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第13話 まばゆい輝きに包まれて

 まぶしい。

 けれど、清浄な気配が漂う輝きの中に、私はいた。――ライナスとともに。

 利き手で神剣の柄を掴む私の手に、ライナスの手が重なり合ったまま。

 私達は、いうなれば光の珠に包まれていたかのようだった。

 互いの瞳が交錯する。互いに驚愕でいっぱいになった瞳が、互いの姿を映し出す。溢れ出すような輝ける光の中で。


「ライナ……ス……?」

「……レ……ナ?」


 その時、忽然と低く禍々しい声が割って入ったのだ。


《おのれ……! 全くもって忌々しき勇者よ! その神剣ごと果ててしまうがよい!!》


 どす黒い響きが、私とライナスを包む光の珠を真っ二つに弾けさせる。憤怒か苛立ちか、あるいは、その両方か。邪悪な声が渦巻き、荒れ狂う。

 それは、ハッとする間もないほどの刹那の一瞬。

 身を投げ出され、輝けるドレスが心許なく揺れ舞った。ただ、神剣の柄をギュッと反射的に握り締める。

 瞬間、視界に入ったのは、鋭く研ぎ澄まされたような闇色の斬撃だった。上空に出現した不気味な裂け目から次々と向かってくる。――私へ、と。

 全身に緊張が駆け抜けた。でも、避ける余裕も、構える余裕もない。

 無意識に息を呑んだ。それしかできなかったのだ。

 ――次の瞬間。

 グッと抱き上げられる。いや、抱き締められた……きつく。

 と思う間もなく、私の身は抱きかかえられたまま、鋭い一閃からかわされていく。

 そんな温もりに抱き包まれたのだ。


「……え?」

「掴まっていてくれ、レナ!」

「……ラ……イナス?」


 思わず彼の名が口をついて出た。

 その私へと、彼の顔がちらりと向けられる。唇を痛いくらいに引き結んで、私を見やった。

 彼のまなざしに、やるせない痛みが滲む。心の内に強く湧き起こった痛みだったのかもしれない。

 私を映し出す瞳は気遣わしげで、しかし、限りない悔しさを浮かばせて切なげに歪んでいた。

 それでも、彼は私をしっかりと抱き上げ、ギュッと抱き締めてくれる。

 や否や、次々と襲い来る邪悪な攻撃をかわしていった。俊敏な身のこなしで、間一髪――薄皮一枚とも言える僅差で、魔王から放たれる禍々しい一撃を避け続ける。

 足もとでは、大睡蓮の葉が乱雑に揺らめいた。相次ぐ不気味な波動が葉を穿ち、大きく跳ね上がる水飛沫と荒々しい波紋が広がるのだ。

 その狭間で、ライナスは神珠を祀る場から他の葉上へと駆け移っていく。

 続けざまの邪悪な一閃が止まった束の間のひととき、大きな葉の上に私達は降り立った。

 彼に支えられた私は、神剣を手にしたまま両の手を彼の胸もとに置く。

 その手に触れる装束からは、不気味な闇色が消え失せていた。元の王族らしいものへ戻っている。

 私がまとう輝けるドレスの輝きが、彼の装束をことさらに照り映えさせた。

 私を見つめる彼のまなざしもまた、氷が溶け去ったかのような温もりを帯びている。私がよく知っている、見慣れた瞳――私を愛おしそうに映し出してくれる、本来の彼の。

 そう自覚して、そう感じ取って、私は胸いっぱいとなった。

 グッと胸が締めつけられたのは、辛さや悲しみからのものではない。ただただ、その奥深くからせり上がってくるような想いの奔流の中にあったのだ。

 だから、声が震えてしまった。もっと、しっかりと口にしたいのに。もっと、はっきりと紡ぎ出したいのに。

 彼の胸もとに置いた手までもが震えを醸してしまい、キュッと握り締める。

 彼を見上げる瞳に、うっすらと膜が張られたみたいな滲みが生じた。


「……ライナス、なのね? あなた……だよね? 本当……に。本当……の」

「――ごめんっ。すまなかった! 酷いことを言った……とても冷たいことを、俺は。俺は、お前に……っ」


