19 植物園にて
そしてその数日後、久しぶりに取れた休日。
調整に調整を重ねて、アルマディア嬢と休暇を合わせることがようやく叶った。
植物園に誘い、穏やかな日差しの中連れだって歩く。
せっかくのデートとは言え、立場上護衛と侍女はさすがに外せないので、完全な二人きりにはなれないが、一定の距離を開けているので文句は言えない。
婚約に至った経緯の話は、帰りの馬車でしようと決めていた。
せっかくのデートを楽しみたい。
自分で水を差す趣味はない。
今日丸一日休暇を取るために、前倒しで仕事を処理していたため時間が取れず、アルマディア嬢とは、あの失言以来まともに会話をしていなかった。
別に顔を合わせずらくて逃げていたわけでも、思い出したくなくて仕事を詰め込んでいたわけでもない。
あれから数日経って、羞恥心が薄らいだのは事実だが。
そう、逃げていたわけではない。
大事なことだから、誰にともなく内心で繰り返した。
会議などで顔を合わせてはいたが、プライベートな時間で会うのは数日ぶり。
多少、自分の中に気まずさはあったが、いつも通り振る舞えているはずだ。
なのに、アルマディア嬢の挙動がおかしい。
そわそわと落ち着きがなく、視線を合わせてくれない。
珍しい草花を見ても、どこか心あらずと言った風情で、会話もなんだかぎこちない。
やっぱり、この前のことは彼女にはお見通しだったんだろうか。
それとも、自分で思うほど取り繕えてなかったのか?
嫉妬したかなんて、思い上がりも甚だしいと不快になった?
恋慕を全面に出しすぎて引かれた?まさか婚約したことを後悔しているとか?
途端に不安がこみ上げてきて、後ろ向きな考えが次々浮かんでくる。そして、どれも否定出来ない。
気詰まりな沈黙が痛い。
前回お茶をした時は、こんな空気にはならなった。
やはり、あの時の俺の発言のせいなのか。
謝罪をすれば、アルマディア嬢は許してくれるだろうか。
一人悶々と考え込んでいると、不意にアルマディア嬢が立ち止まった。
つられて俺も足を止める。
何か彼女の気を引く花でもあったのだろうかと、花壇とアルマディア嬢を見比べるが、彼女の視線は足元に向いていて、気のせいか顔が赤い。
「あの、わたくし……気がついたことがありますの」
「気がついたこと?」
唐突に呟かれた言葉に、鸚鵡返しで問い返す。
アルマディア嬢はなんだか緊張した面持ちで、俺も思わず緊張が移った心地がした。
ふと、この話題をするためにアルマディア嬢は気がそぞろだったんじゃないのかと察した。
「ええ。以前お話したでしょう?フレデリクとの婚姻は、白い結婚を望んでいたと…」
頷くと、アルマディア嬢は頬を真っ赤に染めながら、さらにうつ向いた。
その頬の熱さを逃したいのか隠したいのか、アルマディア嬢は両手で顔を覆う。
可愛らしい反応に、俺は思わず彼女を凝視した。
なんだ、本当にいつもと違う。
胸に甘い期待が広がる。
告白した時のアルマディア嬢を思い起こさせる反応だが、なにかが決定的に違う気がした。
いや、でも期待して撃沈したのは、つい先日の話だ。
同じ轍は踏まないと誓ったばかりだろう。
己の単純さに嫌気がさすのに、期待が膨らむことを止められない。
「それで、その理由を改めて考えてみたのですわ……そしたら、わたくし…」
相づちは挟まず、黙ったまま続きを促すと、アルマディア嬢は意を決したように顔を上げた。
「わたくし、フレデリクでなくても、きっと白い結婚を望みましたわ。ですが…フィリップ様になら触れられても平気かと…っきゃ!?」
我慢出来ずに、俺はアルマディア嬢を腕の中に閉じ込めていた。
「フィリップ様っ!?」
「つまり、フレデリクの婚約者時代から、俺のことを憎からず想っていてくれていたと考えても?」
言質が欲しくて、俺は追及した。
答えを聞く前から俺の顔は満面の笑みになっていたが、これは表情を取り繕うなんて無理だ。
「っ…そっ……そう、ですわ。あの時も、とっさにそんなことはないと否定しましたけれど、フィリップ様がリリエラと交遊があったかもと考えたら、なんだかモヤモヤして、それで後になって気づきましたの。あれが嫉妬だったと」
