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第15話 集いし四大精霊

 凶報がもたらされ、私は離宮へ戻る道を断念せざるを得なかった。

 代わりに、地精霊達の導きによって地中を伝い、地精霊の郷へ赴いたのである。そこからであれば、石化されたライオネルとルナがいる城へ向かうことも、比較的容易いからだ。

 郷では、長グラディアが待ってくれていた。夫グードと、護衛の者達とともに。

 心配そうな面持ちが、私とライナスの姿を見留めて安堵の微笑顔に変わる。瞳を潤ませながら、出迎えてくれたのだった。

「レナさん! この危急の事態とはいえ、またお会いできて嬉しく思いますよ」

「グラディア様……!」


 駆け寄った私を、グラディアは優しく抱擁してくれた。

 私を見やるまなざしの穏やかな温もりは、以前と変わりない。そうして、その瞳がゆっくりと私の後方へと向けられたのである。

 彼女が胸を撫で下ろしたのがわかった。ホッとした様子で、柔らかな吐息を漏らしたのも。


「おかえり、ライナス。待っていましたよ、あなた自身を」

「おばあさま、ご無礼の数々をお許しください。俺は……」

「あなたがこうしてレナさんとともに戻ってきてくれただけで十分です。ねぇ、グード?」

「あぁ。元のお前にまた会うことが叶ったことを嬉しく思うよ」

「おじいさま、ご心配をおかけしました。……申し訳ありません」


 ライナスはただ深く頭を垂れた。己の不甲斐なさと悔いが入り混じる中で、声をつまらせながらも。

 そんな彼へとグードが歩み寄る。彼を優しく引き寄せると、そのまま、グラディアのもとまで誘った。

 グラディアは彼に手を差し伸べ、彼と私の二人を慈しむように抱き締める。

 瞬間、彼は僅かに身を震わせた。もしかしたら、嗚咽を堪えていたのかもしれない。

 それから程なくして、私とライナスは大地の王国を象徴する城へと場を移すことになった。グラディアとグード、護衛の地精霊達とともに。

 予期せぬ危うい事態の中で、城内では、重臣達が重苦しく険しい表情で過ごしていた。

 彼らが仕える光の王ライオネルも、后ルナも、未だ石化から解かれていないのだ。その上、賢者ビギニアの離宮が闇の城と同化という悪しき報せも届いている故のことだろう。

 だからこそ、彼らはライナスの帰参に安堵したようだった。元の彼が戻ってきたことに、どれだけ勇気づけられたことか。


「あぁ、ライナス殿下! おかえりなされませ!!」

「この危急の事態で、我らは一体どのように対処すればよいのかと気を揉んでおりました」

「ライナス様、どうか我らに御力をお貸し下さいませ!」


 石化されたままのライオネルを見つめるライナスの背後で、恭しくお辞儀をしたままの重臣達から切迫した声が次々と上がる。

 彼らの言葉を耳にしつつ、彼はしばしの間、石化された兄の姿を見つめ続けた。無言で、ただ辛そうに。ただ苦しそうに。

 傍らにいた私の心には、彼のそんな想いがジンジンと伝わってくる。胸が締め付けられるように痛んだ。

 その痛みを感じながら、私もまた、ライオネルとルナを見つめる。

 あの日、この城に襲い来た闇の眷属達――終焉の魔王エンディオが発した邪悪な力の凶悪さから、全てを守護せしめんとしたライオネルとルナ。

 その決死の覚悟を決めた姿のまま、二人は石像と化している。

 悲しくて切なくて、そして、悔しくて、瞳が映し出す二人の姿が滲みそうになった。

 気がつけば、私はライナスの手を握っていた。どちらが先だったのかは、わからない。

 彼もまた、私の手を握っていたから。互いにそっと静かに。けれど、じわりと強く。

 互いの温もりが手から伝わり、どちらからともなく私達は互いへと顔を向けた。


「……ライナス」

「あぁ」


 ライナスは緊迫感を滲ませながらも、決意を固くして朗らかに笑む。

 そうして、私からスッと手を離し、重臣達へと向き直った。

 その表情に一切の笑みはなく、凛として張り詰めた気を漂わせる。

 つい今まで私と繋がっていた手をスッと彼らへと差し広げ、覇気のある声を張り上げたのだった。


「兄上ならば、こう宣するだろう。我が大地の王国とともにある地精霊の力を借りよ。あまねく広がる地中を通じて、直ちに、且つ、密やかに、各王国へ伝令を遣わせるのだ。賢者の離宮より各地へ開かれる箇所――すなわち、各王国の城門周辺の警備を厳重にせよ、と。時間は無い、一刻も早く、と!」