 刹那、抱き締められた。ギュッと強く。グッときつく。

 その寸前、ライナスは辛そうに、悔しそうな面持ちとなった。とてつもなく深く、重苦しい表情に、私は胸を突かれる。

 私の身をしっかりと抱く彼の両腕が、その身が、微かに震えていた。私の耳もとに降り注ぐ声音までもが、切ないくらいに震えていた。

 その震えを、その震えごと包み抱く。そうしたくて、私は彼の背へと両手をそっと回す。

 互いの温もりを間近に感じられた瞬間であった。久方ぶりに。

 それ故なのか。握ったままの神剣がひときわに輝きを放った。ドレスが一層のこと煌めく。

 心が凪いでいくような光の温もりに漂った。満ち足りるとは、今の心地を言うのかもしれない。そう感じられるほどの癒しを感じられた。

 同じ想いを、彼も感じたのだろう。


「あぁ……。この光、だ」

「え……?」

「さっき、神剣を奪おうと手を伸ばした時、お前の手に触れただろう? その瞬間、光に包まれて……何かが消えていったような気がしたよ」

「ライナス、それって……」


 私は反射的に顔を起こした。彼の両腕にしっかりと抱き締められたまま、彼を見上げる。

 揺らめく髪の合間で、彼の額に浮かび上がっていたはずの闇の紋章が消え失せようとしていた。見間違いではない、確かに。

 あ、と瞳を丸くする私に、彼はふわりと微笑った。ともすれば今にも泣きそうな、それでいて朗らかな微笑顔が、私を見つめる。

 それだけで、私の胸にホッとするような温かなものが広がった。その分だけ、彼を見つめる瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちてしまうけれど。

 眦にそっと彼の指先が触れた。そのまま、頬を包みこまれる。

 彼の額が、こつんと優しく私の額に触れた。


「気がつけば、俺の周りを満たしていたのは、レナ――お前が懸命に俺へと向けてくれてた想いだけだった。光そのものっていうのかな……優しくて、まばゆい。そんな想いの奔流に包まれていたよ」

「そう、なんだ。じゃあ、伝わったのね。あなたに、ちゃん……と」

「うん、伝わった。遅くなって、本当にごめん。すまなかった、レナ」


 囁くように紡がれるライナスの一言一言が、私の心に大きな温もりを染み渡らせていく。私の傍らにいつもあって、でも、失われていた温かい処が、じんわりと戻ってきたのだ。

 嬉しい、とても。

 彼はもう一度、私をギュッと抱き締める。傍らにいられなかった分を取り戻そうとするかのように、優しく。でも、強く。

 だけど、次の瞬間――。


「……う、ぐ……っ、っっ」

「ライナス!? ……え? どうして!?」


 私は愕然とした。

 苦しげに額の辺りを押さえたライナスの指先の間に、再び濃くなっていく闇の紋章を見たからだ。

 何故?

 ついさっきまで、消えかかっていたはずなのに。ライナスが元通りの彼に戻ってくれたのと同時に、額の妖しい紋章は薄れていったはずだった。それなのに――。

 酷く痛むのか、彼は体勢をぐらりと崩しそうになる。それを咄嗟に私は抱き支えようとした。

 けれど、私もまた、彼を支え抱いたままひざまずいてしまう。


「……あ、っ」

「レ……ナ……!」


 ガクンとなってしまった私に、我に返ったかのようなライナスの案ずるような声が届く。

 頭痛の重さを堪えながらも、彼を支えようとする私を逆に支えようとしてくれた。


「レナ、どうした? どこか傷めたか?」

「ううん。――でも、何だか……身体が、重い……の」


 そう、妙な圧を感じていた。私を威圧する重苦しい何かを。

 しかし、魔王のものではない。魔王から伝わり感じ取れる禍々しさとは異なる何か、だ。

 とても嫌な、ゾッとするような圧だった。でも、魔王が発するものは違う。それだけははっきりと感じられるのだ。

 けれど、そんなことがあるのだろうか。終焉の魔王エンディオよりも凶悪な気配が、ありえるのか?

