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18/23

18 婚約者として

そして公爵邸を訪れた半月後。


俺はとうとうアルマディア嬢の婚約者の座を勝ち得た。

父と共に王宮に赴き、国王立ち会いの下、正式に婚約を認められた。


その場には当然、アルマディア嬢とバルドゥール公爵も同席しており、書類にサインを書き終えてアルマディア嬢を見ると、はにかんだ笑みが返ってきて、俺はこの世の春を味わった。


喝采を叫んで、彼女を抱き締めたくて仕方がなかった。

勿論陛下や親の前で、そんな真似は出来なかったが。


しかし浮かれる俺に対して、情勢は待ってはくれない。


フレデリクの汚点を払拭するべく、アルマディア嬢の立太子は速やかに、かつ盛大に執り行われることとなり、つまりその準備に彼女は忙殺され、中々二人だけの時間を取ることが難しい状況だった。


俺も、いずれは王配として政治に参加することになる。

そのため父の補佐をする形で、再び王宮に上がり、宰相や父に実務を叩き込まれる日々が始まった。


立太子式が終われば、一年後には俺とアルマディア嬢の華燭の儀が控えている。

それをご褒美に多忙な毎日をこなしているが、日々の中にだって潤いは欲しい。


俺はアルマディア嬢との逢瀬の時間を取りたくて、無理やりに捻出した休憩時間、王宮の執務室で彼女とお茶を共にしていた。


席は当然、同じソファーで隣に座っている。

本当は、もっと二人の時間を取りたいのに、状況が許してくれない。

同じ王宮にいるのに、顔を見れない日もある。

毎日手紙のやり取りや贈り物はしているし、これまでの気持ちを押し殺す日々に比べれば、幸せな境遇と言える。


だが、人の欲望なんて際限がないものだ。手に入れば、もっと欲しくなる。


他愛ない会話や、時には政治の話を交えつつ、お喋りに興じるアルマディア嬢の姿を傍で見られるのが嬉しくて、相槌を打ちながら俺はひたすら彼女を見つめていた。

が、どうやら見すぎだったらしい。


人と話す時は相手の目を見ることは基本だが、アルマディア嬢の瞳に困惑と羞恥が浮かんで、視線が泳ぎ始めた。


でも仕方ないじゃないか。

ずっと視界にいて欲しいところを、短い逢瀬で我慢しているんだ。

網膜に焼き付けたい。


「…あの、フィリップ様?」

「なんでしょう?」


彼女が言わんとしていることは察しているが、わざとすっとぼけてみた。

その間も視線は外さない。

笑みを深めて促せば、アルマディア嬢は落ち着きを無くす。


「フィリップ様は…なんだか雰囲気が変わったと言いますか…その」

「もう貴女への想いを隠さなくて良くなったので。これでもまだ我慢している方ですよ?」


自分でもわかる。声や視線、態度に甘ったるさが混じってて、彼女が愛しいと全身で訴えている気がする。

これまでの反動だろう。

だが、今はそれを許される立場になったんだから、何も問題はない。


それに婚約は決まったが、アルマディア嬢は俺に恋情があって選んでくれたわけじゃない。

だけど俺は彼女の心も欲しい。

相思相愛になりたいんだ。

だから結婚式までに、なんとかして彼女を口説き落としたい。


本当は会う度に口説きたいのに、相談した友人のマーカスに「止めとけ。相手がドン引くわ」と一刀両断されて自重しているところだ。


アルマディア嬢は、この甘ったるい空気が照れくさいんだろう。

彼女は「そういえば」と、あからさまに話題を変えにきた。


「リリエラが脱獄したそうですわね」

「ああ、そうらしいですね」


父から一部始終は聞いているが、先日リリエラの脱獄が発覚して、次の日には身柄を確保したので、そこまでの騒ぎにはならなかったそうだ。


しかし、その捕り物騒ぎが、ある意味リリエラらしい顛末だった。

王都の隣街まで逃げた二人は、連れ込み宿に泊まっていた。

そして、明らかに事後とわかる現場に踏み込んで、御用となったらしい。


リリエラは牢屋番に、誘拐された上に強姦されたのだと主張したが、牢屋番はリリエラから駆け落ちを提案され、合意の上で身体を結んだと言う。

フレデリクとの子を身籠っているという話も嘘だと言われ、「牢屋(ここ)じゃ貴方と愛し合えない。貴方との愛の結晶が欲しいの。どこか遠い場所で家庭を築きましょう」と唆されたと証言している。


