第2話参 私の青春は、いま始まった
グランヴェリー公爵夫妻を案内がてら、六花とジョゼフィン王女は園芸部の部室に戻ることにした。
グランヴェリー公爵夫人は最初の印象通り、所作の一つひとつに育ちの良さを感じる上品な女性で、それでいて気取ったところはなく、外国人の六花にも好意的に接してくれた。
「その衣装、とても素敵ね。ワダツミの文化はどれも本当に素晴らしいものばかり」
「ありがとうございます。服飾部の部長さんが、学院生活の集大成として作り上げたものなんです。ワダツミ人の私でも感嘆するほどの出来栄えで――」
園芸部はそこそこ繁盛しているようで、お客さんの賑やかな声が廊下を歩いていても聞こえてくる。
……と思ったら、部室の前に人だかりができていた。覗いてみれば、部室の前に繋がれた美雲家の愛犬が人々の注目を集めていたらしい。
オールストン家の愛犬と並んで座るワダツミ犬。ガラテア人は思わず足を止め、初めて見る犬に興味を奪われている。
「ユキちゃん。あなたまで看板犬やってるの?」
六花が声をかけると、愛犬は嬉しそうに尻尾を振った。
公爵夫妻とその息子を連れて部室に入ると、先に園芸部へ向かった両親と妹がいた。勇仁の母親、ローズ副会長の母親と妹……それに、風花も一緒に。
妹のはなとその友達のマリーはケーキ付で、全員で園芸部特製のハーブティーを注文し、楽しそうにお喋りをしている。部室に入ってきた六花たちに、風花が真っ先に気付いた。
「フーカ。お父様たちと合流出来てたのね――それはいいんだけど、ユキちゃんはどうして看板犬をやっているの?」
「別に看板犬として提供したわけじゃない」
からかうように話す六花に対し、風花は眉間に皺を寄せる。
「トーシローたちと合流できたんだが、ジョーガサキが父親も探して連れて来るって言って別れたんだ。それで、ユキがあそこにいれば俺たちがここにいることもすぐ分かるだろうって思って」
「それで。お友達も一緒だし、ちやほやしてもらってユキちゃんはまんざらでもなさそうだったけど」
とりあえず、案内してきたグランヴェリー公爵夫人とその息子も席に案内し、両親のことも紹介した。
両親は、ずっと話に聞いていた生徒会長の両親とようやく対面することが叶い、深々と頭を下げている。
「ご子息には、娘と息子がお世話になっております。夏には下の娘も別荘に招いて頂いて。おかげさまで、下の子もいずれは自分もルミナス学院に通いたいと、ガラテア語を熱心に勉強に励むようになりました」
「こちらこそ。息子たち二人もとても楽しかったようだ。家でも、生徒会のことばかり話している」
六花たちの父はちゃんとガラテア語で話しかけたが、グランヴェリー公爵は完璧なワダツミ語で対応してくれたので、妹のはなも会話の内容を把握できたようだ。ケーキを食べる手を止め、じっとグランヴェリー公爵を見つめている。
「オルフェかいちょーさんの、お父さん?」
「うん?そうだよ――初めましてだね。お嬢さんのことも、息子たちから聞いているよ」
公爵をじーっと見つめていたはなは、オルフェ会長たちとの共通点を探しているような気もした。
「オルフェかいちょーさんも、シルバーも、とっても親切だった」
「それは良かった」
「でも、かいちょーさんはお野菜切るのは上手じゃなかった」
突然の暴露に、グランヴェリー公爵夫妻は吹き出し、六花の両親たちは娘をたしなめた。六花も苦笑したが、シルバーのほうは兄の欠点を暴露されても腹を立てる様子はなく、ちょっと微妙そうな顔をしていた――笑うのを我慢しているようにも見えた。
「その話も聞いたわ。玉ねぎに負けたって。みんなで大笑いしちゃったわ」
公爵夫人が笑いながら言った。
「ローズも玉ねぎには完敗したと言っていた」
「お兄様は戦略的撤退と言って逃げました」
オールストン博士と娘のマリーもローズ副会長の敗北を暴露し、クスクスと笑っている。