 私はゾクリとするものを感じる。

 抱き支えてくれるライナスへと無意識に身を寄せ、彼の胸もとをギュッと掴んだ。彼とて、酷い頭痛に苛まされているのに。それでも、知らずと彼を頼ってしまう。

 そうと察してかどうか、ライナスは片腕だけで私をより強く引き寄せた。もう一方の手を自らの額に押し当てたまま。

 私の耳もとに、彼が深い吐息をつく音が伝わってくる。痛みを堪えるように静かに。


「こんなにも濃い邪悪な気を放つ者が、魔王以外にいるとはな……。あのエンディオが発するものは、何かが違う――何が違うんだろうな」

「ライナス……」

「俺に刻まれた闇の紋章と何か関係あるのか……? ウィンダーやファイーレとは違う……彼らのものと、この紋章は」

「気がついてたの?」

「……あぁ。鏡に映ったこの紋章は、俺が目にしたことがある彼らの額にあるものとは紋様が違ったからな」

「魔王以外の誰か……なんているのかしら? そんな不穏な紋章を刻印することができる誰か――それも、王族であるあなたに?」

「……わからない。ただ少なくとも、あの闇の城には魔王に匹敵する強き者はいないと思う。あの城に存在するのは、魔王に創り出された闇の眷属と魔王への隷属を誓って堕ちた者だけのはずだ」

「そんな彼らには、闇の紋章を刻めるだけの力は無いんじゃ……?」

「そうだな。では、やはり……魔王か? ならば、何故、俺には異なる紋様を――と別の疑問が浮かぶことになるが」

「えぇ、この異様な圧……とても嫌な感じだわ。魔王とは違う――別の禍々しい気配を」


 ふぅ、と私は冷や汗を浮かばせながら、ライナスへと身を預けてしまう。彼だって酷く不快な頭痛に苦しんでいるのに。

 でも、彼は私を守るように抱き支えてくれた。徐々に強まる邪悪な圧に、私がぐったりとしかけたからだ。片腕だけでしっかりと抱き寄せてくれる。

 そんな私達の足もとで、大睡蓮の葉が忽然と不規則に揺らめいた。誰かがふわりと降り立ったような揺らぎだ。

 ゼェゼェ、とでもいうような荒い呼吸音がゆっくりと近づいてきた。杖の音とともに。

 知らずと顔を起こした私は、視界に入った人影に目を見開く。


「ビギニア様!? え!? 何故、ここに!?」

「賢者殿!? ここは今、危うい。どうして!?」

「あ……あぁ、ライナスかえ!? そなた……さようじゃったか。うむ、なればこそ……じゃな。やはり参ってよかったとみえるのう」

「どういうことだ?」

「ビギニア様、無理をなさってるのでは……」


 不可解そうな面持ちのライナスの傍らで、私は息を呑む。

 ビギニアが私達を見つめる瞳も表情も、どんよりとした暗い色を漂わせていた。

 何故だろう、とても不穏な気持ちになる。いや、不安になったというべきか。彼女の疲弊がかなり酷いものであるということか?

 私は、自らの重苦しい身を何とか動かそうとした。ライナスに支えられながら立ち上がり、彼女のもとへ駆け寄ろうとする。

 そんな私へ、ビギニアはほの暗い微笑みを向けた。見かけたことのない、何か違和感を覚えるような。

 だが、杖を掴んでいた一方の手を私へと差し伸べる彼女は、やはり私を慈しむような、労るような仕草に他ならない。

 それなのに、そう感じられたのに。

 その瞬間、私は力がさらに抜けてしまった。全身が、不意に力抜け落ちていく。


「あ……っ、っっ?」

「レナ!? どうした!?」


 ガクンと膝から崩れ落ちる。握っていた神剣さえも、手から滑り落ちた。ドレスから輝きが消え去り、ドレープに沿って神剣が転がり落ちていく。

 ビギニアの瞳が、束の間、キラリと妖しい光を灯した。いや、気のせいか。

 ただ、彼女の視線は忙しなく大睡蓮の葉上で跳ねた神剣へと向かった。

 刹那、私の心臓は大きく跳ね上がる。驚愕ではなく、不吉極まりない危機感が全身を駆け抜けたせいだ。

 でも、何故? どうして!?

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