「は、ははっ! すぐに取り掛かりまする!!」


 ライナスの凛然とした姿に励まされたのだろう。重臣達は丁重な一礼を成し、大広間から急ぎ退出していく。

 彼らの後ろ姿を見送ると、彼はあらためてライオネルを振り仰いだ。

 嘆息ともつかない深い吐息をつき、石像の兄を静かに見つめる。もの問いたげな寂しい色のまなざしで。


「……これでよかったかな、兄上。兄上なら、そう命ずると思ったんだ」


 ライナスの手に、私は再びそっと手を重ねた。

 そんな私の手を、応えてくれるかのように優しく彼は握り返してくれる。

 ライオネルとルナに向けられていた顔が、フッと私へと向けられた。

 凛とした面持ちの中に、微笑みめいたものが滲む。私の心を、意図を、決意を、それら全てを見越しているかのように。


「レナ、次は俺達のほうだ。お前はどう動く? 言ってくれ」

「一緒に行ってほしいの。私と一緒に……離宮へ。ビギニア様と魔王がいるはずの処へ」

「もちろんだよ。ともに行くさ」

「ありがとう、ライナス……!」


 ライナスの朗らかな笑みが嬉しくて、胸がいっぱいになる。

 いや、それだけじゃない。心強く感じたのだ。私を勇気づけ励ましてくれるから。

 刹那、腰もとの神剣が鞘の中からでさえも光を強める。身にまとうドレスの輝きまでもがひときわに煌めいた。

 そんな輝ける光に包まれながら、私はライナスの胸もとへそっと額をつける。彼の両腕が優しく私の背に回された。

 私を取り巻く光に負けず劣らずの温もりが、彼の両腕を通して伝わってくる。私を何よりも誰よりもホッとさせてくる確かな温もりは、私にあらためての決意を促してくれた。

 瞳を静かに閉じた私は、やんわりと、けれど、はっきりと口にした。


「私、頑張る。魔王がどれだけ強くても、ビギニア様が……うん。ビギニア様がね、そう……たとえあの御方が立ち塞がるのだとしても、絶対に諦めたりしない。あなたがそばにいてくれるなら、きっと私は頑張れるわ!」

「それでいい。俺も諦めるつもりはないからな。もう二度と決して、お前のそばを離れるつもりもないんだ。いつも、お前とともにありたい。――誓うよ」

「ライナス、あなたを信じる。――信じてる!」


 私はライナスに抱き締められたまま、彼を見上げた。

 凛としたまなざし、そこに浮かび上がる笑みが、私を優しく鼓舞してくれる。私を励まし、支えてくれる、そんな確かな温もりが嬉しい。

 私は、あらため石化された二人へと振り返った。物言えず、身じろぎ一つままならない彼らを、ただ見つめる。

 あの日、あの時、私達を――この世界を守護することを最優先して我が身を犠牲にした二人だった。双子の姉たるルナは光の王たるライオネルに寄り添い、彼が宿す光の力を支え続けたのだ。

 そんな彼女に、祈りにも似た想いを伝える。いや、誓ったというべきか。


(ねぇ、ルナ。私、絶対にあなた達を取り戻すわ。ライナスが――私にとっての神子が、戻ってきてくれたの。だから、私は大丈夫。たとえ、ビギニア様が立ち塞がるのだとしても!)