「我が息子と娘も、グランヴェリー家所有の別荘で過ごした夏合宿は、とても有意義なものになったようだ。マリーはハナチャンから良い刺激を受け、一学期には行き渋りをしていた彼女も二学期はしっかりと学院に通うようになった。いつかハナチャンと一緒に通えるようになった時、自分がしっかりと案内をするのだと張り切っている」
「はなちゃんもお勉強がんばる。いっぱいお勉強すれば、りっちゃんみたいにるみなすがくいんに入学できるよね?」
純粋なはなの問いかけに、もちろんだとも、とオールストン博士は満面の笑顔で頷いた。
「マリーのためにも、ハナチャンの入学は必ず実現させなくては」
「我が家も微力なら協力するわ。ぜひ、ルミナス学院に入学しに来てね」
グランヴェリー公爵夫人も優しく微笑み、応援を受けてはなちゃんも嬉しそうに笑った。にこにことケーキを頬張るはなちゃんを笑顔で見つめ、マリーも上品にケーキを食べる。
女性陣の会話を眺めていたグランヴェリー公爵は、六花の父・冬史郎を見た。
「ご息女、ご子息はみな優秀で勤勉な子たちばかりで実に素晴らしい。ご両親の教育が行き届いているのだな」
「恐縮です。私と妻は、その……教養と言えるほどの経歴を持たない人間なものですから。この子たちが立派なのは、この子たち自身の努力の成果です」
公爵の褒め言葉に小さく頭を下げ、冬史郎が話す。
「私も妻も、孤児なんですよ。本当は、皆さんとこうして同じ席に座ることすらおこがましいような出自でして。先代の神代のご領主様がお声をかけてくださり、学ぶ機会を与えてくださったおかげで、いまはこのように神代の領主の地位に就くことができただけなんです」
「先代の神代のご領主さんには、私も会うたことがあります」
静かに紅茶を飲んでいた勇仁の母・智子が、口を挟んだ。
「公人としては立派な御方でしたけど、私人としては……まあ、結構気難しい人でしたわ。そんな御人が気に入って、後継に指名しはったんが冬史郎はんなんでしょう?気難しいあの人も認めるほどのご器量が、おありやったんや。そんな卑屈にならんと、胸張ったらよろしおます」
智子にきっぱり言われ、同調するようにグランヴェリー公爵やオールストン博士が頷いても、冬史郎は恐縮して苦笑いするばかり。
――もっと自分のことを誇っていいのに、と六花はいつも思っている。
謙遜は美徳と言うが、父は自信を持っていいと思うのだ。六花にとって、前世の兄カルネにも劣らぬぐらい自慢の父親だ。
話している間に、カフェとなっている園芸部の部室に勇仁、大河が入ってくるのが見えた。後ろにワダツミ衣装の男性二人を連れているから特に目立つ。無事に彼らも合流できたようで、六花たちを見つけてテーブルに寄ってくる。
……と、思ったら。立て続けにオルフェ会長も姿を現した。
「あ、会長さん。こっちこっち!」
大河も気付いて会長を呼ぶ。会長は、六花お手製の鞄を持ち、ぬいぐるみたちをぎゅうぎゅうに詰め込んで運んでいた。
あの姿はさすがに注目を集めるだろう……実際、会長の両親であるグランヴェリー公爵夫妻は、ぬいぐるみを連れている息子の姿に目を丸くしている。
ぬいぐるみの正体は、カルネたち五賢人ではあるが……。
「ん……?あれ……まさか、あれはタイガの仕業かい?式神なんて、君じゃないと契約できないはずだろう?」
ぬいぐるみの正体を、大河の叔父は一目で見抜いた。と言っても、ワダツミ人の彼がルチル教の五賢人のことを知っているわけもないが。
ただのぬいぐるみではないということは見破られたらしい――大河の叔父は、大河以上の実力を持つ陰陽師だ。
「やっぱり叔父さんには分かっちゃうか。そうだよ。この人形たちは、俺が王都に来て契約した式神たち」
「こ、こんにちは……」
会長から受け取った大河に抱えられ、アヒルのぬいぐるみがぎこちなく挨拶する。