早口で弁明するアルマディア嬢が愛しい。
あの時と言うのは、たぶんこの前の休憩時間のことだろう。
俺が羞恥心で死んだあれだ。
その時のことが切欠となったのなら、俺も自爆した甲斐があった。
「あの、でもそう自覚したのがつい最近で、わたくし自分でも、まだ自分の気持ちが良くわからなくて」
だめだ。嬉しすぎて頭がおかしくなりそうだ。
「でも自覚してくださったのでしょう?」
甘く微笑むと、アルマディア嬢は俺の胸に顔を埋めて恥ずかしがる。
その仕草がとんでもなく可愛くて、胸が苦しいくらい高鳴って、鼓動の速さがアルマディア嬢に伝わっているんじゃないかと思う。
「アルマディア嬢…愛しています」
アルマディア嬢を腕の中に閉じ込めたまま、耳元で囁けば「……わたくしもです…」と掠れた声が返ってきて、こんなにも幸せを感じたことはない。
思わず抱き締める腕に力が入ってしまう。
「痛っ…」
「っ、すみません」
アルマディア嬢が身動いで痛みを訴えたので、慌てて力を緩めた。
代わりにそっと頬に指を伸ばせば、アルマディア嬢は嫌がる素振りもなく俺の手を受け入れてくれた。
「アルマディア嬢……これからはディアと呼んでも?」
「ええ、勿論ですわ」
「俺のことはフィルと」
「『俺』?」
おっと。つい嬉しすぎて素の呼び方が出てしまっていたか。
アルマディア…ディアは意外そうに瞳を瞬いた。
「フィリ…フィルは本来は『俺』ですの?」
「そうですね。貴女の前なので気が弛みました」
そう告げれば、ディアは「素の姿が見れて嬉しいですわ」とふわりと笑った。
ああ、もう可愛すぎて無理だ。
気づけば俺は、ディアの唇を自分の唇で塞いでいた。
柔らかい。熱い。
一瞬驚いたようにディアの身体が強ばったが、やがて力が抜けて、俺に身体を預けてくれた。
ディアは俺の上着を握りしめ、すがるような体勢になり、俺はディアの後頭部と腰に手を添えて、夢中になって何度も何度も唇を重ねた。
途中、溺れるような息継ぎをして、ハッと熱い息がお互いの唇を撫でる。
「フィル…!待っ…んぅっ」
嫌だ。待てない。
言葉を返す間すら惜しくて、もう一度口付けた。
護衛たち?彼らは優秀だから、見て見ぬ振りをしてくれている。
バカップルと思われても構うものか。
こっちは、ようやく長年の想いが成就したところなんだ。
周りを気にしている余裕なんかなかった。
しかし、ディアはまだ理性と羞恥心が勝るんだろう。
しばらくすると、身を離そうと、俺の腕の中でもがき始めた。
それすら可愛い。愛しい。
だけどあんまりがっつき過ぎて、拗ねられても困る。
これが最後だからと、もう一度ちゅっと音をわざと立てて唇を離した。
額を合わせたまま、鼻先が触れ合う距離で「ディア……愛しています」と告げれば、ディアは全身を朱に染めて、ぐんにゃりと子猫のように液体化した。
どうやら腰が抜けたようだった。
「ああ…早く結婚したい」
ディアを抱き支えながら、心の底から願いが溢れた。
そうしたら、朝も晩もディアの世話を手ずから出来るのに。
その為にドレスの着付けだって習ったし、化粧も髪結いも侍女にひけを取らない技術を得た。
なにより朝一番にディアの視界に入り、ディアを起こす権利がある。もちろん共寝する権利も。
たとえ呪いなどなくても、何度だってこの愛を証明しよう。
ディアを目覚めさせる特権は、誰にも譲らない。
それこそ死が二人を別つまで。
俺は、ディアの腰が抜けたのをいいことに、護衛たちが声を掛けてくるまで、延々抱き締め続けたのだった。
護衛その一「お前行けよ。フィリップ様とは昔なじみだろ」
護衛その二「冗談言うな。馬に蹴られるどころか、今行ったらフィリップ様を敵に回すことになる」
護衛その三「表面上、怒って見えないのが余計怖いよな」
気の毒な護衛たち。リア充爆発しろ。
そして侍従根性がしみついてしまったフィリップ。
結婚後、本気で普段の着替えからドレスアップまで手伝うフィリップにドン引きするアルマディア。でも慣らされます。