今も取り調べは続いているが、結局どちらの言い分が正しいかは判断がついていない。

またリリエラの虚言だとは思うが、お互いの食い違う証言しか、判断材料がないのだからどうしようもない。

利用した連れ込み宿の人間に、応対時の様子などを聴取して判断されるんじゃないかと思う。


少なくとも、牢屋番との間になにかしら交流があったことは確かだろう。


「牢屋番が一方的に好意を寄せて、囚人を連れて逃げるとは考えにくい。牢屋番の主張が正しいと思いますよ。男をたらしこむ手管には長けた()()()でしたからね」


本人はこの場にいないが、つい嫌みを言ってしまった。


「学院でも、一部の男子生徒の人気は得てましたわね」

「普通の令嬢と違うせいで、物珍しさもあったんでしょう。好意をはっきり口にするので、自分に気があると見せていましたから。勘違いさせられる子息も多かったみたいですね」


フレデリクを筆頭に。

言外に告げて、俺は肩を竦めてみせた。


「……フィリップ様はどうでしたの?あの、彼女は高位貴族の子息や、見目の良い男性に言い寄っている、という話でしたから…」

「ああ、媚びた目で見られはしましたが、すでにフレデリクとの関係があったからか、直接話す機会も大してありませんでしたよ」


いくらリリエラでも、フレデリクの前で、さすがに俺に秋波を送る真似はしなかった。

俺がリリエラと二人になったのは、フレデリクが呪いを掛けられた時くらいだしな。

王妃の地位が目前(あくまでリリエラ視点)にあって、王太子の側近に言い寄るメリットは少ない。


俺の答えを聞いて、アルマディア嬢がどこかほっとした表情に見えたのは、俺の願望のせいだろうか。


フレデリクの時は、むしろ二人の仲を推奨していたアルマディア嬢が気にすると言うことは、少なからず嫉妬してくれた?

期待と喜びが湧いてきて、つい口元が弛む。

婚約者になれたことに、俺は大分浮かれていたんだろう。


それで、つい「もしかして嫉妬しましたか?」と言ってしまった。


「別にそういうわけでは……」


ごく普通に否定されて、俺は内心で物凄くダメージを受けた。

これで動揺してとか、赤くなってとかなら照れ隠しかもと期待出来るが、本気でなんとも思ってなかったってことだよな…。


………そうだよな、別にアルマディア嬢の中に俺への恋愛感情はないんだ。調子に乗りすぎた。


今すぐ屋敷に戻ってベッドの上でのたうち回りたい。馬鹿な質問をした数秒前の自分を殴りたい。


正直その後の会話は、ろくに覚えていなかった。

残りの就業時間は屍状態だったのは言うまでもない。

ついでに言うと、屋敷に戻ってから夕食も食べず、ベッドの中で悶え苦しんだ。

自分の自意識過剰っぷりが居たたまれない。

相手が彼女じゃなければ、ここまで気にせずにすむのに。

あの発言を、自分とアルマディア嬢の記憶から消してくれ。


表情を取り繕うことには馴れているので、あの時もアルマディア嬢に不審に思われはしなかっただろうが、俺ばかり好き過ぎて辛い…。


婚約してくれたのだから、少なくとも好意は持ってくれていると思うんだが、やはり友情の域を出てないんだろうか。


彼女の鉄壁の理性がある意味憎い。

まあ、女王にしろ王太子の婚約者にしろ、簡単に男に靡かれては困るので、アルマディア嬢の態度は正しい淑女の姿なわけだが。


俺との婚約は、彼女の意志が反映されているのか、それともバルドゥール公爵が決めたものなのか、俺はまだ本人に聞けていなかった。


聞くのが怖い。

だが、そこははっきりさせておきたい。

今回は、前回の轍を踏まないよう覚悟しておこう。

例え父親の意向に従っただけであっても、狼狽えないようにしないと…。

本文中に上手く盛り込めなかったので補足です。


脱獄は、当然リリエラ主導でした。

牢屋番の証言が正しいです。

リリエラにとって、逃走先で体を繋げることは不本意でしたが、それを餌に脱獄したのと、まだ遠くまで逃げ切ってなかったので、目的地までの道案内兼護衛(リリエラの家はお金持ちの男爵家なので、一応箱入り娘です)と財布として、まだ同行が必要だったため、男を拒みきれなかった事情がありました。つまり和姦。


目的地は、自分の信望者である元同級生の領地。その人に匿ってもらうつもりでした。

元同級生には牢屋番に誘拐されて、運良くその領地に辿り着いたから助けを求めた体で、牢屋番はそこで捨てるつもりでした。


でも結局あっさり捕縛され、妊娠が嘘だったこともバレて、リリエラの証言には信憑性がないとの判断で罪が確定。

プラス脱獄の罪が加算されて、北の監獄へ移送されました。

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