20 フレデリクのその後
約四年後の時間軸の話です。アルマディアはすでに即位しています。
追加ざまあ。
俺がフレデリクの生存を知らされたのは、ディアと婚姻を結んでからだった。
ディアの希望で生かされたと知った時は、複雑な気持ちになった。
恋愛感情はなくとも、情は残っているのかと。
フレデリクの世話に掛かる費用は、父王陛下の私費で賄われているらしい。
税金を使わないのは当然だが、呪いが消えるまで十年の歳月が必要と聞き、それまで生かす価値があるのかと疑問に思う。
眠ったまま死罪に処されたと聞いた時は、それを甘い処断と思ったが、十年も目覚めるまで世話をし続けるのも釈然としない。
自分の手が煩わされるわけではないが、気に食わない。
その間、ディアの関心が僅かでも奴にあるということだから。
ディアの意志は尊重するが、彼女の意図が気になった。
いっそ、フレデリクに懸想している女性を探して呪いを解いてもらうことも頭を過った。
貴族女性は無理でも、もしかしたら平民の侍女や下働きの中にいるかもしれない。
中身がアレでも外身は良かったし、王子という身分は少女の憧れだと言うから。
しかしフレデリクの愚行は、今や社交界だけでなく王宮から市井まで広まっているからな。
その話自体はすでに下火になっているが、人々の記憶から消えるまでは、まだまだ時間が掛かるだろう。
その上でなお、フレデリクを愛していると表明出来るのなら、それは真実の愛と呼べるんじゃないかと思う。
事情は伏せて、女官長にそれとなく探ってもらい、フレデリクに好意を抱いていた女性は数人見つかったが、すでに過去の感情として割り切っていたり、やはりあの失脚劇で恋心が冷めてしまったり、王子じゃなくなったから興味が失せたと言った回答ばかりだった。
これはもう、本当に十年寝かせておくしかないかと諦めた時。
事情を知っていてなお、フレデリクに愛の口付けを望む者が現れた。
それは、フレデリクの世話をしている者だった。
解呪の条件は、男女の恋愛感情による愛、という定義だったらしく、家族愛や友情は含まれない。
そして今回のケースは当てはまらなかったようだ。
なぜかと言うと。
……男同士だったからだ。
ついでに言うと……最後までヤったらしい……。
世話役の戻りが遅いことに気がついた牢屋番が、不審に思って確認しに行ったところ、フレデリクの上に乗って、まあなんだ。致している場面に遭遇したそうだ。
フレデリクの生存は、国の上層部でも極一部の者しか知らない。
その為フレデリクの件で何らかのトラブルがあった場合は、侍従は通さずに、直通で牢屋番から俺の元へ報告が上がるようになっている。
もし俺が公務などで不在であれば、宰相補佐―――つまり俺の実父へ。
父もいなければ宰相へ。次に女王補佐官に話が回るようになっている。さすがに女王直通はない。
その為、今回は俺が一番にその報を受けとる羽目になったわけだが。
「想定外だったな……」
俺は思わず遠い目になった。
詳しい話は聞きたくなかったが、聞かざるをえなかった。
要約すると、父王や貴族には見捨てられ、世間には忘れられ、寝たきりで意識の戻らない(見た目は)美しい王子に同情し、世話をしている内に段々愛情が芽生えていったらしい。
元々そっちの気があったらしいが、周囲には伏せていたそうだ。
囚人への虐待や、戦場で新人兵が性欲の捌け口にされると言った話は聞いたことがあるが、こちらも世話役の性癖まで把握しているわけもなく、まさか王宮の地下牢で男が男を襲う事態になるとは。
普段の世話の時も、水や食事は口移しで与えていたと聞いて、俺は他人事ながら鳥肌が立った。
同性間の恋愛について、偏見や差別はしてないつもりだったが、この話を聞いた時は正直気持ち悪いと思ってしまった。
だってそれ、医療行為じゃないだろ。普通に性的な意味でやってただろ。
しかも最後まで致してるわけで。
それを自分に置き換えて考えてみる……相手がディアならむしろ有りだが、男じゃなく他の女性でも当然ない。それ逆強姦だろ。
寝てる間に、男相手に童貞喪失……これは、さすがにフレデリクに同情した。
もしかしたらリリエラとの間に肉体関係があったかもしれないが、俺の勘ではフレデリクは童貞だったんじゃないかと思う。
とりあえず、その世話役は牢に放り込まれており、フレデリクの存在が伏せられているからと言って無罪放免というわけにはいかない。
今回のケースは、囚人への虐待行為に当たるだろう。
法に則って裁かなければならない。
そして最終的な裁決権は女王たるディアにあるわけだが…。
フレデリクが世話係の男に襲われたって、報告するのか?彼女に?
