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22 世話役

世間も俺の中でも、十年の時は確実に流れていた。

時は記憶を薄れさせる。

だから俺も、つい奴の馬鹿さ加減を甘く見ていたんだろう。

フレデリクの内面は、十年前のままだと言うのに。


俺がフレデリクのいる牢を再び訪れたのは、奴が目覚めて一ヶ月程経ったある日のことだった。


現在のフレデリクの世話役であるデビットから苦情―――というより泣きの入った報告が上がってきたからだ。


まあ、フレデリクの性格を考えれば、大人しくしているはずもない。

身分も恋人も失ったショックで、しばらくは大人しかったようだが、現状に不満を爆発させ、デビットに当たっているらしい。

デビットもなんとか宥めようとしたらしいが、筋金入りの勘違い王族思考の男に、理屈は通らない。

常識や良識があれば、フレデリクは牢になんて入ってなかっただろう。


自分に都合の良い環境が用意されるのが当たり前だった過去は、すでに夢の中にしかないという現実を、いつになったら受け入れるのか。


普通は、囚人には世話役など付けない。

呪いから目覚めるまでは、生かすために必要なことだった。

だが、意識を取り戻した今、食事も排泄も自分でするのは、赤ん坊ではないのだから当然のこと。

なのに十年間寝たきりで、筋肉が衰えて満足に動くことが出来ないため、いまだに世話役の介助がいるのが現状だ。

その助けをしてくれている人間に対してすら、フレデリクは感謝や誠意を表すどころか文句をぶつけているという。


病気だったわけではなく、自業自得の眠りについていただけの話だ。

普通なら、自力で動けるようになるために、自発的に動く訓練をするだろう。

しかし、フレデリクは精々手が動かせる程度で、最近になってようやく自分で食器を使えるようになったという。


反面、口だけは良く動くようだ。

食事が不味くて食えたものじゃないだの、味も薄くて貧相だのと騒いだり、毛布がゴワゴワで寝心地が悪いだの、事あるごとに文句を並べているらしい。

奴はリハビリに充てればいいものを、暇を訴え何か娯楽を寄越せだの楽士を呼べだの―――ディアに会わせろと要求を叫んでいる、という報告は、奴が目覚めてから何度もあった。取るに足らないと握り潰していたが。


しかし度重なる罵倒と要求に、とうとうデビットの方が音を上げた。

気の弱いデビットは、高圧的なフレデリクの相手は荷が重かったようだ。


これでは寝てた時の方が、余程楽に世話が出来た。毎日怒鳴られ、朝仕事に向かうのが辛い。夢でまで仕事をしては怒鳴られていると、大の男にさめざめと泣かれ、宥めるのが大変だった。

どのみち世話役は外すつもりでいたので、あと僅かの辛抱だと説得し、せめて怒鳴り散らすのを止めるようフレデリクに釘を刺すために俺が出向く羽目になった。


地下にある薄暗い牢に足を運ぶと、人が近づいてくることに気がついたんだろう、奥の方から怒鳴り声が響いてくる。


「そこの者!私は王太子だぞ!早くここから出さないか!簒奪者どもに感化された愚物しかここにはいないのか!」


まだ位置的に姿は見えないが、ここに入れられているのはただ一人。声の主は言わずもがなフレデリクだ。


「愚物はどっちだ」

「ずっとこの調子なんですよ…」


牢屋番も疲れた表情だ。

言っておくが、俺はアレに十一歳から仕えていたんだぞ。


「いい加減、何度も言っているだろう!?いつになったらアルマディアは来るんだ!?私はあいつの婚約者だぞ!アルマディアを呼べ!」


……………は?


