第2話肆 私の青春は、いま始まった
グランヴェリー公爵夫妻を案内した後は園芸部の手伝いに戻ってしまったジョゼフィン王女をちょっと強引に連れ出し、六花たちは講堂へと向かっていた。
講堂は、人だかりができている。
「すごい人だねー。皆、コンテストってやつを見に来たのかな」
アヒルのぬいぐるみを抱え、大河が人混みに感心したように言った。
そうだろうね、と天馬のぬいぐるみを片手に、生徒会長が相槌を打った。
「文化祭の一番の目玉でもあるから。それぞれの部活動による発表ステージも兼ねて、色んなコンテストをやっている。ローズが出場するのはドレス美人コンテスト――服飾部の手伝いでね」
「どれすびじん……」
クマのぬいぐるみをわしづかみにして、勇仁は目を瞬かせる。カワウソのぬいぐるみに勝手に肩に乗られた風花は、眉をひそめた。
「ルミナス学院って、生徒のほとんどが男だろ。まともに通ってる女子生徒はリッカとこの王女と、変な兄妹の片割れだけって聞いたが」
「二年生も少しいるけれど、もうほとんど通学はしてないって、私も聞きました」
オオカミのぬいぐるみを両腕で大事に抱え、六花が言った。私もそのように聞いております、とジョゼフィン王女も同意してくれた。
「ああ。だから、参加者は全員男だ」
会長は事も無げに言ったが、勇仁の両親たちは目を丸くしていたし、六花たちの両親もポカンとしていた。
講堂の広いステージではドレスを着た美人たちが服飾部の作品を披露し、観客たちも面白がるような称賛するような声を上げている。
美しい衣装は異国の少女の心も魅了したようで、妹のはなはキラキラした目でドレスを着て歩く生徒たちを見つめていた。
「とってもきれい。はなちゃんも、大きくなった、どれす、着てみたい」
「みんなしっかり着こなしていて、とても素敵ね」
最初は驚いていた母の蘭花も、ドレスの美しさや胸を張ってモデルを務めている生徒たちを見ていたら、彼らの性別のことはどうでもよくなったようだ。
ワダツミ人からすれば、男がドレスを身にまとう異様さというものはあまり問題に感じられないし。
「ワダツミでも、男があえて女物の衣装を着用するのも趣向のひとつだったりするからねぇ。異国でも、同じような文化があるということかな」
「そ、そういうものか……?」
勇仁の父親はまだ納得いかないようだが、大河の叔父は笑っている。勇仁の母親は、素直に称賛していた。
「ドレス着てる子たちも、この日のために一所懸命練習してきたんでしょう。服着ただけで、あないに優雅に歩けるはずがありませんから。みんな綺麗だけど、オールストンさんの息子さんは別格やわぁ」
「お兄様がいちばん綺麗です」
兄を褒められ、マリーは自分のことのように嬉しそうにしている。母親のオールストン博士も、どこか得意げな様子だ。
「ワダツミ人は寛容で柔軟な思考の持ち主ばかりだ。我が夫など、いまだに息子のこの格好に難儀を示すのだから、まったく」
「むむ……いや……見事だとは思うが、やはり我が息子となると話が別というか……博士も、ダスティンをそう悪し様に言ってやらんでくれ」
グランヴェリー公爵は息子の女装に難を示すフロックハート先生に共感を示している。公爵夫人のほうはクスクス笑っていた。
「あら。私はオルフェもこのコンテストに出ればいいのに、と毎年思ってたわ。シルバー、来年はあなたも出てみたら」
「お断りします」
母親の頼みを、シルバーは間髪入れず断った。
なるほど、と六花も目を輝かす。
「フーカ。あなたも来年、出てみない?」
「絶対嫌だ」
似合うのにもったいない、と六花がわざとらしく頬を膨らませてみても、風花も頑として首を縦に振らなかった。
ドレス美人コンテストは見事ローズ副会長が優勝し、講堂は楽しそうな雰囲気のまま客でごった返していた。
服飾部の舞台が終わっても、舞台は続く。次は別の部活動が利用するようで、講堂の楽屋も入れ替わりで忙しい。
本当は服飾部の部長に会いたかったのだが、この人混みと忙しそうにしている部員らを見て、六花は件の人をを探すのは諦めた。代わりに見かけた顔見知りを呼び止める。
「ロールちゃん」
「……お待ちなさい。まさか、私を呼び止めたんじゃないでしょうね」