………言いたくない……というか言いにくい。
しかし問題が起きた以上、報告する義務がある。
思わず眉間に皺を寄せて、とりあえず牢屋番に報告の書類を作るよう命じた。
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「陛下、今お時間よろしいですか?」
女王の執務室まで足を運び、今日も麗しい妻の姿を見て、一瞬憂いも飛んだ。
「ええ、大丈夫ですわ。何かありまして?」
「………少々問題が起きました」
そう告げてちらと目配せをすれば、事務官たちは意を察して部屋を退出して行く。
「ああ、ケイリーは残ってくれ」
ケイリーは女王の補佐官で、フレデリクの事も知っている一人だ。
新しい世話役を用意しなければならないので、彼にも聞いていてもらった方がいい。
ついでに宰相にはケイリーから報告させよう。
………先王陛下にはどうしたものか……親として聞きたくないよな。
体に異常があったわけではないし。
その辺どうするかはディアと相談するか…。
「フィル?そんなにまずい案件ですの?」
思わず遠い目で考え込んでいると、ディアに心配された。
「いえ……」
澄んだ目で見ないでくれ。
これからあの事を告げなければならない身には、なんだか居たたまれない。いや俺が悪いわけではないんだが。
それにディアだって、男女の営みはすでに経験済みだしな。教えたのは俺なわけだが。
「とりあえず、これを読んでいただけますか」
視線を逸らしながら差し出した書類を、ディアは受け取り無言のまま読み進めていく。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
部屋に少しの間沈黙が流れたが、途中でディアの表情が変わり、唖然とした様子で書類を読み直している。
「…………………」
そして無言でケイリーに書類を渡す。
ケイリーは怪訝そうにしながら、同じように目を通していき、途中で「ぶっ」と吹き出した。
そこからケイリーは、先ほどより書類に走らせる視線が速くなった。左から右へと忙しない。
そして最後まで読みきったんだろう。
こめかみを押さえて、なんとも言えない表情になった。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
もう一度流れた沈黙は、先ほどよりも重かった。
「………そういうわけでして、囚人への虐待として処断する裁可をいただけますか」
しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。
俺は感情を削いだ声で、女王の判断を仰いだ。
「なんでそんなに冷静なんですか!」
単にここに来るまでの間に落ち着いただけなんだが。
ケイリーは動揺を隠せず、書類を強く握って皺を寄せている。
「ケイリー、それ宰相にも見せる書類だぞ。皺を伸ばしておけよ」
「あっ、申し訳ありませんっ」
惨状に気づいて、ケイリーが慌てて書類の皺を消そうと躍起になる。
それを目で追いながら、ディアはぼんやりと呟いた。
「……男性が男性を……」
いくらディアが為政者としてトップに立とうと、大切に育てられてきた令嬢であることに変わりはない。
特に身近で起こった性犯罪に、ディアはとてもショックを受けたようだった。
「陛下……大丈夫ですか」
「え、ええ……ちょっとびっくりして」
あれは寝てても騒動を起こすのか。まあ今回はフレデリクの責任ではないが。
しかし、そもそもフレデリクが呪いの眠りになんてつかなければ起こらなかった事案と言える。
「………男性同士でも、事に及べますの?」
ふと、ディアがとんでもないことを聞いてきた。
いや、どこでするのかディアが熟知してても嫌だが。
「そりゃ、後r」
要らんことを述べようとしたケイリーの顔を片手で鷲掴み、言葉を封じた。
やめろ。ディアの耳が汚れる。
「……男同士でも出来ないこともないとだけ言っておきます。陛下、余り深く考えないでください。はしたないですよ」
「そ、そうですわね。ごめんなさい。つい気になって…」
一部の女性の間では、男同士の恋愛に強い興味を抱く者たちがいるらしい。
学生時代、なぜか俺もあの馬鹿王子の相手役として噂されていた黒歴史まで思い出してしまい、俺は苦虫を噛み潰したような顔になった。
ディアにはそっちに行ってほしくない。
本当にあのボンクラは、余計なことばかり引き起こす。
内心で舌打ちをしながら、ケイリーには新しい世話役の選出を命じ、ディアには思考を女王としての意識に切り替えてもらうため「それで世話役の処断の件ですが」と話を進めた。
「本人の証言と牢屋番の証言に差異がなければ、暴行罪でいいでしょうけれど……どこまでを罪と見なすかですわね…」
口移しは感情的にはアウトだが、医療行為と言い張られればそれまでなんだよな…。
「それと、先王陛下には伝えるかどうか決めないといけませんね…」
「それは……」
さすがにディアも返答に詰まった。
そして出てきた答えは。
「………宰相に相談しましょう」
ですよね。
「まさか眠っているのに、こんな問題が起きるとは思いませんでしたわ…」
ため息をつく憂い顔の妻に、俺も心の底から同意した。
「まったくですね。これ以上の騒動はごめんですよ」
そう言うと、ケイリーに「それフラグですか?」と突っ込まれた。
やめてくれ。もう本当に勘弁してほしい。
なんでここまで来て、あいつの尻拭いをしなきゃならないんだ。
俺とディアは同時にため息をついたのだった。




