第3話壱 本日最大のイベント
「……そうか。ジョゼフはルチルたちと一緒か」
二人で園芸部を手伝っているから、一緒にいる確率は高いと思っていたが。
一瞬の間の後、エミリオは通信の耳飾り越しに六花に話しかける。
「ルチル。生徒会のみんながいるなら、第一体育館を目指してくれないか」
『第一……?古くて、倉庫になってる、あの……?』
通信は妨害が入るので、ところどころ会話が途切れてしまう。聞き間違いではないかと確認する六花に、第一だ、とエミリオは念押しした。
「実は、そこに君たち用に開発させたタイテニアを秘密裏に保管している。先日の総督府襲撃でタイテニアの格納庫が大破してしまったから、軍用のタイテニアの置き場に困っていて、それで……あれは君たちしか乗せるつもりもないものなのだし、学院に移して、空いた場所に行き場の困ったタイテニアを移動させることになった」
エミリオが一気に説明する。
エミリオにとっては思いもかけぬ出来事であったが、総督府でも困っているのに便乗して、六花たちの新型タイテニアを学院に移す口実にしたのだ。今日の文化祭での襲撃はあらかじめ予定してあったから、彼らにも戦力は必要だと思って――。
『――分かったわ。生徒会のみんなで第一体育館へ向かう』
「ああ。それで……もうひとつ、お願いしたいことがある。ジョゼフを同行させてくれないか。妹には、君たちと一緒にいてほしいんだ」
エミリオの頼みに、六花が黙り込む。だが、返事はすぐに来た。
『もちろんよ。彼女は私たちが守るから心配しないで。エミリオは――』
「他の先生方と同様に生徒の避難誘導を続ける。僕は大丈夫だ。いまは校舎内にいるし、遠くから襲ってきたタイテニアを眺めているだけだから」
『そう。気を付けてね……』
ありがとう、とエミリオが答えると同時に通信が切れる。
――エミリオたちの手によって妨害が強まり、これでしばらくは六花たちのほうから接触してくることはできなくなった。
「ルチルたちは講堂から第一体育館へ向かう。生徒会のメンバーも全員揃っている――生徒会室にぬいぐるみが一つも残っていなかったことを考えると、カルネたちも全員一緒なのだろう」
控えていたダニオに振り返り、エミリオが言った。
「妹にはルチルたちがついているから、多少、遠慮なしに暴れても問題ないだろう。僕たちも向かい、彼らと合流する」
「御意に」
混乱する人々でごった返す講堂のエントランスまで戻ってきた六花を、愛犬のユキが目ざとく見つけて吠える。犬の鳴き声に美雲家の人々も振り返り、妹のはなが愛犬に引っ張られつつ六花に飛びついてきた。
「りっちゃん!」
「りっちゃん、ふうちゃん、無事でよかった」
母の蘭花も娘たちに駆け寄り、二人の無事を確認してホッとしている。父の冬史郎は、風花を見て苦笑した。
「まったく……。相変わらず、風花は六花のことになると見境ないな。止める間もなく飛び出して行って」
息子の行動をたしなめつつも、父の口調は優しい。ローズ副会長のもとにも、オールストン家の愛犬と、副会長の妹、母親が駆け寄って無事を安堵していた。
「お兄様、ご無事でよかったです」
「そのビーバーもどきが自分が迎えに行くから心配するなと言っていたが……連れて来てくれたことに感謝するぞ」
「ビーバーではなくカワウソだそうです」
オールストン博士は息子の頭に乗っかっているカワウソのぬいぐるみを見て笑っている。グランヴェリー公爵夫妻も、六花たちを迎えに行った息子を労っていた。
ジョゼフィン王女は少し距離を取ったまま、その光景を沈黙して見守っていたのだが……蘭花が、王女に視線を向ける。
「ジョゼフィンちゃん。貴女も怪我はない?」
一国の王女をちゃん付けとは、なかなか母も豪胆だと思う。礼儀知らずと紙一重なのだろうが、ジョゼフィン王女はそれを咎めるつもりはなさそうだ。
ただ、虚を突かれたように目を丸くしていた。
「は、はい……」
「そう。無事でよかったわ。もう大丈夫だからね。みんなで一緒に逃げましょう」
母と王女の会話のかたわらで六花はオルフェ会長に声をかける。
「会長。先ほど、エミリオ先生と通信が繋がったのですが――」
「俺たちも聞いていた。こちらから彼に話しかけることはできなかったが、君たちのやり取りは聞くことができたんだ――第一体育館に向かうのだろう。第二体育館まで距離もあることだし、カルネたちも揃っているのだから、タイテニアを取りに行くのが俺もベターだと思う」
六花が話そうとしたことを察し、会長が言った。話が早いのは助かるが……。
「例のタイテニア集団が襲ってきたというのなら、対抗手段は必要だ。この騒ぎを聞きつけ、いずれ総督府からも派遣されるであろうが……すぐとはいくまい。子どもたちにばかり頼るのも情けない話だが、私もオールストン博士も、エミリオ殿下の提案がもっともだと考えている」
グランヴェリー公爵とオールストン博士にも賛同してもらえたので、六花もホッとした。勇仁は、自分の両親も同行する気満々なことにちょっと驚いているようだ。
