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第2話弐 私の青春は、いま始まった


「智子はもう王都に来ているのか?」

「うん。ちゃんと無事に到着してる。昨日、俺たちとも会ったよ。文化祭が始まる時間になったら学院に来るって」


寮の中へと大人たちを案内しながら、勇仁は自分の父親と話し込んでいる。

どうやら彼は妻が王都の宿でトラブルが起きたことは知らないようで、勇仁のほうも話すつもりはないらしい。

もともとガラテアにあまり良い感情を抱いていないそうだから、これ以上、父親のガラテア嫌いを悪化させたくないと考えてのことかもしれない。

あえて話す必要性も感じなかったので、六花たちも何も言わなかった。


「上空から見ただけでも、帝都とは全然違うねぇ。建物も、道も、何もかも」

「でしょー?俺も入学初日に汽車の窓から眺めて、唖然としっぱなしだったよ!」


大河は叔父と話している。大河の叔父は興味深そうにあたりを忙しなく見回し、寮に入ってからもあちこち動き回って観察していた。その動きは甥の大河にそっくりだと思う。


「到着して早々で悪いけど、俺たち、生徒会として開会の準備に行かないといけないから、もう行かなくちゃ」


勇仁が言うと、そうか、と勇仁の父親も頷いた。


「おじさんたちも一緒に来る?俺、せっかくなら副会長さんと会長さんにもおじさんたちを紹介したい」


大河が提案し、大人二人を連れて六花たちは講堂へ向かうことになった。


まだ文化祭が始まるまで時間はあるが、構内にはすでに生徒の姿がちらほら見える。準備のため、今日は朝早くから登校している者も珍しくないらしい。

六花たちが連れているワダツミ人のことが気になる様子ではあったが、みな忙しそうで、ジロジロ見ている余裕はなさそうだった。


講堂にはすでに会長と副会長が先に着いており、舞台の準備を進めている。二人とも、六花たちが到着したのに気付いて手を止めた。


「リッカ、それが例の衣装なんだな。よく似合ってる。とても綺麗だ」


会長は六花の姿を真っ先に褒める。ありがとうございます、と六花は礼を言おうとしたのだが、男子たちの会話に遮られてしまった。


「我が友、渾身の一作だ。それを完璧に着こなすリッカも見事」

「そうそう。リッカちゃん、とっても似合ってて素敵だよね。俺もそう褒めたかったのに、ユージンが俺のことだけ除け者にして!おかげでリッカちゃんを褒めるタイミングをすっかり逃しちゃったよ!」


まだ怒ってる、と勇仁は呆れていたが、会長が笑い、勇仁に声をかける。


「それで……後ろの男性たちは……?」


会長の視線は、少し離れたところで六花たちのやり取りを見ている男性たちに向いていた。


「俺の父親と、タイガの叔父さん。父さん、こっちが生徒会の先輩で、生徒会長さんと副会長さん」


着用している衣装からも、彼らがワダツミ人であることや、勇仁たちの家族であることはオルフェ会長も察していたことだろう。

紹介された勇仁の父親が近付いてきて、オルフェ会長に礼儀正しく頭を下げた。


「初めまして。息子と甥が、いつもお世話になっております」


ちゃんとガラテア語で挨拶してる――と六花が感心していると、実の息子の勇仁がそれ以上に驚いて目を丸くしていた。


「……父さん、ガラテア語、話せたんだ」

「宮中にガラテア人の要人が訪ねてくることもあるからね。私もそれなりには話せるよ」


大河の叔父も笑顔で言った。彼がいま話している言葉も流ちょうなガラテア語だ。


「たしか、君はグランヴェリー公爵のご子息だったよね。お父上は何度か天帝に謁見に来られていたから、私とも顔見知りという関係にはなるかな」

「そうでしたか……。すみません、父は仕事の話は家ではしない人間なので、俺はそういうことに疎くて」


親しげに話しかける御園寺時雨を、勇仁の父親が制止する。


「シグレ。彼は開会の準備とやらで忙しいのだろう。いまは話し込んで引き留めるべきではない」

「それもそうか。引き留めてしまって申し訳ない。折を見て、また話をしよう」

「お気遣いありがとうございます。お二人も、どうぞ楽しんで行ってください」




その後、二人は勇仁たちが開会の準備を進める傍らで講堂内を邪魔にならないよう見学し、やがて校舎のほうにも興味を持ったので、講堂を出て行ってしまった。

大丈夫かな、と六花はちょっとだけ心配もしたのだが、ガラテア語も話せるし、目立つ格好だから探せばすぐ見つかるだろうし大丈夫でしょ、と勇仁からは言われてしまった。大河も、いい年した大人が二人で揃ってるんだから、とほとんど心配していないようだ。


準備も終わり、学院長先生と教頭先生もやって来て、講堂に生徒が集まり始めた。

一年生の六花たちは、開会の式典の間はやることはない。万一に備えて舞台袖で待機とはなっていたものの、式はつつがなく進み、司会の生徒会長と進行役を務める副会長の働きぶりを見学するだけで終わってしまった。