俺は自分の耳を疑った。

今なんて言った?あのボケは。


怒りというよりも殺意が湧いた。


後ろで牢屋番が「ひっ」と息を飲む音がしたが、俺は気に掛けてやる余裕もなく、鉄格子の嵌まった扉まで来ると、牢屋番に鍵を開けさせて中に踏み込んだ。


「フィリップ!」


自分でもわかる冷え冷えとした視線で、俺はフレデリクを一瞥した。


「一介の囚人が気安く呼ぶな」

「なっ……き、貴様っ!主君に対して無礼だぞ!」


ベッドに横たわった状態で、首だけをこちらに向け、フレデリクは真っ赤になって激昂する。

牢屋に入れられてもフレデリクはフレデリクのままだった。


「頭の弱さは相変わらずか。いつまで王子気分でいるつもりだ?身分剥奪の意味すら理解していないのか?」


まあ、さすがに意味自体はわかっているだろうが、へりくだった態度が取れる頭と性格ではないからな。

自分の境遇を正しく理解出来るのなら、さっきの発言もなかっただろう。


「っ、貴様では話にならん!アルマディアを呼べ!」


俺は、はぁとため息をついて、おもむろにフレデリクのいるベッドを蹴り上げた。

その衝撃と音にびびったのか、フレデリクは目を見開いて硬直した。


「―――だから、いつまで王子気分なんだ?」


ベッドに片足を乗せ、低い声音でもう一度問いかけた。

射殺すような視線になっているんだろう。

フレデリクの目に怯えが混じる。


「ディアの―――女王陛下の御名を呼ぶ権利は、お前にはない。次に呼び捨てにしたら不敬罪で処分する。すでにお前は世間では処刑されたことになっている。いつでもその命を摘み取れることを忘れるな」


低く怒りを込めた声で『忠告』すれば、フレデリクは言葉が出ない様子で、顔を青ざめ唇を震わせた。


「先王陛下には、お前が目覚めたその日に報告はすんでいる―――お前宛てに手紙すら来なかったがな」


俺はフレデリクに現実を突きつけてやった。

お前を庇護する者はいないのだと。


先王陛下は、王都から馬車で丸一日の距離にある離宮で隠居生活を送られている。

フレデリクを自然死させるか『病死』させるかの、今後の打ち合わせはあったが、先王陛下が息子に面会を希望することはなかった。


積極的な『病死』はさせないが、病気になっても治療はしないという、フレデリクの処遇には結論が出ている。


当時先王陛下が下した、衰弱するに任せるという処断そのままだ。

フレデリクが目覚めたことで、改めて協議し、先日決定された。


「それと、今の世話役に暴言や罵倒は禁ずる。もしそれを破れば、罰として食事を抜く」


こいつの食事は朝晩の二回だ。

量も少なく味もいまいちでも、他に楽しみもない牢屋生活では、食事抜きが一番堪える罰だろう。

フレデリクは、俺に文句をつけたそうな顔だったが、どちらが優位に立っているかはさすがに理解しているらしい。

ぎりぎりと歯を食い縛って、こちらを睨み付けるに(とど)まっている。


「お前の世話役についてだが、今付いている者はあと一週間で外す。それ以降、人は付けない。その間に自力で立って歩けるようになっておくんだな」


世話役を外すことは元から決まっていたが、その時期はまだはっきりとはさせていなかった。

しかしこれ以上、デビットの胃が持たなそうだと判断した。

こいつの態度次第では、歩けるようになるまで様子を見たんだが。


「なっ…そんな、なぜだっ」


そこで『なぜ』なんて質問の出る頭を、俺は鼻で笑った。


「なぜだって?自分の頭で考えろ」


単に他の囚人と同じ待遇になるだけの話だ。

トイレはこの牢に付いているし、食事は扉のすぐ傍に置かれる。囚人たちは自分で机まで持っていき食べる。ごく当たり前の話だ。


「だがもし、どうしても世話役を付けてほしいというなら、一人だけ用意してやっても良い」


これは、ここに来てからの俺の判断だった。


俺はここに来るまで『あの件』は、フレデリクに教えるつもりはなかった。

さすがにフレデリクを同じ男として哀れに思ったからだ。

だが、フレデリクは相変わらず俺の怒りを煽る存在だった。


―――誰が誰の婚約者だって?