人形が喋ってる、と目を丸くするガラテア人の前で、ワダツミ人側は驚く様子はなく、すでに喋る人形のことを別のかたちで紹介されていた六花の両親たちは、あれ、と不思議がっていた。
「喋るお人形さん、また増えてる!いいなぁ!はなちゃんもひとつ欲しい!あのわんちゃんのお人形!」
「ごめんね、たくさんあっても譲ってあげられないの。あの子は特に――あと、犬じゃなくてオオカミだから」
式神の正体が五賢人ということが明かされることはなかったが、普通のぬいぐるみではないことや、ワダツミのそういう特別な技術で独立した意思を持って動いている存在、ということはなんとなく理解してもらえたらしい。
それは良かったけど……生徒会室で待ってもらっていたはずなのに、なぜ会長はわざわざぬいぐるみたちを。
「彼らにも楽しんでもらいたくて連れてきたんだ」
六花の疑問を察したように、質問するよりも先に会長がそう言った。
ガラテア人たちは物珍しげにぬいぐるみたちを眺めていたが、ふと、グランヴェリー会長が天馬の姿をしたぬいぐるみに視線を止めた。
「これはもしや、天馬か……?ワダツミにのみ生息している……そう言えば、彼らは天馬を使って王都と帝都を行き来しているのだったな。オルフェも乗せてもらったとか。あとで私にも見せてもらえないか」
思わず天馬のぬいぐるみを握りしめて公爵が言い、その声は弾んでいる。父親のはしゃぎように会長は困惑し、大河と勇仁に視線を向ける。
俺たちは構わないけど、と勇仁は言ったが、歯切れが悪い……。
「――旦那様。そない怖い顔をしない。子どもたちが困ってはるでしょう」
表情はさほど変わっていないが、明らかに険悪な空気を醸し出す夫に向かって、智子がぴしゃりと言った。
六花たちもすでに気付いていたが、智子の指摘に、グランヴェリー公爵もようやく気付いたようだ。
……それぐらい、天馬のぬいぐるみに関心を奪われていたらしい。
失礼をした、と公爵が姿勢を正す。
「バートランド・グランヴェリーと申す。オルフェリーノと、ここにいるシルヴェリオは我が息子たちで――」
「紹介は不要でござる。貴殿は覚えておらぬだろうが、私たちは初対面ではない」
「そう、だったか……。重ね重ね失礼を」
急激に空気が悪くなり、あまり動じない勇仁がものすごく気まずい表情をしているし、いつも笑顔の大河ですらソワソワして落ち着かない様子だ。オルフェ会長や弟のシルバーもさすがに冷や汗を浮かべて沈黙しており、六花、風花も壁に徹していた。
六花の両親もオロオロと双方を見比べるばかりで、オールストン博士も黙している。勇仁の父親はワダツミ語で話しているので、マリーには空気は伝われど話の内容が理解できないようだ。はなちゃんはワダツミ語が分かっても会話が分かっていない。
智子はため息をつき、大河の叔父が見かねて取りなした。
「そう意地悪なことを言うんじゃないよ。グランヴェリー公爵、こちらこそ失礼をした。あなたは御一人で宮中を訪ねていらっしゃったことがあるから、私たちは覚えていただけなんだよ。逆の立場なら覚えていられないのも当然だ――自分を出迎える大勢のワダツミ人の、すべてを覚えられるはずがない」
「本当に――夫が申し訳ございません。旦那様、いけずな態度もいい加減におし。複雑な旦那様のお気持ちはお察ししますけど、勇仁と大河は公爵の御子息さんたちにとても良くしてもらってるのに、そんな態度は感心しません」
妻に諫められ、眉間に皺を寄せたまま何やら考え込んでいた勇仁の父親・忠義はグランヴェリー公爵に向かって小さく頭を下げる。
「……城ヶ前忠義と申す。御子息には、息子の勇仁、甥の大河が大変お世話になっている」
ようやく険悪な空気が収まり、六花たちもホッと胸を撫で下ろす。
口を挟めるようになって、オルフェ会長が慌てて言った。
「そろそろ講堂でコンテスト大会が始まる頃だ。ローズも出場するから、みんなで見に行かないか」




