常夜街
握られた手を自分から振り解く勇気もないから、ついて行くしかない。
ゆっくりと息を吸って、緊張している事を悟られないように笑顔を取り繕う。
ずっと昔、ジーラさんから「クリスティーナは自分の価値を解っちゃいないよ。アンタは無条件に人を信用しすぎるけど、それはいけない。身を守る術を覚えなさい」と言われたのを思い出したけど。
今思い出しても、もう遅い。
自分の浅はかさを後悔しながら階段を降りた。
古いコンクリートの通路を歩く。
足音が響いて不気味さは増して行く一方だ。
小さな照明魔道具の灯りが点滅する。
きっと壊れる寸前なんだわ。
20メートルほど進むと、鉄格子の扉があり、背の曲がった老人が立っていた。
「生きた人間は、金が必要だよ」
「金はないけど、これならあるよ」
クライド様は、小さな袋からガラス玉を4つ取り出して老人に渡す。
老人は、松明の炎にガラス玉をかざして、覗くようにじっと見た。
4つとも観察した後、こちらを向いて鼻をならす。
「これは魔物の目玉だな。質もいい。通行料としては申し分ない」
老人が言い終わらないうちに、移動魔法が発動して、一瞬で人が賑わう地下街に立っていた。
天井は三階建くらいの高さで、地下街にいるというより夜のアーケード商店街にいるようだ。
黄色とオレンジの間の色の、薄暗い照明魔道具の灯りが細い地下道の奥まで続いている。
一本道ではなくて、入り組んだ迷路のような街だ。
「ここって…」
なんて言っていいかわからずに言葉に詰まる。
「常夜街だよ。太陽の下に出られない種族や、地底人、それから梟族なんかの夜行性の民族と人間が交流する街だよ」
「こんな街があるんですか!知らなかった」
「普通は通行料を払えないからね。来たことがある人はほとんどいないんじゃない?」
「通行料…あの見たことない目玉のことですか?」
「それは今日の話。いつも同じとは限らないよ」
クライド様の含みを持たせた言い方に引っかかるけど、気にしないことにして周りを見る。
魔物の毛皮を使った洋服や、蜘蛛の糸を紡いだ魔法糸など、見たことないものが並んでいる。
「ここの路地裏に杖専門店があるんだよ。でも、せっかく来たんだから食べ歩きでもしない?」
「食べ歩き?したいです!」
「普通の物はないけど大丈夫?」
「はい!」
まず立ち寄ったのは、女王蟻の作った草団子屋さん。
蟻の委託を受けた地底人が販売していた。
不思議な味がする!
次は、炎鳥の串焼き。
火に包まれた鳥をどうやって捕獲するのかしら?
「お兄さん、夏の新月のパーティー用の髪飾りはどうだい?」
頭のてっぺんから足の先までベールに覆われたお婆さんが骨ばった手で勧めてきた。
紫の花だけで作られた花冠だった。
「お嬢さんにお似合いだよ?」
沢山の花飾りは、花の種類がいろいろあって可愛い。
「いいね。でも、残念ながら、まだ恋人じゃないんだ。うまくいったら買いにくるよ」
クライド様は私を見てウインクしながら答える。
これって恋人に贈る花冠なのね。
次に気になったのは、古本屋さんだった。
古い教科書は売ってなかったけど、今ほど魔道具が発達していなかった時代の家事の本と、同じ時代の魔法入門書があったので購入する。
「珍しい物を欲しがるね」
「珍しいですか?」
「すごくね。今時、庶民でも簡単に買える使い捨て魔道具で代用できる簡単な魔法しか載っていない本を買うなんて。簡単な内容だから、薪一本より安いよ」
「それでも、私には価値があるんです」
公立学校の教科書と監修者が同じだったから、同じ年代に作られた本なのだろう。
「レディ、僕がお持ちしますよ」
うやうやしく騎士の礼をするので、クライド様に持ってもらうことにする。
「そろそろ、杖のお店に向かおう」
「はい。是非お願いします」
路地を曲がり、低いアーチをくぐり抜けると、路地の雰囲気が変わった。
道の両側には露店がまばらにあり、オレンジ色のライトが商品を照らしている。
露店が出店していない場所は、営業中のお店があるようで、看板がライトに照らされているが、真っ黒な看板だらけで文字は読めない。
不気味なのは、この通りに誰もいない事だ。
歩いている人はおろか、露店の店主もいないのだ。
まるで人が全部消えたみたい…。
「僕の後についてきてね。一列に歩くから」
「わかりました」
「真後ろにだよ?離れたらダメだから、肩でも掴んでくれると嬉しい」
「はい、わかりました」
誰もいない道なのに、一列に歩くと言われて疑問に感じながらも従うしかない。
そんなにピッタリくっついて歩かなきゃいけないのかな?と疑問に思ったけど、歩き出して理由がわかった。
誰もいないはずなのに、時折り押されたような気がする。




