大丈夫……だ。へたり込んでしまうわけには、いかない……からな」

「でも! でも、酷く痛むんじゃ!?」

「否定は……しない。あとで看病してくれるか……? レナ?」

「するわ! 一晩中でも、何日でも!!」

「凄い……な。それを聞いただけでも、良くなりそう、だ……」


 片膝をつく形でしゃがみ込みんだまま、ライナスは乱れた呼吸のままに微笑った。両肩を上下させながら、束の間、辛そうに瞳を伏せたものの。

 それでも、私を励ますように笑むと、裂け目へと挑むような厳しいまなざしを向ける。剣を持つ手の甲で、額に滲む汗を拭いながらも。

 その瞬間、裂け目の奥から大広間いっぱいに轟くような冷笑い声が広がった。まるで、ライナスの額を見留めたと同時に――であるかのように。

 凍れるような高笑いの内に、狂気に満ちた歓喜の嘲笑い声が響き渡ったのだ。


《これは面白きかな! ビギニアよ、ようも上手く隠してきたものだな》

「……何のことじゃ?」

《クッククク! とぼけずともよいではないか。我はもう気づいてしまったのだからな――お前がずっと隠してきたものを見つけたというべきか。ビギニア、そなたが見守ってきた世界は、これで終焉を迎えようぞ!! 何故なら……》

「エンディオ……」

《何故なら、その小娘に光の勇者たる道を歩ませはしないからだ! 小賢しい小娘には、絶望しかない道を贈ってやろうではないか! 今、この瞬間にな!!》


 魔王が高らかに告げるのとは対照的に、ビギニアは険しい面持ちで押し黙った。

 妙に張り詰めたような気配だけが生じる。

 息が詰まるような感覚の中で、私は魔王の言葉に強烈な不穏さを感じた。ものすごい危機感とでも言おうか。

 そうして、そして。

 忽然と放たれたのだ。爆するかのように、裂け目から数え切れないほどの闇色の鎖が。禍々しい闇が襲いかかってくるかの如く。

 まっすぐに、私へと。片膝をついて激しい頭痛に耐えるライナスを、懸命に支え抱く私のほうへと。

 抗い守るかのように、足もとからふわりと光の気配が増した。そんな気がした。

 だが、それを凌駕するほどの強い邪悪な気配が、闇色の鎖にまとわりついている。床から立ち上るような輝ける気が、鎖を霧散させていくが追いつかない。それほどまでに放たれた鎖の数が多いのだ。

 駄目だ、避けられない。

 そう思ったことさえも意識できないくらい素早く、私はライナスへと身を挺した。彼を支え抱いたまま、彼の身に覆いかぶさろうとしたのだ。

 ガチャリと鞘の中の光の神剣が鈍い音を立て、輝けるドレスのドレープがパッと舞い広がった。

 だが、しかし。


「……あ!?」

「駄目だ……っ。レナ、俺から離れるんだ……っ。今すぐ……に!」

「ラ……イナス!?」

「賢者殿……! レナを……っ!!」


 瞬間、私はライナスから解かれた。ふんわりとした感覚が私の身を駆け抜け、心もとなさに足もとが揺らぐ。

 彼は、私をしっかりと支え抱いていた片腕から私の身を自由にし、間近に迫ってきていた闇色の鎖の幾本かをもう一方の手にある剣で砕き斬ったのだ。

 次々と襲い来る闇色の鎖が、私の身を捉えることがないように。

 ライナスは私へと振り返り、笑顔を向けた。私を安堵させるように。大丈夫だから、と言いたげに。

 突然のことに、泣き出しそうな面持ちになっていたのであろう私に。反射的に、ライナスへと手を差し伸ばした私に。


「ライナス!! ライナス……っ!?」

「レナ。さぁ……!」

「待って! ライナス、待っ……!!」


 必死でライナスへと手を差し伸ばす。

 しかし、その手は、その指先は、ほんの一瞬だけ彼と触れ合えただけだ。彼の手に、その指先に、ごく僅かだけ。

 何故なら、彼は、私の手を取ることができなかったからである。

 その代わりとでもいうように、彼は私をトン、とビギニアのほうへ押し出した。次なる闇色の鎖が迫りくる前の、ごく僅かな束の間のうちに。

 そんな刹那の行動は、彼自身の身の守りを投げ打つものであった。

 私が背後からビギニアに固く抱きかかえられた瞬間――その一瞬、ほぼ同時だったかもしれない。

 ライナスは闇色の鎖に戒められた。

 唇の端から吐血してしまうほどの強さで、彼を締め付ける。

 数え切れないほどの鎖が次々と彼をがんじがらめにしていった。邪悪な気配を立ち上らせた数多の鎖が、彼を。

 刹那、魔王の嘲笑い声が大広間を制する。

 同時に、ライナスを戒めたまま、闇色の鎖がフッと消え去った。光の力で霧散してしまったのではない。厳然たる魔王の意志によって、瞬時に失せてしまったのだ。

 私の目の前で。

 私は瞳を大きく見開いたまま、まばたき一つできない。

 ライナスが消えてしまった。

 私の瞳に映し出されたまま。闇色の鎖に戒められたまま、鎖とともに。

 残されたものは、虚空を彷徨うしかなくなった私の手だけ――私の指先だけだ。突然に、私の前からいなくなってしまったライナスを、懸命に求める私の。

 声が出なかった。出せなかった、何一つ。

 心の内では、ライナスを呼び、彼を求める悲鳴を上げていたのに。

 あまりにも衝撃が大きすぎて、音にならない。涙さえ、その一筋でさえも流す力を出せないほどの衝撃だったから。

 呆然となる私の耳もとには、次第に消失する切れ目の向こう側で遠ざかる魔王の嘲笑い声だけが冷たく響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