来年は、君たちの誰かがいまのローズ副会長の役目をすることになるよ、と会長に笑われながら。




「それじゃあ、私、園芸部の助っ人に行ってくるから。フーカ、お父様たちと合流出来たらよろしくね」


文化祭は賑やかに始まり、六花は生徒会のみんなと別れて園芸部の部室へ向かう。

部室は品の良い、落ち着いた雰囲気のカフェにすっかり様変わりしており、部員の家族らしき人たちが客として寛いでいた。

ワダツミ衣装を着用した六花が入ってきたので、全員が一斉に注目する。


「ミクモさん」


部室に入ってきた六花に、ジョゼフィン王女がすぐ駆け寄ってきた。


「遅くなってごめんなさい。お店はなかなか盛況のようね」

「部員のみなさまのお友達と、ご家族の方がさっそくいらっしゃってくださっていて。でも身内客だけなので、これから宣伝に行ってほしいと部長さんに言われました」

「チラシ配りをやって来いってことね」


王女の手に持っている物を見て、六花は笑う。


「この衣装のお披露目ついでに、めいっぱい宣伝して回ってくるわ」

「私も一緒に行きます。戦力にはならないかもしれませんが……」


そんなことはないだろう、と思ったが、六花は口に出さなかった。

そして六花の予想通り、ジョゼフィン王女がチラシ配りの戦力にならないなんてそんなこと、あるはずがなかった。


だって、彼女はガラテア王国の王女で、今日の文化祭に訪ねてくる生徒の父母は、ガラテア貴族なのだ。王女が配るチラシを、むげに拒否できるわけがない。

おかげさまでとても注目を浴び、チラシはあっという間にはけてしまった。


せっかく六花を見つけて両親と妹が寄って来てくれたのに、三人に会った時にはチラシはとうになくなってしまっていて、口頭で園芸部の宣伝をすることになった。


「りっちゃん、きれい」


妹はマリーと二人で並び、それぞれが愛犬のリードを握ってニコニコ笑顔で姉を褒める。

美雲家の犬とオールストン家の犬も、飼い主に劣らず友情を深めたようだ。


「園芸部……お花を育てているのね。ガラテアのお花を見れるのはとても楽しみ」


六花の説明を聞き、母はふんわりと微笑んで言った。


「お茶は園芸部で育てたハーブを使ったものだけど、お茶菓子は本職の商品を取り寄せてるんですって。貴族の学校のお祭りは、水準が違うわ」


神代の庶民的なお祭りしか知らない六花は、ルミナス学院のブルジョワっぷりを思い知らされた時には苦笑したものだ。

生徒が主催するものではあるが、由緒ある家柄の子息ばかりなので予算は潤沢なのである。


「そろそろ一休みしたいと思っていた頃だ。ミクモ殿、ミソノジ殿、いかがだろう。せっかくの誘いなのだし、園芸部へ向かってみることにしよう」

「賛成ですわ。ガラテアのお茶――そんなおもしろそうなもの、私も賞味せんと」


こっちも女同士、すっかり意気投合したらしい。ローズ副会長の母親と勇仁の母親も楽しそうに言い合っている。

そう言えば、と六花は思い出した。


「ジョーガサキくんのお母様。ジョーガサキくんのお父様と、ミソノジくんの叔父様とお会いしましたよ。今朝。お二人で到着されてました」

「あら。時雨さん、ほんまにあの人を連れてきてくれたんやねぇ。あとで探してみます――どうせ、いつもの恰好で来てたんでしょう?それならよう目立つやろうから、すぐ見つかりますわ」


一行を手を振って見送った後、そばでやり取りを見ていたジョゼフィン王女が、そっと話しかけてきた。


「お優しそうな、素敵なご家族ですね」

「自慢の両親だもの――もうちょっとだけ園芸部の宣伝したら、私たちも戻りましょうか。お父様たちに私たちの分のお茶も奢ってもらうわよ」


六花の提案に王女は目を丸くしていたが、異を唱える隙も与えず彼女の手を引っ張って、別の場所へと移動する。

ワダツミ衣装を着た自分と、ガラテア王女。ただ歩いているだけでも注目を集め、客寄せの仕事は十分果たせていると思う。


そろそろ園芸部の部室に戻ろうかな……と六花が考えかけた頃、また顔見知りと出くわした。


「旦那様、シルバー、ほらこっち……。殿下にご挨拶しないと」


王女に挨拶をしたがる人は多いので、六花は最初、それほど気に留めていなかったのだが。

品の良い女性がとてもよく知った顔の青年を連れて小走りに寄って来たので、思わず足を止めた。よく見てみると、女性のほうにも見覚えがある。


「ご機嫌よう、王女殿下。私たちも家族でお邪魔しております」

「ご機嫌よう、グランヴェリー公爵夫人。公爵も……。シルヴェリオも、今日は楽しんで行ってください」


オルフェ会長の両親に、弟のシルヴェリオ。公爵夫人はまずジョゼフィン王女に挨拶をし、六花に視線を向けた。


「こんにちは。ミクモさん……よね?覚えているかしら。オルフェの母の……先日、総督府でお会いしたのだけれど……」

「もちろんです。シルバーもこんにちは。本当に来てくれたのね」

「おまえに会いに来たわけじゃないぞ」


六花に声をかけられ、シルバーは嫌そうに顔をしかめて言った。シルバー、と父親は息子をたしなめるように呼びかけた。


「息子が失礼をした――ミクモ嬢。こうして直接顔を合わせて話をするのは二度目だな。以前は君たちが入学して間もない頃だったか」

「お久しぶりです。夏休みには、別荘にお招きくださり、ありがとうございました」

「息子たちも君たちと過ごせて楽しかったようだ。シルバーも――こんな顔なので分かりづらいだろうが、本心では年の近い友ができて喜んでいる」

「父上」


父を呼ぶシルバーの声は、とても喜んでいるようなものではなかったが……父親がそう言うのならきっとそうなのだろう、と六花は納得することにした。

おもしれー男なのは間違いないし。


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