みつめ草
長い事更新できなくてすいません。
「クリスティーナもローブを脱いで」
言われた通りにすると、シリルは風魔法ですぐに乾かしてくれた。
濡れて気持ち悪かった靴も乾いている。
「ありがとう」
「どういたしまして。僕の大切な鞄を持ってくれてありがとう」
シリルは、私と密着していたことよりも鞄が濡れなかった事の方に意識が向いているみたい。
私の事は、妹くらいにしか思っていないのだろうけど、こんな思わせぶりな行動が沢山の女性を誤解させるんだわ。
自分の部屋に荷物を置くと、シリルと2人で明日の話をしながらディナーの準備をして、食べながら『みつめ草』について話を聞く。
ここでやっと、シリルが鞄が濡れる事を嫌がった理由がわかった。
司書の目を盗んで、禁書を鞄に入れてきたらしい。
2人で禁書を読んで、深夜の計画を立てる。
暗い学園の中で花を観察するので、自生している場所や、どこで観察するかなど、詳しい事を相談して、荷物をリュックに詰めた後、早々に就寝する事にした。
夜中に起きるなんて久しぶりだから早く寝なきゃ。
ハナメイにいる時は、夜中に起きて猟師さんの狩についていったりした事がある。
ハナメイの事を思い出していたらいつの前にか眠っていた。
深夜、目覚ましの音で目覚めた。
時計は2時。
眠りが浅かったから、すぐに起きて身支度をする。
シリルは起きたかしら?
部屋でじっと合図を待つ。
ディナーの時に見せてもらった文献では、『みつめ草』が人を感知している間は、花は咲かないらしい。
パンジーに擬態しているのに、違う花を咲かせると擬態がバレてしまうからだと書いてあった。
そのため、花を見たいなら、『みつめ草』に感知されずに観察するしなければならない。
文献には、みつめ草に感知されずに近づく方法も書かれていた。
人と話すと魔法が混ざり合ってバレてしまうので会話をしない事。
魔法を使わない事。
魔道具を使わない事。
念には念を入れて、目を覚ましてからは会話をせずに少し離れて行動することにしたので、シリルがドアをノックしてくれたら、時間差で出かける事になっている。
じっと待っていると、ノックの合図がきたので、『準備ができている』ということを知らせるために、ドアを一回ノックした。
耳を澄ませていると、出入口のドアが開く音が聞こえる。
ここから5秒待ち、時間差で門番小屋を出る。
シリルの背中が見える位置で歩き出した。
無音の街では、私とシリルの足音が大きな音に聞こえる。
それ以外の音がないので、ゴーストタウンに迷い込んだみたいだ。
細い路地の奥のお店の消えかけのネオンが見えたり、高級メゾンのショーウィンドウの灯りだけがついていて、不思議な空気感を感じる。
ハナメイでは朝方歩くと、獣の気配がして魔物だったらどうしようと恐怖を感じるけど、都会ではそんな怖さはない。
それよりも、誰もいない世界に取り残されたのではないかという不思議な感覚になる。
雨上がりの湿度を感じる風もまた、そんな空気感を助長していて、違う世界に迷い込んだみたいだ。
でも、シリルの背中を見て1人じゃないと感じてなんだか安心しながらも歩く。
路地の中程に見えるパン屋さんの電気が付き、小麦粉を搬入していた。
もう仕込みが始まるのかしら?
大通りに出た。
今は真夜中なので、危険回避のために大通りを歩くと聞いていたけど、先ほどまでの道とは違い荷馬車が多く走っている。
路地を覗くと酔っ払いが隅っこで酔い潰れて寝ていたりして、普段見ている街と大きく違う。
誰もいないサンドロペ魔法学校の正門前についた。
深夜3時前。
本当に誰もいない。
にもかかわらず、学園の中は街灯とフットライトが灯っていてすごく綺麗だ。
正門から見ると、広い道沿いに各研究棟やカフェテリアなどが見えて、一つの街かまたはテーマパークみたいで素敵。
ローブと入館証であるブレスレットを付けているので、堂々と正門から入る。
ブレスレットは魔道具ではなく、ブレスレットを感知する装置の方が魔道具らしいし、これがないと学園には入れないから、ドキドキしながらつうかする。
正門に来たのは、アークライト侯爵令息の馬車に乗った時が初めてなので、今日で2回目だ。
他の小さな門はこの時間、閉門されていて、正門からしか入れないらしい。
『みつめ草』に見つからないために、光を避けながら暗闇から暗闇を歩く。
まるで野生動物に接近している時みたい。
正門から一番近い、講堂側の街路樹の下にみつめ草があるらしい。
風向きを読んで、風下になるようにしながら近づく。
今日の風向きは正門の方が風下になるので、光の下に出ない限り見つからないだろう。
暗闇に紛れながら、作業を始める。
呼吸を感知されないために口を布で覆い、音にも敏感なみつめ草に感知されないようにしながら、虫取り網に似た魚獲り網を出す。
昨日、シリルと作った簡易装置で、網の部分にはシーツを縫い付けてある。
私がハナメイにいた頃、たまに魚を取るために使っていた網だ。
魚獲り用の網は、虫取り網より大きい。
ハナメイから引っ越してくる時、何本も持ってきたのに、使う機会が全くなくて、片付けてあったものだ。
都会では川で魚を獲るなんて誰もしないなんて住んでみるまで知らなかった。
持ってきたはいいけど、使う機会がなかったので捨てようかと考えていたのに、まさかこんな形で使うとは思っていなかった。
その間に、シリルは魔法薬研究学科の棟に行き、外に設置されたゴミ置き場から手に持てるサイズの重そうな缶を持ってきた。
他の研究室が、この時期に使用期限切れの糊を捨てる事をシリルは知っていたらしい。
研究内容によっては魔法薬の保存に粘着性の高い糊を使用するやり方もあるらしく、使用期限が切れた糊に魔法薬を入れると変色する上に、効能も無効になるので糊を破棄するらしいのだ。
しかも、破棄した糊は、業者が回収するまでに2週間くらいあるので、ゴミ置き場に放置されているらしい。
大量の糊なんて誰もいらないものね。
改良型の網に糊を付けて、準備完了。
1人1本ずつ持ち、暗闇で待機する。
講堂の上部に設置された大時計が3時15分を指した時だった。
突然、パンジーにしか見えない花の後ろから蔓が伸てきた。
沢山咲いているパンジーのうち、蔓が伸びたのは4つ。
蔓は2メートルほど上に伸びて、蕾をつけたかと思うとみるみる膨らみ、蕾の大きさは10センチくらいになった。
まるで風船が膨らむかのように大きくなったので、網を持つ手に力が入る。
息を殺してじっと見ていると。左端の花が咲いた。
暗がりに溶け込むようなダークパープルの花だ。
文献によると、10秒後に種を飛ばすらしいので、心の中で10数える。
…、3.2.1!
勢いよく花に向かって網を振り下ろした。
種を飛ばす瞬間に網を下す事ができたようで、網の中て何かが弾けた感じがする。
シリルの予想だと、みつめ草は人に見つかったと感知してすぐに粉状になり、風で散ってしまう。
そうなる前に、シリルは蕾に向かって網を振り下ろしたが、それと同時に、目の前のみつめ草が、粉になり、空中へと散らばってしまった。
シリルは急いで氷魔法をかけて、網を凍らせる。
きっと、粉になる前に凍ったはずだわ。
先ほどまで、街路樹の下にあったパンジーが跡形もなくなってしまった。
他にもパンジーに擬態したみつめ草があるのかもしれない。
そもそも何故、こんなに一番多く人が通る場所に咲いていたのかしら?