ルミナス学院には珍しい女生徒が、六花に呼び止められて嫌そうな顔をする。縦ロール呼びをされたのが嫌だったのか、ワダツミ人の六花に呼び止められたのが嫌だったのか、それは定かではない。
「だって、私、よく考えたら貴女の名前をちゃんと聞いたことないもの――あら。私も貴女にちゃんと名乗ったことあったかしら?」
「ミクモさんでしょう。いまさら結構ですわ!」
もともと切れ長気味の目をさらに吊り上げ、縦ロール女生徒が怒る。同行するジョゼフィン王女が困ったように取りなした。
「ミクモさん。彼女はミランダ・ヒバート嬢です」
「なんとなく知ってる。周囲の人が彼女に呼びかけてるのは聞いたことあるから。お兄さんは――」
「モーリス様」
答えるジョゼフィン王女に向かってやれやれと首を振った後、六花は改めてミランダ・ヒバートを見る。
「王女に自分のこと紹介させるなんて図々しくない?」
「貴女に言われたくありません!」
「すぐ怒るのもやめなさい。怒りん坊は可愛くないわよ」
誰のせいで、と噴火しそうな勢いで顔を真っ赤にしてヒバートは六花を睨むが、埒が明かないと思ったジョゼフィン王女が口を挟んだ。
「ミランダ様。こちら、服飾部の皆様への差し入れです。グラス部長から、お礼を兼ねて」
そう言って、ジョゼフィン王女は持ってきたカゴを見せる。綺麗なガラスの瓶の中身は、園芸部で育てられた茶葉である。
ミランダ・ヒバートは姿勢を正し、王女に向かって礼をする。
「ありがとうございます。アシュビー部長に、必ずお渡しいたしますわ。今回の服飾部の舞台は、園芸部での宣伝のおかげで、よりいっそう盛り上がりました」
「どのドレスも素敵だったわよ。ローズ副会長の着てたものが別格感はあったけど」
「あれは部長の渾身の作品ですもの。さすがに誰も敵いませんわ」
六花の賛辞も、ヒバート嬢は素直に聞き入れている。
「あなたのお兄さんが作ったドレスは、二番目に出てきた人が着てたものでしょ。モデルの雰囲気があなたに似てたもの」
「よくお分かりで――こほん。兄にお手伝い頂きましたが、あれは私の作品ですわ」
そういうことにしておきましょうか、と六花は肩をすくめ、ジョゼフィン王女もクスクス笑った。すでにバレバレなのだが、ヒバート兄妹はどうしても兄がドレス作りをしていることは認められないらしい。
話している間に、着替えを終えたローズ副会長が六花に気付いてこちらへやって来た。
「リッカ。出迎えご苦労」
「お疲れさまでした。見事な舞台でしたよ」
副会長はちょっと勘違いしているような気もするが、訂正する必要もないので六花は笑顔で答えることにした。副会長とも合流出来たらいいな、とは思っていたし。
「む。その者も同行していたのか」
六花がオオカミのぬいぐるみを抱えているのを見つけ、副会長が言った。ジョゼフィン王女たちはぬいぐるみの正体を知らないので、会話の意味は理解できていないことだろう。副会長も、わざと曖昧な言い方をしている。
「オルフェ会長も、他の皆を連れて見に来ていましたよ。次の舞台が始まるので、もう客席は離れてエントランスに――」
六花の言葉は、地響きの音と揺れでかき消された。
地震ではない。ごく最近、似たような経験をしたばかりだ。
「な、なんですの、いまの」
ミランダ・ヒバートが青ざめな、周囲を忙しなく見回しながら言った。楽屋を行き来していた生徒たちも思わず立ち止まり、中には屈んで身を縮めている者もいる。
ローズ副会長とジョゼフィン王女は、六花と同じ感想を抱いたらしい――二人も、六花と同じ経験をしたばかりである。
「ローズ副会長。いまのって――」
「先日、総督府で同じようなことがあったな。つまりはそういうことだろう」
六花と目が合うと、副会長はそう言って頷く。ジョゼフィン王女の腕を引っ張って楽屋を出ようとする六花たちを、別の声が止めた。
「ミランダ、ここにいたのか!アシュビー部長が集まれと――おい、おまえたち!不用意に動くな!」
ミランダの双子の兄モーリス・ヒバートだ。戸惑う生徒たちをかき分けて強引に出入り口に向かおうとしている六花を、非難がましい目で見ている。
「部長の指示に従え!未開の野蛮人でも、いま、ただならぬことが起きていることぐらい分かるだろう!」
「もっともな説教だ」
