夜明け前にベルツ教授を訪ねる
「凍らせた網が重いわ。どうやって家まで持って帰るの?」
私の質問に答えず、シリルは周りを見回す。
「みつめ草を採取する事ばかり考えてここに来たけど…。これってやばい事だよね」
シリルは独り言を呟き、しばらくブツブツと何かを言った後、こちらを向いた。
「ベルツ教授に報告に行こう」
「教授は何時にいらっしゃるのかしら?それまで、どこかで待てる場所を探しましょう?」
「この敷地内に住んでいるから、今から行こう」
真剣な顔でシリルが言う。
「え?こんな時間なのに?まだ3時半にもなってないわ」
「みつめ草が形を保っている間に行かないと意味ないよ。ついてきて」
私の返事を聞かずに歩き出した。
「待ってよ」
重たい網を持って、後を追う。
学園の敷地には、建物が点在していて、魔法薬学科の棟以外は、ほとんど行った事がないので、シリルがどこに向かっているのかわからない。
何処かの建物の裏側の木製のドアを通り、半地下に降りていくと、煉瓦の壁に呼び鈴がついた場所にたどり着いた。
でも、ドアがない。
シリルは勢いよく呼び鈴を鳴らすが、音は聞こえない。
もう一度、勢いよく呼び鈴を鳴らす。
周りの灯りが消えて暗くなったと思ったら、室内だった。
手入れが行き届いた階段の手すりに、お洒落なランプが見えて、奥から猫を抱き抱えたベルツ教授が歩いてきた。
「今何時だと思っているんだ、シリル君。緊急事態なのかね?」
ベルツ教授が言い終わらないうちに、猫がニャアと鳴いたと思ったら、景色が変わった。
壁一面が本で埋め尽くされた居心地の良い部屋になった。
窓から見える景色に、ビル群の灯りなどは全くない。
「ソファーに座りたまえ。眠気覚ましのコーヒーを」
ゆったりとした動きで指を振ると、どこからか金属製のポットが出てきて、空中でお湯を沸かし出した。
「教授、そんな事言っている場合じゃないです。この網の中を確認してください。1秒を争うんです」
シリルが凍った網を差し出す。
ベルツ教授が、氷魔法を解除して、時を止める魔法をかけた。
花の時を一時的に止めているのでまだ形は保たれている。
「これは、みつめ草?どこにこれが?」
「講堂側の街路樹の植え込みにありました」
「講堂では、普段の講義だけでなく、論文の研究発表が行われているし、普段から沢山の生徒や職員が通る。これは一大事だ」
ベルツ教授は立ち上がると、指を鳴らす。
ローブがふわりと飛んできて、それを手に取り羽織ると、次は革製の手袋と四角いアタッシュケースのような革製の鞄が飛んできた。
手袋を嵌めて、鞄を持つと「その場所に案内してほしい」と言って、地面を一度蹴った。
すると、驚いた事に講堂の扉前に立っていたのだ。
何が起きたのか全くわからないが、今は聞ける雰囲気でもない。
「ここです」
シリルがみつめ草があった場所を指差す。
「意図的に植えられていたのは確実だ。この事は誰にも言わないように」
ベルツ教授は、透明な袋を出すと、周辺の空気と、土を入れて封をした。
それから、柔らかい紙で周辺の木々を拭き、講堂の窓の位置を確認して、窓ガラスには透明のフィルムを貼る。
「教授、それは一体何ですか?」
「耐攻撃魔法のフィルムだよ。これがあると音も反射されて収音には向かない環境になる。もしもに備えているだけで、何か確信があるわけではないがね。では戻ろう」
教授は講堂の扉前に立ち、また地面を蹴った。
すごい勢いで空気か流れるのを感じ、気がつくと教授の部屋に戻っていた。
足元を猫が歩いてきて、教授に擦り寄る。
「君たちには、今何が起きているのか話しておこうか」
教授に促され、ソファーに座る。
「研究室が閉鎖されているから知っていると思うが、今、夏季大会での出来事の検証が行われているんだ。色々と不審点があってね」
ベルツ教授の話によると、もともと昨年から候補になっていた会場は、雨で地滑りが起きて、急遽、今回の会場に変更になったそうだ。
急遽変更になったとはいえ、会場は何度も下見が行われた。
魔法薬学科と魔法騎士学科の教授が何度も足を運びチェックして最終決断を出したのだが、今回驚くべきことがわかった。
魔法薬学科と魔法騎士学科の教授は、それぞれ全く違う場所を下見していたそうだ。
下見の日時が違ったから、全く気が付かなかったそうだ。
「座標を覚えさせた魔道具を使って、現地まで移動しているからそんな事はありえないはずなんだ」
後でわかったのは、魔法騎士学科の魔道具は、座標を東に100動かされており、魔法薬学科の座標は南に100動かされていた。
「実際に夏季大会が行われた場所は、じゃあ何処だったのですか?」
「わからないんだよ。全員が夏季大会開催場所から戻った後、残してきた夏季大会の様子を随時見守るための魔道具を回収しに行こうとして、移転魔道具を作動させたら、大聖堂の講堂に移転する設定に変えられていたんだ」
「何故、そんな事に?魔道具の設定が次々と変えられるなんて可能なのでしょうか?」
シリルが聞くと、ベルツ教授は深刻な顔で一冊の本を出した。
「魔道具の設定を変えるのは、この本の内容を理解している人物だ」
「これって、魔道具学で習う内容ですよ。と言う事は、知識を習得していれば学生でも可能なんですね」
「問題は魔法騎士学科と魔法薬学科、両方の魔道具と、大会運営用の魔道具に細工できる人物は誰かという事だ。移転魔道具は学生や一般職員が入ってこれない場所に置いてある」
「犯人候補から学生を排除すると、教授の中に犯人がいる事になってしまいますね。教授達はお互いに対して疑心暗鬼になってるんじゃないでしょうか」
シリルが言葉を選びながら言う。
「その通りなんだよ。学長と私で話し合った結果、大会開催用の移転魔道具が、経年劣化で不具合を起こしていたと発表する事にしたのだ。その犯人が『みつめ草』を植えているとしたら…」
「犯人は何が目的なんでしょうか?こんな事がバレたら沢山の貴族を敵に回す事になりますよ?」
シリルは言いながらも身震いをする。
「今日、ここで話した事は内密に。それから、君たちが採取したみつめ草は、こちらで分析しよう」
ベルツ教授は、手元にあった小さなベルを鳴らすと、小柄でふっくらとしたメイドがトレーを持ってやって来た。
私達の前に、蜂蜜がたっぷりかかった分厚いパンと、ティーポットを置き、にっこりと笑うと、部屋の奥へと行き、何やら作業を始める。
「夜中に活動して疲れただろう?これを食べて、ここで仮眠をとるといい」
パンは焼きたてのようで、熱々な上、たっぷりとバターが塗られている。
バターもハチミツも、今まで食べていたものと味が違う!
とろけそうなくらい美味しくて、あっという間に食べてしまった。
だんだんと緊張がほぐれてきて、室内を見る。
図書室のように本棚が置かれているけど、大きな違いは、今視界に入っている本の殆どが外国語で、タイトルすらわからない事だ。
大きな部屋に所狭しと本棚が並べられているのは圧巻だ。