「え。父さんも母さんもついてくるの?」
「当たり前でしょう!そない危ないところ、子どもたちだけで行かせられるわけないやないの!」
「落ち着け、智子。勇仁も。避難してほしい気持ちは分かるが、生憎と我々はルミナス学院にもこの町にも疎い。おまえたちと同行するのが最善だ、ということは分かるだろう」
そういうことだね、と大河の叔父も同意したので、全員で第一体育館へ向かうことになった。
六花も、この状況では両親と妹たちだけで避難させるほうが不安でしかないし、一緒にいてくれたほうが安心である。
講堂から第一体育館まで百メートルもない距離だったが、その道中でも、総督府を襲撃したタイテニアの姿は見えた。
というか、こちらに向かってきているようにすら見える。
ただ……三体いるものの、そのうちの一体に見覚えがない。前回の襲撃には存在しなかったタイテニアだ。
「あの新規に乗っているのはブラッドかダリアだろ。武器が大鎌ってことは、ブラッドのほうか。武器を持ち替えただけの可能性もあるが」
新たなタイテニアの登場に六花が思案していると、そばにいた風花がそう言った。
どこで答え合わせができるかは分からないが、状況的にはきっとそうなんだろうな、というのは六花も同意だ。
「なんであれ、我々もタイテニアを」
「フーカ、一人で乗れる?」
オルフェ会長に抱えられた天馬のぬいぐるみの指示で生徒会メンバーはそれぞれのタイテニアに向かったが、六花は足を止め、風花を見た。
六花の心配に対し、珍しく風花は顔をしかめている。
「……何とかする。動けなくても、能力は使えるから……足手まといにはならない……たぶん」
「アミル、アッシュ王子のフォローをやってくれ」
カルネに言われ、アヒルのぬいぐるみは不満の声を上げそうになったのを必死で堪えていた。フォロー役は構わないが、その相手が風花なのは納得いかないらしい。
カルネが言葉を続ける。
「正体不明の敵を前にして、ルチルが自分の役割に専念できないのはまずい。風の紋章使いの君なら、アッシュ王子を移動させることができるだろう」
「ぐぐ……カルネ様のご命令なら」
いやだ、という心の声が思いっきり顔に出ていたが、アミルは指示に従うことにしたようだ。
六花はずっと腕に抱いたままだったオオカミのぬいぐるみを抱え、そのままルチルの姿を模したタイテニアに今度こそ向かおうとした……が、止められた。
走り出そうとしたところをシルバーに強く腕をつかまれ、つまずきかけながら振り返る。
「な、なに?」
「そいつを俺に寄越せ。俺の身体でしか力が使えないんだろう」
一瞬、きょとんとなって、いいの?と六花は目を瞬かせた。シルバーは苦虫を噛みつぶしたような表情をしていたが、仕方ないだろ、と拒絶はしなかった。
「この状況でワガママ言うほど、俺もガキじゃねえ。そいつと俺の実力差もちゃんと理解してる――足元にも及ばないってことは、痛いほど思い知ってるさ」
そう言って六花の腕からオオカミのぬいぐるみを少し強引に奪い取り、シルバーもロベラの姿を模したタイテニアへと駆けて行く。
……平時はあれだけ嫌がっていたが、シルバーも道理は弁えた賢い青年だ。自ら言い出したことなのだし、心配はいらないだろう。
六花も改めて自分のタイテニアに向かう。
「りっちゃん、ふうちゃん、気を付けて……」
乗り込む直前、母が声を張り上げて我が子の身を案じるのが見えた。
大丈夫だから、と安心させるように母に向かって笑いかけて手を振り、六花もタイテニアに乗る。母と共に、父と妹と愛犬と、王女ジョゼフィンが揃って六花たちを見守っていた。
『今回、我々が最優先になすべきことは、オルフェの父母たちを安全な場所まで避難させることだ』
紋章石が埋め込まれた耳飾り越しに、兄カルネの声が聞こえてくる。生徒会全員がそれぞれのタイテニアに乗り込み、契約した相手と身体を交替しているのだろう。
次に聞こえてきたのはラズの声だった。
『――とのことですから、スヴェン。勝つことにこだわるのはナシですよ』
『分かってるよ。いきなり俺名指しでダメ出ししてくるんじゃねえ!』
『スヴェンが一番心配だからなー』
アミルの軽口に、なんだと!?とスヴェンが怒鳴り、落ち着け、とロベラが諫める。
『避難が最優先と言っても、俺やスヴェンは陽動役も兼ねてあのタイテニアと戦うことになる。そのうちの一人が本当にアレーナなら、スヴェンは粘着されて、そう簡単に振りほどけなくなるぞ』
『ルチル、おまえは今回、ロベラと行動を共にしろ。前回の襲撃では主にルチルが狙われていた。もし今回も同様ならば、おまえが後ろにいると生身の彼らが巻き添えになる可能性が高い』
「分かりました」
自分のせいで家族が巻き込まれるなど、絶対に許せない。兄の命令でなくとも、両親や妹たちを守るためなら自分が囮役になるのは当然である。
『全員、第一体育館を出る――自分の乗るタイテニアの大きさに気を付けてくれ。サイズを考慮しないと、出入り口を破壊してしまうぞ』




