第1話壱 明るい場所にも陰はできる
「ワダツミという国にのみ伝わる特殊な術――私は、それで蘇ったと」
ダニオが言い、エミリオは頷いた。
「陰陽道というもので、僕も独学で身に着けたものだから、まだまだ研究途中なんだが……。最近、まさに陰陽道を専門として学んできたワダツミ人から稀少な資料を見せてもらうことができてね。より精度の高い蘇生術を使うことができた」
カルネたちを蘇らせるのにはあんなに苦労したのに、とエミリオは零す。
「ただ、完璧に生前の姿に蘇ることができるわけじゃない。まず、君の肉体が一万年という長い時の中でずいぶん朽ち果ててしまったから。カルネたちの遺体も、教皇だった時に多くの学者を使って保存させたのに、完璧には程遠い結果だった。だから新たな肉体が必要になって……君のは……向こうが勝手に用意してきたものだから、僕も何者なのかよく分からない」
「元の私に似通った点は多いように見えますが、完全に別人です。これではカルネたちも私を見てダニオだと気付くことはないでしょう」
鏡に映る自分の姿を眺めながら、ダニオが言った。
若い男性という共通点はあるものの、いまの身体は、一万年前の自分と人種すら異なっている。鍛えられてはいるようなので、もとは軍人だったのかもしれない。
「アレーナも見た目だけは別人でしたね。イシュカという女はまったく知らぬ人間だと思っていましたが、彼女も実は一万年前の……?」
「いや、イシュカは正真正銘、現代生まれの人間だそうだ。詳しいことは分からないが、前任者の水の紋章使いを拒み、新たな人間がいいということで彼女が選ばれたらしい」
「前任……ダリアのことですか?ゴットフリートに忠誠厚い女だったと記憶していましたが、彼女は蘇らせたくないと……?」
「ルチルを殺した張本人なんだ。殺すのはアッシュ王子だけで、ルチルは絶対に生かしたまま連れ戻せと言われていたのに、独断で彼女も殺した。それでゴットフリートが激怒して、ダリアを処刑した」
「なるほど」
エルドラド王国も色々あるものだ、と頷きながら、ダニオはそれ以上の追及はしなかった。生憎と、彼らの人間関係にそこまでの興味はない。
「姿は変わったが、紋章の力などはそのままだ。だから、紋章を使う姿を見られたらすぐに君だと見抜かれるだろう。特に、砂の蛇を使役するアレーナなど、一発で正体を見抜かれた」
「そうでしょうね。彼女の紋章の使い方はあまりにも特徴的過ぎる」
「だが、タイテニア最大の利点は、操縦者の姿が見えないことだ。カルネたちはまだ、いまの君たちの姿を知らない。僕のコネも使って、君をこっそりルミナス学院に雇い、匿っておこうと思う。勝手に蘇らせておいて、日陰者の生活を強いるのはとても心苦しいが」
申し訳なさそうに話すエミリオに、猊下が気に病まれる必要はございません、とダニオは頭を下げる。
「再び猊下のために働くことができて光栄です。一万年前の不甲斐なかった私に与えられた贖罪の機会でもあるのですから、どうぞ、遠慮なく猊下ご自身の望みを果たすためにお使いください」
「ありがとう……とは言え、本来は立派な騎士道精神の持ち主である君に、武力を持たない少女を襲えと命じるのはとても気が引けるが」
エミリオが苦笑いする。
「でも君にしか頼めないんだ。アレーナたちに任せると、見せかけということを忘れて本気で僕の妹を殺しかねない。殺す理由もないが、殺さない理由もないからな――つい手加減を忘れてうっかりはあり得る。いくらなんでも、そんな馬鹿げた展開で犠牲を出すのは御免だ」
決行は文化祭。
疑惑を深め、真実に近づきつつあるカルネたちをかく乱させるために、狙いはジョゼフィン王女だと思わせる必要がある。
ジョゼフィン王女が襲われて……誰が彼女の命を狙ったのか、大衆に向かってミスリードさせる目的もあることだし。
「お任せください。猊下の御妹君を傷つけることなく、必ず役目を果たします」