副会長が冷静に言った。
「平時ならば、俺もその言い分が正しいと聞き入れたことだろう。生憎と、今回は特殊例なのだ」
ローズ副会長が相手では、モーリスも押し黙るしかない。
ただ、アシュビー部長の指示を守って六花たちを引き止めた彼の行動は、ローズ副会長の言う通り正しい。本来なら六花たちのほうが非常識である。
「グランヴェリー公爵がエントランスにいる。公爵が近くにいるとなれば、王女は彼のもとまでお連れすべきだろう。服飾部の部員たちは、引き続きアシュビーの指示を守れ。生徒会は王女を総督補佐のもとまで護衛し、事態の把握に向かう」
兄妹は何か言いたそうな様子ではあったが、もう六花たちを引き留めはしなかった。
「ミクモさん、アンブローズ様。いまの揺れは、総督府で私も経験したものと同じでしょうか」
六花に腕を引っ張られながらも、王女は抵抗することなく必死について来ている。王女の問いに、早足で前を歩くローズ副会長が振り返ることもなく答えた。
「恐らくは殿下が考えていらっしゃる通りの状況でしょう。タイテニアが学院内を闊歩している――果たして前回とおなじものなのか、何が目的なのかはまったく不明ですが」
混乱する人々の合間をすり抜けてエントランスを目指していると、目立つ容姿の男子生徒が周囲を容赦なく押しのけてこちらへ向かってくるのが見えた。
――風花だ。カワウソのぬいぐるみを頭に載せ、なぜかシルバーまで連れている。
「リッカ」
「迎えに来てくれたのね。ありがとう……なんだけど、なんでシルバーまで?」
風花が六花たちを心配してわざわざ駆けつけてくれるのは分かる。でも、後ろの後輩くんはそこまで面倒見が良かっただろうか。
指摘されたシルバーは、険しい表情で六花の抱えるオオカミのぬいぐるみを指差しながら言った。
「俺じゃなきゃ、そいつと繋がれないだろう」
「私がローズと繋がっているので、あなたは不要でしたけどね。ルチルと合流出来ているることはすでに分かっていましたし」
風花の頭に乗っかるカワウソのぬいぐるみが、やれやれと首を振る。ぬいぐるみなので、こっちはあまり表情が変わらない。
生徒会の男子たちは、それぞれ契約している相手と、離れていても以心伝心でコミュニケーションが取れるらしい。シルバーも、ロベラと契約はしたままだったので、離れていても話すことができたのだろう。
それで……六花と一緒にいるロベラを頼りに、シルバーも探しに来てくれたということか。
本当にただ面倒見が良かったらしい。
「心配してついて来てくれたのね。ありがとう」
「……お前じゃなく、お前が無理やり連れて行った王女殿下と合流するためだ。まったく。そうでなければ、わざわざ来たりするもんか」
などと悪態を吐いていたシルバーだが、あとでロベラが教えてくれた情報によると、六花のことも結構心配してくれていたそうだ。素直に感謝されておけばいいのに、損な性分というか……。
『……ルチル……みんな……』
耳元から別の声が聞こえてきて、ハッとなって六花はつけていた耳飾りに触れた。
そう言えば、生徒会のみんなと連絡を取れる紋章石の耳飾りはつけっぱなしにしていたのだ。今日は別行動も多いから、みんなで決めて。
構内ぐらいなら連絡が取れるはずなのに、いままでまったく誰の声も聞こえてこないものだから忘れていた。
「エミリオ先生?」
聞こえてきた声に六花が答えると、今度ははっきりとエミリオ先生の声が聞こえてきた。
『よかった。ようやく繋がった……他の紋章に干渉されてるみたいで、共鳴が悪い……ルチル、いま、どこにいる?例の総督府を襲ったタイテニアが校庭に現れて……第二体育館に避難……教頭が指示……』
すぐに会話は途切れがちになり、エミリオ先生の声も大きくなったり小さくなったりで安定しない。副会長も自分の耳飾りに触れて声を聞き取ろうとしているが、副会長からの応答は向こうに伝わっていないようだった。
「私たちはいま、講堂にいます。ちょうど生徒会のみんなも集まってて」
『講堂は……第二体育館から遠い……校庭を横切る羽目に……ジョゼフは園芸部……』
「ジョゼフィン王女も講堂です。彼女も、私といま一緒に」
不安そうに自分を見つめるジョゼフィン王女に視線を向け、六花が答えた。