 私の想いが、ルナに伝わっているといい。彼女が感じ取ってくれているといいな、と切に望む。

 未だ石化されたままの彼女からは、如何なる返答もなかったけれど。

 でも、私は諦めない。諦めるわけにはいかなかった。

 ルナを映す瞳に滲むものを感じる。グッと唇を引き結んだ。

 そんな私の視界に、ふと三名の人影が生じる。ちょうど、グラディアがグードとともに佇む辺りに。

 そよぐ風に沿うように、炎が舞い、水の雫が弾けた。

 それらが次々と、スゥーッと人間の姿へと化身していく。長たる者と、長を守る護衛の者達が現れ出でたのだ。

 見知らぬ者達ではない。

 だが、危急の刻にあって、この城の大広間にいるなんて思いもよらない者達である。


「ウィンロー様……? ――に、ファイナ様? ……ウォーリィくんも?」


 今という刻に、グラディアの周囲に集った者達は皆、四大精霊の各族を束ねる立場にある。危うい現状にあって、安易に郷を離れることは難しかったはずだ。

 どうして、と私は思わずライナスへと顔を向けた。

 ライナスは少し考える様子を見せたものの、すぐにグラディアのほうを見やる。


「もしかしたら、おばあさまが呼びかけたのかもしれない。四大精霊が一堂に会するとすれば、光の王か、あるいは、各精霊の長が要請してのことだろうから」

「じゃあ、グラディア様が?」

「えぇ、ライナスの推測どおりですよ」

「グラディア様!」


 小走りのようにグラディアのもとへ歩み寄れば、彼女と話をしていた皆々が振り向いてくれた。

 ウィンローもファイナも、幼いウォーリィも、笑顔で一礼してくる。嬉しそうな、それでいて、ホッとしたような笑みだった。

 全てはまだ解決できたわけではなく、魔王は健在だ。ビギニアが堕ち、邪悪な闇による脅威も未だ失せてはいない。

 とはいえ、私の腰もとにある神剣から伝う輝きと、私の傍らにいるライナスの存在――それらは、彼らにも私達にも一抹の希望をもたらしていた。


「レナ殿、無事に神剣に光を取り戻せたことを喜ばしく思います。鞘の中でさえも、輝きの息吹を感じられるほどですから」

「勇者様、ライナス殿下とともに無事に戻ってこられたこと――心より安堵しました。本当によかった……本当に」

「勇者様、僕ね、父さんの代わりに来たんだ! グラディアがね、呼んでくれたの。だから、僕、とっても急いで来たよ!」

「そのとおりです。皆が集ってくれたことに感謝しますよ。四大精霊がこうして揃うのは、久方ぶりのことなのですから」


 グラディアは感慨深そうにウィンロー、ファイナ、ウォーリィを見やる。彼らの護衛を務める各精霊達の姿も。

 もちろん、彼女と夫を護衛する地精霊達の姿も。

 そうして、そのまなざしは、ゆっくりと私とライナスへも向けられた。穏やかな微笑みの中に、どこか毅然としたものを感じさせながら。


「勇者と神子が巡り会えた今なればこそ、二人の大いなる光の力を私達――四大精霊が司る地風火水の清き力にお貸し下さい。……この世界を守護せし光の王と王妃を呪縛する石化を解くために」

「――――っ!?」


 その瞬間、私とライナスの身を驚愕が駆け抜けた。私達から言葉を失わせる。

 彼女は聡明なる微笑みをたたえ、半ば呆然とする私とライナスを見守った。

 そのまなざしが、石化されたままのライオネルとルナへ向けられる。痛ましげに、けれど、考え深そうに瞳を細めて。


「魔王は未だ健在で、封じられてはおりませぬ。それ故、絶対――とは申せませぬ。未だかつて、光の王までもが石化されるなどなかったことでもありますから。ましてや、賢者殿が魔王に与するなど……。なれど、だからこそ、光の王は復活せねばなりません。邪悪な闇の脅威に晒された各王国への守護が強まりましょうから」

「……はい、私もそう思います。そのために、私達の光の力がお役に立てるのなら、そうしたい! でも、どのようにすれば良いのでしょうか?」


 刹那、鞘にしまわれた神剣が、カシャンと小さな音を立てた。

 その音に弾かれたように、私はライナスを見やる。それは、彼のほうも同じだった。互いに、息を詰めたような緊張感を浮かばせる。

 けれど、心にある想いは即座に決まっていた。私も、彼も。

 だから、私はスッと鞘から神剣を抜いたのだ。まばゆく輝ける剣先を上にして、両の手で掲げ持った。

 その両手をふわりと包むように、彼は自らの手を重ねてくれる。もう一方の腕で、私をそっと抱きながら。


「兄上とルナを取り戻そう、レナ。そうして……」

「えぇ、そうして必ず、魔王を封じるわ。邪悪な闇を、この世界から打ち払うためにも!」


 その瞬間、神剣の輝きがひときわに増した。

 彼の温もりを背後に感じながら、神剣から広がりゆくまばゆい光に瞳を細める。心が澄み渡っていくかのようだった。

 今この瞬間、ただ願い祈るのは、ルナとライオネルが石化から解かれゆくことだ。その願いを、祈りを、輝ける光へ溶け込ませていく。

 まさに、その時だ。

 グラディアは凛然として宣した。張りのある声が、大広間へ響く。


「精霊達よ! 大いなる光とともに、我らが司る聖なる四つの力を光の王と王妃へ!! 我らに宿りし世界を満たす清き力の全てを、この世界を守護せし王と王妃へ――今こそ!!」


 刹那、グラディアはグードともに大地そのものへと化身した。いや、それこそが彼女を始めとする地精霊達の本性たる姿である。

 その大地が、ライオネルとルナを守護し包み込むような大きな盾と化していく。二人の周囲を、花開かんとする花弁のように幾重にも。

 その周囲で、ウィンロー達――風精霊も、火精霊も、水精霊も、それぞれの本性へと姿を変えゆこうとした。涼しげにそよぐ爽風に、華やかに立ち上る火炎に、清かに渦巻く水飛沫に。

 だが、しかし。

 忽然と生じた緊迫感に、その方向たる後方へと私は振り返った。

 瞬間、視界に飛び込んできたのは、禍々しい闇をまとう杖から放たれた邪悪な一閃だ。

 狙われたのは、ライオネルとルナであった。

 この大切な刻に、彼ら二人に向けて禍々しいゾッとするような一撃が放たれてしまった。それも――。

 あぁ、それも、ビギニアから!

 大広間の空間に、不意に生じた裂け目から彼女が降り立った。杖を二人へと鋭く向けている。


「駄目! 駄目よ、ビギニア様! やめてーー!!」

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