文化祭もついに明日に控えた夕方。生徒会室で会長と副会長の戻りを待っていた六花たちのもとに、教頭のフロックハート先生がやって来た。
「ミクモ、ジョーガサキ、いるか」
美雲は二人いますが、という六花の返事には答えることなく、一年生たちの姿を確認して教頭が言葉を続ける。
「君たちのご家族が学院を訪ねてきている。事情があるようで……とりあえず学院長室に通して、学院長先生が応対している。君たちも急いで学院長室へ来なさい」
「私たちの家族……?」
六花は目を瞬かせ、共に指名された風花、勇仁を見てみれば、二人も目を丸くしていた。
大河もポカンとし、六花たちをキョロキョロ見ている。
「ということは、私たちのお父様やお母様……」
「俺のとこの親も来てるってことになる。たしかに、文化祭に招待して、今日、王都に着く予定にはなっていたけど」
勇仁が呟く。
勇仁と同様に、六花も両親と妹を王都へと招待している。生徒会長が親のコネと伝手を使って汽車と宿を手配してくれたから、
今日、汽車に乗って王都へ到着する予定で……六花たちの家族は、会長が用意してくれた宿に入ることになっているはずなのだが。
「学校が終わってから、私たちもお父様たちが泊まる宿に向かう約束になってたわ。たぶん、ジョーガサキくんのお母様と同じ宿」
生徒会のみんなで一緒に行こうと約束して、明日の本番に向けての準備を終えた後、会長、副会長の帰りを生徒会室で待っていたところだ。
会長と副会長の二人は、最後まで本当に忙しい。
「どうやら、ホテルでトラブルが起きたようだ」
教頭が言い、学院長室に到着してしまったので、話はそこで中断となった。
教頭が部屋の扉をノックすると、ワン、という鳴き声の直後、どうぞ、という学院長先生の声が聞こえてきた。
「失礼します。件の生徒たちを連れてきました」
扉を開けて部屋に入ろうとするのとほとんど同時に、美雲家で飼われている犬がぴょんと飛び出してくる。
自分に向かって飛びつく愛犬を抱きとめ、六花は目を丸くした。
「ユキちゃん、あなたも来てたの」
柴犬のユキは、六花を見上げてフリフリと尻尾を振っている。久しぶりに会えたことに大はしゃぎする愛犬をなだめつつ、六花は改めて部屋の中を見た。
部屋の中央には重厚な革張りの長椅子があり、学院長先生が座っている。その対面には、六花たちの両親と妹……それから、ワダツミ衣装の凛とした美女が……。
「母さん、本当に来てたんだ」
「あなたが用意してくれた宿のおかげです。勇仁、私はあんなところは願い下げですからね」
美女が話しているのはワダツミ語だが、かなり帝都独特の発音である。ガラテア人の教頭先生は聞き取り辛そうにしていた。
「六花、風花、久しぶり。学院まで直接押しかけてしまってすまない。宿で会う約束だったが……番頭で揉めてしまって」
父の冬史郎が申し訳なさそうに言った。目を瞬かせる六花に、学院長先生も改めて説明をする。
「どうやら、ご両親がホテルでチェックインしようとしたところ、無礼な受付がワダツミ人差別をして彼らを追い払おうとしたようなんです。グランヴェリー公爵の伝手で予約を取ったにも関わらず――きっと末端の連中でしょう。事情を把握していないものだから、ワダツミ人の彼らを見て侮った。例え下っ端の一人の独断だったとしても、ボーイの教育も行き届いていないホテルなど我が王都の恥です」
「そんな三流以下の宿に泊まるなんて、こっちからお断りしてあげますわ。そういうわけやから勇仁、大河、あなたたちが責任持って、ちゃぁんと替わりの宿を手配するんよ」
勇仁の母親はコロコロと笑いながら言い、冬史郎のほうが苦笑している。
「このご婦人が学院へ行って子どもたちに直接頼もうと提案してくださったおかげで、私たちも途方に暮れずに済んだ。我々だけだったら、宿の前でオロオロすることしかできなかっただろう」