「その男はとてもお前を気に掛けていて、世話を命じれば嬉々としてやってくれるだろう。とても献身的な者だ」


俺がそう言うと、フレデリクは期待の目で見てきた。


「以前、目覚める前のお前を世話してくれていた男で、今の世話役の前任者だから勝手もわかっているだろう。甲斐甲斐しく世話をしてくれるんじゃないか?」

「そ、そいつを付けてくれ。あと一週間で一人で歩けるようになんて無理だ」


健常者が何を言っているんだ。この一ヶ月、時間はたっぷりあったのに、リハビリをしなかったのは自分だろうに。


「いいだろう。その代わり、自分の貞操は自分で守れよ。寝てるお前の童貞を奪った男だから気を付けるんだな」

「…………は?」


ぽかんと口を開けた間抜け面を見て、俺は溜飲を下げた。


「精々筋力を鍛えるんだな。男に押し倒されて抵抗も出来ないんじゃ、元王子の名が泣くぞ」


まああの男も、実際のフレデリクの性格を知れば、百年の恋も冷めて襲う気もなくなるかもしれないが。


話は済んだと判断し、俺はベッドから足を下ろすと、そのまま扉へと向かう。

フレデリクは呆然としていて、思考が働かないのか俺を呼び止めることもなかった。



「もしまたアレが女王陛下を呼べと騒いだら、お前が王太子の時、囚人が王太子に会わせろと言ったとして叶えてやるのかと言ってやれ」


扉の前で待機していた牢屋番にそう告げると、「はっ」と敬礼をした。

その顔は心無し青ざめている。


「……あの、フィリップ殿下。本気であの男を世話役に戻すおつもりで?」

「フレデリクが、それを選ぶのならな」


俺は肩を竦めてみせた。

自力で動けるようになるか、それとも自分に恋愛感情を持つ男を侍らせるか。

俺はどちらでも構わないと思っている。

あいつ次第だ。


あれから四年程経っており、前任者がまだフレデリクに対して懸想したままかもわからないし、暴行罪で服役させられて、また同じ罪を犯すとは思えないが、俺だったらリハビリを選ぶ。

不運にも、男同士の情事を目撃してしまった牢屋番も同じ心情だろう。




そして、さすがにフレデリクも前任者の介助は選ばなかった。


現世話役のデビットは、心根の優しい男で、残りの一週間、きちんとフレデリクの世話をしてくれた。


デビットは、まだろくに一人で歩けないフレデリクの為に、ベッドの傍に蓋付きのバケツを用意してやり、間に合わなそうだったら、そこで用が足せるようにと気遣いまでしていた。

フレデリクが、デビットに感謝したかはわからない。

バケツにしなければならない屈辱の方が勝って、礼の言葉すらなかったんじゃないかと思う。俺の推測はたぶん当たっているだろう。


フレデリクには、このまま一生牢屋暮らしが待っている。


どうせあの男のことだから、またディアを呼べと騒ぐだろうが、今後は牢屋番しか出入りはないし、その牢屋番も食事を運ぶ時以外は見回りも不要と伝えている。

特殊な魔法が掛けられており、登録した人間しか通れない仕組みなので、本来なら番をする必要もあまりない。あくまで牢屋番は、念のための措置だ。


経費は掛かるが、先王陛下持ちだし、それも恐らくあと数年の話だろう。


人間には順応性が備わっているものだが、王宮育ちの王子様が、介助してくれる人間も、話し相手になる囚人仲間すら周りに居らず、孤独と不自由さの中で図太く生きていけるとは思えない。


人を呪わば穴二つ、という東の言葉がある。

フレデリクは他人を呪ったわけではなく自分だったわけだが、禁忌に手を出した報いは受けたわけだ。

自分とリリエラの墓穴を掘ることになったんだから。


呪いになんて関わるもんじゃない。

フレデリクも、こんな結末は夢にも見なかっただろうに。

フレデリクは牢獄で孤独なまま一生を過ごし、最期の眠りにつくまで日の下に出ることは叶わない。


本当に、馬鹿な男だ。


牢屋番が上げてくる日報の『異常なし』の一文を読み流し、俺はその日の執務を終えた。


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