「お気になさらず。私も、連れができたから強気になれたところもありますから。女一人やったら、さすがにここまで豪胆に出れたかどうか」
どうやら両親は勇仁の母親とすっかり意気投合したらしい。勇仁は母親が一人で王都を訪ねてきたことを知り、眉をひそめた。
「……父さん、本当に来なかったんだ。夏休みの間に文化祭に招待した時にも芳しくない反応だったけど……母さん一人で長旅させるだなんて」
「そう怒らんであげて。ずいぶん悩んではったし、あの人にとっては、清水の舞台から飛び降りるぐらいの決断なんよ。明日の朝には、時雨はんが引っ張ってでも連れてくるって言ってくれはったから」
母子の会話を六花が聞いていると、大河がこそっと六花、風花に向かって話しかけてきた。
「ユージンのお父さんね、ガラテア嫌いだから、王都に来ることものすごく渋っててさ。時雨っていうのは、俺の父方の叔父さんね。叔父さんも宮仕えでギリギリまで仕事あるから、当日に天馬に乗ってくるって言ってた。たぶん、ユージンのお父さんもそれで一緒に来るつもりなんだと思う」
以前、天馬のことを説明してくれた時に、勇仁の父親はガラテア王国に否定的な感情を抱いているようなことも話してくれた。
帝都は特に保守的な風潮が強い町だし……勇仁の家も、きっと色々あるのだろう。
「それにしても、お父様たちを宿でそんな目に遭わせてしまって申し訳ないわ。本当にごめんなさい。宿で待ち合わせなんて言わず、駅まで私たちも迎えに行くべきだった。はなちゃんも、遠くから汽車に乗ってわざわざ来てくれたのに、ごめんね」
両親に挟まれて長椅子に座る妹は、大人たちの会話を聞きながら足をブラブラさせていた。
だいじょうぶだよ、と笑顔で答えているが、ちょっと疲れているようにも見える。
「気にしなくていいのよ。でも……代わりの宿なんて、すぐに見つかるかしら。私たちのほうこそごめんね。りっちゃんとふうちゃん頼みで、何にもできなくて」
母の蘭花は申し訳なさそうに話す。六花たちが答えるより先に、学院長先生が話し出した。
「そのことですが、もちろん、我々のほうで手配させてもらいます。せっかく王都を楽しみにしてきてくださったのに、一部のガラテア人の愚行のせいで台無しにしてしまった――私にもいくつか伝手はありますから、どうぞご安心を。すぐに見つかりますよ。ご要望などがあれば、どうぞ遠慮なくおっしゃってください」
「はなちゃんね、マリーに会いたい」
学院長先生の申し出に、妹のはなは本当に遠慮なく要望を述べる。両親は苦笑して娘をたしなめたが、ふむ、と教頭先生が反応した。
「ならば……学院長先生、彼らは我が家に招待します。十分部屋は空いていますし、マリーも喜ぶでしょうから」
パチパチと目を瞬かせる妹に、六花は話しかけた。
「こちらの人はマリーのお父様なのよ。ルミナス学院教頭のフロックハート先生――えっと、お父様たちは、どこまでお互いのことを……」
「学院長のギデオン先生は以前からの知り合いだ。もともと、彼に声をかけられたことで六花が入学することになったのだから」
「そう言えばそうだったわね」
父と学院長先生は元からの知り合い。教頭先生も、冬史郎たちが学院に到着した時には自己紹介済みらしい。でも、マリーの父親だということまでは名乗っていなかった。
「マリーのお父さん?初めまして」
「初めまして。マリーと仲良くしてくれてありがとう。マリーから、君のことは聞いている」
つたなくも丁寧に挨拶するはなに、教頭先生も丁寧に挨拶を返す。教頭先生が引き受けてくれたことで、家族の滞在先はあっさり決まりそうだが……。
「ユキちゃんも一緒だけど大丈夫?」
「我が家でも犬を飼っているから問題ない」
「ホープでしょ。マリーが言ってた。はなちゃんもホープに会ってみたい。ユキちゃんもホープと仲良くするのよ」
はなが言うと、柴犬のユキはワンと鳴いて尻尾を振り、嬉しそうにその場でくるくる回っていた。




